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【幕間】瀬田川の激突

瀬田川の戦いを幕間としたのは、本編では戦闘らしい戦闘が無いまま話が進んでしまったので、主人公かぐや抜きで、何処まで迫れるかやってみたかったからですが……。

 ※第三者視点による瀬田川を挟んだ攻防の様子



 瀬田川、またの名を宇治川、またの名を淀川と呼ぶ大河は、歴史上の節目ごとに運命の分かれ目を隔てる河として広く知られる。

 長い歴史において記録に記された最も古い戦として知られる戦い、それが壬申の乱・瀬田川の攻防である。


 近江朝側は智尊ちそん将軍率いる兵士千五百人からなる軍勢。

 現代風に言えば外国人監督であり、兵法に疎い近江軍の将の中で抜きんでて優秀な将であり、大津宮の最後の切り札とも言える人物だ。

 決して犬養五十君が最後の砦ではない事は確かだ。


 一方、高市皇子率いる軍勢千五百は、不破から快進撃を続け瀬田川に掛かる名橋・瀬田唐橋まで突き進んできた。

 軍師・村国男依の兵法が如何なく発揮された高市軍は、いよいよ最終決戦を迎えた。


 近江朝側からすれば橋を渡られたら最後だ。

 梁木りょうぼくを残して、敷板だけを取り外し、橋を渡れないようにした。

 一部、敷板を残しているのは、それを足場に渡ってこようとする敵兵を嵌める為の罠である。

 また唐橋周辺には橋脚に隠れて舟を配置し、橋を渡ろうとする者を警戒している。

 地の利は明らかに近江朝側にある。


 ◎一日目

 お互いに矢の放り合いから始まった。

 戦場となる瀬田川の川幅は約三百三十尺(100m)、橋の長さは全長八百尺(約250m)あり、本来であれば橋の向こう側へは矢が届かない。

 しかし、男依は本当の射程距離を敵陣営に教えないため、意図的に弓の力を抑えさせた。

 一方、近江軍は届かない事を承知のため、全力で矢を放ち敵にどこまで前進できるかをご親切に教えていた。

 矢が勿体ないので、矢の放り合いは早々に終わった。

 そして矢の届かない場所での橋の補修が始まった。

 しかし橋脚に隠れていた射手に一人が撃ち抜かれ、不幸にも命を落とした。

 無論、橋脚に隠れていた者は剣山の如く矢を突き立てられ、絶命した。


 ◎二日目

 智尊ちそん将軍は、敵の弓の性能が優れている情報を仕入れていた。

 ただし、どの程度優れているのかが分からない。

 前日の様子を見る限り性能差がない様に見えていたが、その中でも敵の矢が狙い通りに飛んでいる様子を見て練度の高さと、自軍の不利を感じ取っていた。

 そこで弓矢での対立を避け、予め準備していた秘密兵器に期待を寄せた。

 抛石ほうせき、別名を『投石器カタパルト』と呼ぶ兵器である。


 投石器は約千尺(数百メートル)の距離を物ともせずに重量のある重石を凄まじい速度で飛ばすのだ。

 流石に反乱軍も後退を強いられた。

 この様な中、一人喜悦に浸っている男が一人いた。

 男依である。

 和国の将達は、軍学をかじった程度で兵法というものを殆ど理解していない。

 しかし智尊ちそん将軍は違った。

 まるでアマチュアの国内リーグに海外の有名監督が選任された様なものである。

 言わば国内に居ながらにして海外の名監督に挑める幸せを噛み締めていた。


 男依は全力で戦う決意を新たにした。


 ◎三日目

 男依は兵士達に急増の投石器を作製させた。

 男依の所持している書には投石器の記述があったが、文章だけでは十分な理解が出来なかった。

 しかし目の前に見本があるのだ。

 見よう見まねと、書で学んだ知識を動員し、一昼夜で形にしてみせた。

 しかし飛ぶ距離は本物には及ばず、川岸いっぱいに設置して対岸に届くかどうかの貧弱さ(ヒョロヒョロ)だった。

 しかし敵に対する心理的な圧迫(プレッシャー)は十分に功を奏した。

 名将・智尊ちそん将軍にとって取るに足りない和国の将があっさりと投石器を複製コピーしたというショックと、たった二基しか製造していなかった油断を悔いる結果となった。

 十数回に及ぶ投石の後に命中し破壊することが出来たが、投石機の目標が敵の投石器に成り代わってしまったのだった。


 ◎四日目

 この日も急増の投石器が二基、川岸から少し離れた場所から投石を開始した。

