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大津宮陥落・・・(8)

琵琶湖の地形つきまして、あまり調査が進まなかったのでかなり推測交じりとなっております。

間違いが御座いましたら、ご指摘の程宜しくお願いします。

 ※第三者視点によるお話が続きます。



 周りの説得により、大友皇子は尾張への逃亡を決意した。

 同行者は妃の耳面刀自みみもとじ、そして案内係として中臣金なかとみのくがねの息子、中臣英勝なかとみのあかつ(通称「カっちゃん」)

 無論、三人だけの逃避行とはいかない。

 従者の数は、世話係、護衛を含め3ダースは下らない。


 幸いなことに、人望のある大友皇子に好き従う者達は徴兵リクルートせずとも志願ボランティア兵だけで十分な人数が集まった。

 耳面刀自に従う侍女も同様である。


 夜明け前には、出発の準備が整った。

 帝である大友皇子が逃亡するのであれば、帝の生活を支援するための施設、後宮も無用だ。

 畿内に残る決心をした十市皇女と息子、葛野王かどののおうも後宮の采女達に同行した。

 だが悲壮さは無い。

 このまま居残る方が余程不安だったのだ。

 その様な中、後宮の中で”噂”に高い『伝説の采女』が突如としてやってきて、みんなを救いに来たのだ。

 未だに後宮の中ではかぐや監修の同人誌(うすい書)が密かに回覧されている。

 特に斉明帝により発禁処分を喰らった巻はプレミアが付いている……らしい。


 見送りの為、中臣金も同行していた。

 娘も同然の耳面刀自と、この先従者として付き添う息子を案じての事だった。

 かぐやの前では右大臣ではなく人の親としての面を見せていた。


「かぐや殿、皇子様を宜しく頼む。

 それと今更だが、息子が幼少だった頃、面倒を看てくれたことに感謝している」


「え? もしかしてカっちゃんってミミちゃんの乳兄妹のカっちゃんですか?」


「はははは、そうなのだよ。

 妃の一人が鎌子の乳母として讃岐へと行っていた。

 耳面刀自様が讃岐を後にした後もずっと一緒に居たので、まるで本当の兄妹みたいだがな。

 讃岐で過ごした頃の思い出を懐かしそうに話していたよ。

 さぞ善き場所だったのであろう」


「それは恐縮にございます」


「その後、かぐや殿が斉明帝の庇護を受けて、『神降しの巫女』として名を馳せるようになったのを我がことの様に喜んでおった。

 むろん私もだ」


「いえ、そんな畏れ多いことです」


「多分、かぐや殿と話が出来るのもこれが最初で最後となろう。

 だからこそ、今のうちに礼を言いたかったのだ。

 斉明帝がとても苦しいお立場にある事は私も感じていた。

 しかしかぐや殿のお陰でどれだけ救われた事か……」


「私こそ斉明様には感謝してもしきれない程、感謝しております。

 その事を感謝されるなどと、こそばゆい気持ちがします」


「ははは、そうか。

 だからこそ斉明帝は救われたのだろう。

 それにな……鎌子がかぐや殿の事を目に掛けていたのは、余程気に入っていたのであろう。

 私にはそれが羨ましくもあったよ」


「羨ましい……ですか?」


「鎌子は政にしか興味のない、ある意味面白みのない男だった。

 その鎌子が一人の女子おなごに何故目を掛けるのかが最初は不思議だった。

 あれは斉明帝が即位した次の年の新春の儀だったかな?

