終戦・・・(2)
作者も忘れがちではありますが、本作は『竹取物語』をモチーフにした創作劇です。
※第三者視点によるお話です。
ここは野洲川河口。
大津宮から避難した後宮の者達と、これから尾張へと向かう大友皇子一行が、別れを惜しんでいた。
もう二度と会えないかも知れないのだ。
誰もが複雑な心中なのは致し方が無い。
しかし、物部麻呂はとりわけ悩みが深かった。
表向きは近江朝派だったが、本当の姿はかぐやに心酔する反乱軍側であり、要するに間諜なのだ。
その間諜の自分が、大友皇子の傍に仕えてきたのだ。
物部氏らしい役回りと言えばその通りだが、汚れ仕事をするに麻呂の心根はあまりにも潔白過ぎた。
自らのケジメをつけるべく、麻呂は大友皇子に全てを打ち明ける事にした。
「伊賀様、これまで私は伊賀様を……大友皇子様を謀っておりました。
私は天智帝の暴走を止めるべく、近江朝の官人として潜入し、敵に有利となる智見を敵に流しておりました。
私は大津宮の者達を貶めした裏切り者です。
もし皇子様が私を許せないと思われるのでしたら、皇子様の存在を消すと共に私も斬って下さい!」
いきなりの土下座に、周りの者も色を変える。
ただ一人、大友皇子を除いて。
「何だ?
麻呂は何を裏切っていたというのだ?
私の友である事か?」
「いや……私は近江を追い詰めた敵軍勢の間諜なのです」
「そんなことか。
知ってたぞ。
感付かれていないと思っていたのか?」
「は?」
「麻呂様が何か目的を持ってらしたのは、私も薄々分かっておりましたよ」
耳面刀自が麻呂の混乱に拍車を掛ける。
「麻呂、其方は私の事をこう言っただろう。
『誰にも言えず、心の内にため込んでいる内に捻くれてしまった』と。
確かに私は父上の跡を継いで帝となりたくないと、一人悩んでいた。
父上がそれを許すはずもないという事もな。
だから私は麻呂の進言を受け入れて、周りの者の意見を取り入れ、東宮様にもお目通りもした。
そして私はとある結論に至ったのだ。
堅牢に見える近江朝も先は明るくない、と」
「そうだったのですか?」
「ああ、自分の肩の力を抜いて見分を広げると、見えなかった事が見えてくる。
父上の重用する者達の難点もな」
「蘇我赤兄なんかは肩の力を抜かなくても見えて欲しいですが」
「ははは、そうだな。
だがあの頃の私はそれすらに気付かなかった。
立派に見えていた重臣たちも良いところがあり悪い部分もある。
東宮様の奥深さも感じれるようになった。
そんな具合に他人を見ていると、すぐ傍にもう一人拗らせた奴がいるって事に気付いたのさ」
「拗らせた? ……オレが?」
「ああ、『私は自分を偽るのが上手い。私を見本にすれば宜しいのではないでしょうか?』と、自信満々に言っていた奴だ」
「そんなに分かり易かったのですか?」
「いや、すぐには分らなかった。
だけど私にも心当たりがある部分が妙に同じに見えたんだ。
何かを隠すための口調だとか、心の奥底に何かを持った落ち着きの無さみたいな部分とか。
時々心ここに非ずみたいになるのも一緒だったな」
「そんな事で?」
「些細な事だ。
だけどそれが積み重なれば何かあると気付かないはずがない。
それに私の書き物を進んで処分していただろ?
だからこそ私は全部麻呂に任せた。
何に使われるかは詮索はしなかったがな」
「え? つまり感付かれながらオレに木簡の下書きとか書き損じを渡していたのですか?」
「ああ、そうゆう意味では私も裏切り者だ。
何に使われるのか感付いていながら、麻呂に機密を手渡していたのだからな」
「何故ですか?