 前日のそれより明らかに飛距離が増していたが、近江軍のそれに比べれば性能差は明確だった。

 だからと言って人に当たれば簡単に死を与える兵器である事に違いは無い。

 前日と同様に投石器を投石器で破壊することで一度戦は止んだが、投石を避けるため川から離れた場所に兵士達は後退せざるを得なくなった。


 ◎五日目

 いよいよ戦局が動いた。

 高市軍の大型船が戦域へと進入してきたのだ。

 無論、智尊ちそん将軍も無策ではない。

 海戦は想定の範囲内だ。

 大津宮にある船を動員して戦に挑んだ。

 ただし、想定外だったのは敵の軍船の大きさだった。

 元々、大津宮は唐からの侵攻に備える事を主目的とした宮である。

 従って、大津宮に湖へとのがれるための船は多数あったが、海戦を想定した船は造船していなかった。

 精々、帝が乗船するそこそこ立派な御船が一艘あるだけで、他は小ぶりな船だけであった。

 侵攻してくる唐の軍勢が、上陸地から大型船を陸送することはあり得ないのだ。

 大型船同士の戦が無いのであれば、近淡海びわこに大型船を造ろうとする発想が浮かぶはずが無かった。


 しかし船の大きさ、イコール安定度であり、即ち弓の正確性に直結する。

 しかもそれまで隠していた弓矢の性能を思う存分に発揮してきたのだ。

 近江側の小舟は一艘、また一艘と数を減らして、ついに全滅した。

 ここに近淡海における制海権が男依の手に握られた。


 風林火山の言葉を借りるまでもなく、「兵は拙速を尊び、巧遅を戒む」を徹底した高市軍の軍勢は、一気呵成いっきかせいに瀬田川へと進入した。

 大型船は唐橋の桁の高さを基準に造られており、言わばこの日のために造られた船といって良い。

 廻船ではあるが主導力はやはり風だ。

 推力を得るため二本マストの遣唐使船を見本モデルにした平底の船である。

 男依は南側へ向かう河の流れに逆らえる風向きを待っていた。


 その五隻の大型船から千尺の超長距離射撃をする弓自慢達がありったけの矢を放った。

 近江側の投石機は川岸の後方を狙う位置にあり、河川の船を狙うには近すぎた。

 重い石を乗せれば飛距離は縮まるが強度にも限度がある。


 しかも投石器は連射が利かない。

 雨の様に降り注ぐ矢に近江軍の兵士らは、投石器を諦めて矢の射程圏外に逃れるのがやっとだった。

 その隙を見逃すはずもなく、対岸の兵士は橋に敷板を渡して一気に近江側へと攻め込んできた。

 矢で反撃ようにも、高市軍自慢の鎧兜は簡単に致命傷を与えることが出来ず、大軍の接近を許してしまった。


 確かに智尊ちそん将軍は名将プロである。

 だがしかし兵士達は寄せ集め(アマチュア)なのだ。

 陣形の意味すら知らない。


 一方、高市皇子の軍勢は魚鱗ぎょりんの陣形を取って、敵軍勢へと突撃していった。

 主兵器は槍である。

 針山の様に突き立てられた槍の勢いに近江軍は圧されていき、敗走を始めた。

 智尊ちそん将軍は敵前逃亡を許さず、敗走する兵士らを斬り捨てて言う事を聞かそうとしたが、時既に遅く軍勢の立て直しは不可能であった。


 自棄ヤケになったのか、最期の足掻きなのか、はたまた自分の美学に殉じたのか?

 智尊ちそん将軍は魚鱗ぎょりんの陣形の先頭集団に特攻バンザイアタックを仕掛けて、壮絶な最期を遂げた。

 ちなみに並走した兵士達の逃亡先は大津宮ではなく自分達の故郷であり、敵軍勢から逃げたのではなく戦そのものから逃げたのだった。


 ここに最も死者を出した瀬田川での戦は、高市軍の勝利で決した。

 そして残る標的ターゲットは大津宮だけとなった。


 ⇒ 『大津宮陥落・・・(8)』へと続く



 ※脚注:魚鱗ぎょりんの陣形


   凸

  凸 凸

 凸 大 凸


 “大”の位置が大将の位置で、お互いの連絡が取り易い陣形。

 後ろからの奇襲を心配しない場合に限られる。


私事ですが、今月15日早朝に父が永眠しました。

慌ただしい3日間でしたが、ようやく落ち着いたところです。

葬式は後日ですが、故あって慰問客もなく、それまでは執筆に没頭するつもりです。

というか、執筆していると色々な事考えずに済みそうな気分です。


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