【幕間】大友皇子の本心・・・(3)
※大友皇子視点によるお話です。
物部麻呂は父上、天智帝の能力を知っている?
この疑念が心に沸いた時、二つの考えが私の中に生じた。
一つは麻呂が父上の差し金であること、そしてもう一つは何者かの間諜(※密偵)であることだ。
これまでの麻呂の言動を改めて思い返してみた。
以前から私の境遇について相談したことはあるが、『こうした方が良い』とはあまり言わない。
むしろ『それは私が口を出すべきではない。しかし意見を具申する事なら出来る』と必ず一歩引いた視点からの意見を言い、結論は私自身に任される事が多い。
父上の差し金であれば、多少なりとも私の考えを誘導しようとするだろうが、私自身誘導された覚えはないのだ。
父上の後継者問題についても、麻呂からその話題を振られることはなかった。
『話を聞くって事が一番大切なんですよ。遠慮なく話をして下さい』と私からの相談とも愚痴ともつかぬ話をただ聞いてくれている。
だからこそ麻呂と共にいる事は至極楽なのだ。
では麻呂はどうやって父上の『神から授かった力』を知ったのか?
これまで私は父上の能力を知らないがばかりに、視られては拙い行動をしていた、という心当たりが幾つもある。
しかし過去の麻呂の言動に、父上の意に沿わぬ意見を口にした覚えがない。
際どい発言があった様な気がするが、それは私の言葉を根っから否定しないためだった、はずだ。
つまり麻呂は私の元に来る前から知っていたという事になる。
もし、官人となって父上の能力に引っ掛かっていたのならば私の付き人とはなっていなかっただろう。
つまり父上の能力を知っていながら官人となり、令の編纂に従事し、私の付き人となったのか?
自分でもあり得ない空想だと思う。
しかし麻呂のこれまでの行動が、そのように考える事で説明が付いてしまう気がしてならないのだ。
ならばどうする?
「麻呂は父上が将来を視る能力を持つ事を知っているか?」などと聞けるはずがない。
「其方の目的は何なのだ?!」と聞いてしまえればどんなに気が楽であろう。
その様な事を考えながら、父上の話にどう答えるべきか、先ずは麻呂に相談してみる事にした。
その反応に何か変化があるのかも知れない。
◇◇◇◇◇
「麻呂よ、少しいいか?」
「ええ、私で宜しければ何なりと」
大体の場合、私の相談を麻呂は否とは言わない。
分かってはいるが、一言言っておくのが慣例みたいなものだ。
私達は人気のない場所へと移り、父上の話をした。
もっとも父上には丸見えなのだが……。
「父上から命を受けたのだ。
私が太政大臣となれとな。
これまで太政大臣とは聞いたことが無いが、麻呂ならば太政大臣が如何な程かわかるだろ?」
まずは当たり障りのない話題から振ってみた。
令の編纂に携わった麻呂なら知っているであろう筈の話題だ。
父上に除き見られていたとしても不自然ではない。
「唐には『太政大臣』という役職は御座いません。
近江令により定められました新しい役職です。
強いて言えば唐の三省、つまり中書省、門下省、尚書省の長官を併せた役職となりますでしょうか?
『百揆を統べ、万機を親くする』、つまり幾多の政務を統括し、国家のあらゆる政に自らが進んで関わる事を求められます。
無論、左大臣、右大臣よりも上の位に位置付けられます」
試しに聞いた質問にしては、気が重くなるような答えが麻呂から返って来た。
「私に務まる役職だとは思えぬのだが……」
「それにつきましては如何ともお答えできません。
ただ令の編纂に携わった者の意見として申しませば、政を全て伊賀様がやろうとしますのは無理があるでしょう。
出来ない思われる事は全部丸投げしても宜しいのではないでしょうか?
天智帝も中臣様に同じように任されておりました。
中臣様ほどの代わりは無くとも、官人に中には優秀な者もおります」
「その優秀な者の中に麻呂は入るのか?」
「私が優秀とされる様な陣容は少々不安を覚えます。
もう少しマシな人材をお探しになる事をお勧めします」
「それでは誰か心当たりはあるのか?」
「ええ……っと、申し訳御座いません。
私の知る限り大津宮に優秀な者に心当たりが御座いません。
飛鳥古京になら居るかも知れませんが」
何故か口を濁したような気がするのは気のせいか?