天智帝を裏切る事になるのですよ」
「そうだな。
しかし私には確信があった。
麻呂がかぐや殿の話をする時、麻呂のかぐや殿を敬う様が亡くなった者に対するものには見えなかった。
未だに繋がりがあるだろうと察したのだ。
逆に、そう考えれば麻呂の行動の不自然さが全て説明が付くともね。
父上がかぐや殿を目の敵にしている事は知っていた。
だから麻呂に協力すれば、望まぬ将来を回避できるのだと、そう考えたのだ」
「そうだったのですか……御見逸れしました」
「それに麻呂様はいつもひたむきなご様子なのに、『お師匠様』の話になると随分と嬉しそうに話しておりましたね。
時々話に上がっていた『お師匠様』ってかぐや様の事なのでしょう?」
「あ、いえ、その、そうですが、それはオレが勝手にそう思っているだけで……実際は、その……」
「それは私も思ったな。
だから私もかぐや殿の事に興味が湧いてきたのだ」
「麻呂様が敬愛して止まないかぐや様ね。ふふふふ」
意を決しての告白のはずが、何故か麻呂が揶揄われてしまっている。
麻呂が罪悪感を持たぬ様、大友皇子なりの思いやりなのだろうが、麻呂にとって居たたまれない事に変わりは無い。
少し離れたところで様子を見ていたかぐやは、大津宮での麻呂の再会の挨拶の時、三人の生温い視線の理由が分かったような気がした。
「何か、オレって情けない奴だったりしませんか?」
「そうだな。
優秀なのに何処か憎めなくて、頼りになるのに抜けたところがある。
麻呂の言う『お師匠様』そっくりだ」
「そうね、本当にそっくり」
要するに讃岐に居る時からの麻呂のいじられキャラは健在だったのだ。
◇◇◇◇◇
麻呂にはもう一つ気掛かりがあった。
かぐやの事である。
もしかしたらであるが、麻呂自身も罪に問われる可能性がある。
何せ敵の大将である大友皇子を逃亡するのを手伝うのだ。
バレたら首と胴が分かれてしまうかも知れない。
もし追手が来て逃げる大友皇子一行への追撃があったら麻呂は迷わず大友皇子を守り戦うであろう。
それに表向きとはいえ、近江朝の内部でそれなりの地位に居たのだ。
東宮からすれば敵陣営の人間である。
流刑になる事だってあり得ない訳ではない。
少なくとも、大友皇子の”存在を殺す”役目を負った自分が無事で済むとは思っていない。
だからその前にかぐやに伝えたい事があった。
「かぐや様、少し宜しいでしょうか?」
「なあに?」
ずっと焦がれていたかぐやの声だけで麻呂は胸の奥が熱くなる。
「オレ……かぐや様に渡したいものがあって」
「何か預けてありましたか?」
「いえ、違います。
オレと真人が唐へ行く時、かぐや様が持ってきて欲しいって言っていた物。
前に会った時は真人の事でいっぱいだったから渡しそびれてしまって、ずっと持っていたんだ。
いつかかぐや様に渡そうって。
もしかしたらオレは、この先何らかの処罰を受けるかも知れない。
だから暫く会えないかも知れないから」
「麻呂クンは独りでずっと頑張って来たじゃないの。
絶対、罰なんて受けさせないよ」
「そうかも知れない。
だけど俺は伊賀様の最期まで付き添う役目なんだ。
少なくとも放免されるまでは、他の高官達と同じ扱いを受けると思う。
そうしたら持っている物も全部取り上げられるかも知れない。
だから今のうちに渡しておきたいんだ」
「分かった。
受け取る。
確か……貝殻が欲しいって言ってたよね?」
「ああ、唐へ渡ったけど海に近い場所へ行ったことが無いから、川や湖の貝ばかりであんまり綺麗な貝が無かったんだ。
で、貨幣の勉強をしている時に昔の貨幣を集めていたら大昔、銅銭の代わりに貝が使われていたって教わって、偶然手に入れた物なんだけどそれを頂いたんだ。
何でも天竺で採れた珍しい貝で、『宝貝』とか『子安貝』って呼ばれているらしい。
これだったらかぐや様は喜んでくれるんじゃないかと思って、持って帰ってきたんだ。
これを受け取って欲しい」
まさかの課題解決!
謀らずして石上麻呂足に課された課題、『燕(国)の子安貝』を、物部麻呂はクリアしてしまったのだ。
かぐやの頭からすっかり抜け落ちていた『竹取物語』のストーリー、物部麻呂が求婚者の一人である事を思い出した。
すると次に続くのは……。
「あ、ありがとう。大切にするね。
私の我儘なお願いを覚えていてくれてありがとう。
本当にうれしいわ」
視線が泳ぐかぐや。
まさかこの場で求婚か?
不意打ちなだけに心の準備がまるで出来ていない。
そして麻呂は爽やかな笑顔でこう言葉を続けた。
「これでオレも一区切りついたよ。
もし無事に石上神宮へ戻ったら、その時は父上の遺言に従って新しい氏を賜われるよう、東宮様にお願いしてみる。
もし東宮様に目見えする事があったら、かぐや様からも口添えして欲しい」
「わ、わ、分かったわ。
全力でお願いしてみます。
大海人皇子の頭をピッカリにしてでもお願いするから」
「そこまではしなくていいよ。
そうしたら物部の名前すら取り上げられそうだよ」
「え、ええ、でも麻呂クンは頑張って来たんだから。
宇麻乃様もきっとお喜びになっていると思うわ」
「そうかな?
そうだと嬉しいよ。
それじゃ、かぐや様。
またいつか」
「ええ、きっと無事に帰ってきてね」
結局、物部麻呂からの求婚が無いまま、貢物だけを手に入れてしまったかぐや。
まさかと思うが、残る大伴御行も?
大仕事を終えたかぐやに、次なる悩みが芽生えるのであった。
そして物陰では二人の様子をじれったい気持ちで覗き見ている大友皇子と耳面刀自、そして額田王と十市皇女の母娘の姿があった。
プライベートな報告になりますが、父の体調が芳しくないため、もしかしたら更新が滞る事態があるかも知れません。
もし更新が無かったら、話が途切れたのではなく、そうなったのだとお思い下さい。
もうすぐ話の結末に入ろうかとするところですので、何事も無く最期まで毎日更新できるのが一番なのですが、こればかりは……。