 ……見事な舞だった。

 鎌子の目に留まる者は少ない。

 鎌子は理想が高く、傍に仕える者にすら高い能力を求める奴だった。

 私の様な凡庸な男には、面倒な祭祀を押し付けるのに都合が良かったのであろう。

 だから、女子の身でありながら鎌子に一目置かれる其方が妬ましいとも思う事すらあったよ」


「私にとりましても中臣……藤原様は厳しい御方だったと思います。

 ですが同時に懐の深い方だったとも思います。

 きっと中臣(金)様へもいつかお礼を言いたいと思ってらしたのではないでしょうか?」


「そうだと良いがな。

 では耳面刀自様と英勝を無事届けてくれ」


「はい、承りました」


◇◇◇◇◇


 全員の準備が整い、いよいよ避難開始となった。


「それでは船着き場へと参ります。

 皆さん、足元に気を付けて」


 夜明け前の近淡海びわこの方向へぞろぞろと大勢が歩いて行く。

 大津宮の警備は厳重だが、帝が舟で避難することは、宮の者の一部のみに周知されている。

 全員に知らせれば恐慌パニックになるためだ。

 事情を知る船着き場へと続く東門の警備の者は、この後自分も逃げ脱つもりでいた。

 沈みゆく船の最後の瞬間が差し迫っていた。


 近淡海びわこは最深部こそ100mを越える巨大湖だが南部分(南湖)は水深はさほどない。

 平均水深はせいぜい4~5mだ。

 大型船が南湖に入り込むのはそれなりに危険リスクを伴う。

 それでなくとも大型船が大津宮に近づけば、大騒ぎになるであろう。


 そこで沖合いに停泊した大型船には、小舟を使って乗り込む段取りとなっている。

 まずはかぐやが小舟で沖合へと進み、光の玉を上空へと浮かべた。

 しばらくすると、松明を掲げた大型船が近づいてきた。

 櫂船かいぶねであるので、風に左右されず機動性がある。


 未明の静かな湖面に光の玉はよく目つらしく、直ぐに気付いたらしい。

 数百メートル離れた場所から、かぐやらの乗った小舟を見つけ、乗員を回収した。

 そしてかぐやは大型船から光の玉を浮かべて目印となった。

 そして夜明けまで、ピストン輸送をして大友皇子一行を回収した。


 しかし好事魔多しというのだろう。

 もうすぐ終わりだという所で大津宮から大声が聞こえてきた。

 船による攻撃と勘違いした兵士が矢を放ってきたのだ。

 そして小舟が何艘も出てきて、大型船へと迫って来た。


 止む無く、船に乗っていた兵士が弓矢による反撃を試みた。

 言うまでも弓の性能は上だが、そもそもの目的が避難民の救出であったため、船上の兵士の数が足りなかった。


 そこで止む無く、かぐやも応戦に参加した。

 間近に近づいた船には容赦なく光の玉が降り注いだ。

 行動不能になる程ではなかったが、身体に痛みを感じながら振り絞った矢はまともに飛ばない。

 その程度に威力を抑えたのだ。

 十二年前の玄界灘で怒りに我を忘れて大勢の兵士を死なせてしまったかぐやとしても、これ以上の死者を出すことは避けたかった。


 だが、そのようなかぐやの苦悩を知らぬ者は、何が起こっているのか理解が出来ない。

 湖岸にいる大津宮の将・犬養五十君いぬかいのいきみは、味方の体たらくを敵前逃亡と決めつけ、全部の船を出して迎撃することを命じた。

 つい先ほどまで何事も知らされる事無く就寝していたため、全く状況を飲み込めていない犬養は、敵の大型船の反撃が大したものではなく、近江の兵が押し返しているかの様に見えていた。

 ただ単に、避難者を回収し終えて、反転しただけなのだが……。

 勘違いした犬養は更に増長し、全船に追撃を命じ、自らも船に乗り込んだ。

 ただし、矢が跳んでこない距離を取りながら……。


 百人が乗り込んだ船は喫水が深くなっていた。

 それを十名の労力で進むため、なかなか速度が伸びない。

 小型の小回りの利く櫓舟ろぶねで追いかける近江の兵達は、その船に守るべき大友皇子が乗船しているとも知らずに、火矢を放ってきた。


 しかし、それもつかの間。

 段々と空が白み始め、視界が開けてくると犬養を始め、近江の兵士は自らの失策を知る事になった。

 一隻だと思っていた大型船が、他に四隻もあり、ゆっくりと迫って来たのだ。

 瀬田唐橋を攻略し、最後の目標である大津宮沖へと移動の途中だった。


 本気で攻略すれば大津宮はたちまちに火に囲まれるであろう。

 かぐやの救出を待ち、離れた場所に待機していたが光の玉が行き交う海上戦を見つけたのだ。

 直線距離にして2km弱。

 遮る物の無い真っ平らな湖面では、目の鼻の先である。


 その四隻に乗っているのは、三尾を出る際に矢を放つためだけに乗船した弓自慢が四百。

 対する近江軍は五~六人が乗れる小舟三十艘。

 残り少ない大津宮の兵士の半分を動員していた。

 揺れる小舟の上でまともに矢が跳ぶはずもなく、勝敗は戦う前に決した。


 しかし諦めの悪い男が一人。

「挙国一致、尽忠報国、堅忍持久(※)」と言わんがばかりに、声高に全船突撃を命じた。

(※第一次近衛文麿内閣成立時のスローガン)


 犬養五十君である。

 姑息な犬養は、自分一人、声は届くが矢の届かない場所から命じているから気も大きい。


 だが、悲しいことに犬養の考えていた矢の飛距離とは、自軍の弓を基準にしての事だった。

 数本の矢が声の主へと飛び、その口を塞いだ。


 抵抗する者が不在となり、ここに近江大津宮の陥落が決定的なものになった。



(陥落編おわり)

珍説の一つに、中臣金=中臣鎌足、同一人物説があります。

「金を兼ねる」=>「鎌(足)」だとか?


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