優秀な者に心当たりがあるのなら、是非教えて欲しいのだが何故言い淀む?
「そうか……。
しかしその様な重責に私が耐えられるのか不安なのだがな」
「それは仕方が御座いません。
伊賀様が適任だとした、帝のご判断には何か理由があるのでしょう。
私にはその真意は分かりませんが、それを蔑ろにする事は叶わないと思います。
なので後は就任された後、どの様にされるか……ですね」
「全然、相談に乗って貰っている気がしないのは何故だ?」
「私としましては出来る事と出来ない事をきちんと仕訳けた上で、出来る部分のご相談に応じているつもりです」
「ならば、私の腹いせを一身に受ける事も覚悟しておくことだな」
「それはご勘弁ください。
私の代わりになりそうな者を見繕いますので」
「それは早急に頼みたいな」
何だかんだで、いつもの様な雑談になってしまう。
しかし改めて思うのは、麻呂の言動は父上に視られていたとしても全く隙が無いという事だ。
やはり麻呂は分かっているのか?
そう言えば……父上は言っていたな。
『大きな戦が近づいている。それに備えねばならない。だが誰が首謀者なのかが分からぬのだ』と。
「麻呂よ、もう一つ気掛かりがあるのだが……」
「何に御座いましょう」
「今の帝に反旗を翻す者は居ると思うか?」
すると麻呂の周りの氣が少しだけ張り詰めたような気がした。
「そうですね……。
今一番考えられることは、七年前の戦の続きで唐の軍勢が筑紫へ攻め込む事でしょうか?」
少し考えて、麻呂は言葉を選ぶかのように話し始めた。
「では、唐の軍勢が近江までは来る事はあり得るのか?」
「無い事はありません。
しかし考え難い部分は多々あります」
「どうゆう事だ?」
「ここ最近の動きは分かりませんが、唐と和国との関係はそれほど悪くはありません。
懸念があるとすれば、一昨年高句麗が唐によって攻め滅ぼされました。
つまりこれまで和国が高句麗に味方することを唐は警戒しておりましたが、それが無くなりました。
従って唐にとって和国の利用価値が下がったとみる向きも御座います」
「なるほど、それは私も耳にした。
すると唐の変心があれば戦は起こり得るという事か?」
「あると言えばあるかも知れません。
しかしそれ以上に新羅が変心するかも知れません」
「新羅の変心とは何だ?」
「高句麗だった土地の処遇を巡っていざこざが起こり得るという事です」
「新羅が唐に対して逆らうというのか?」
「唐が和国に侵攻するよりは起こり得る事です」
「もしかすると、唐が筑紫のすぐ近くまで支配地域を拡大する事もあり得るとでも言うのか?」
「唐が全兵力をつぎ込めばあるかも知れません。
しかし広大な土地を支配する唐はその広大な土地を治める負担が大きいので、新羅を朝貢国のままにした方が楽と考えるかも知れません。
如何せん今がどうなっているのか私も存じ上げませんので判断できませんが、太政大臣ならその辺りも知っておく必要があるでしょう」
「つまりそうせよという事か?」
「中臣様が存命中ならば言わずともやっている事ですよ」
「私は中臣鎌足殿とはお会いしたことがあるが、仕事で関わる事は無かった。
それほどまでに有能な方だったのか?」
「そうですね。
有能すぎて下の者は戦々恐々でした。
しかし中臣様はそれ以上の仕事を抱えられているのですから、文句なんて言えません。
楽をしている連中が居るっていうのに、連中には全く仕事を振らずに、どうして自分ばかりに……とは思いましたけどね」
「いい思い出だったとは言わぬのだな」
「ええ、父上も中臣様には目を掛けて頂き、いつも文句ばかり申しておりました。
まさか私も中臣様にこき使われるとは覆いませんでしたが、今思えばこの上なく充実していたと思い返されます」
「ならば今の私の相手は楽であろうな」
「この先は大変になるかも知れません。
その時に伊賀様より頼られる存在ではありたいと思っていますのでご安心ください」
「はは……、頼りがいの無い奴だな」
そう言う麻呂に虚言を申している様子は伺えなかった。
しかし、心の中の疑念は益々深まっていくばかりであった。
(つづきます)
段々と話の終着点を如何に綺麗にまとめるかという作業に入っておりますが、難しいですね。
エンディングの映像は頭にはあるのですが、破綻なくそこへと導けるでしょうか?




