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大津宮陥落・・・(7)

大友皇子=伊賀様です。

いみな諡号しごうが入り乱れているため、読み難かったら申し訳ありません。

 ※第三者視点によるお話が続きます。



 大津宮の最奥にある後宮へと潜入したかぐやは額田王と靑夷に再会し、大友皇子と后の十市皇女と共に安全に逃げるための相談を持ち掛けた。

 しかし大友皇子はそれを拒否し、今後の国政のために自分が死ぬべきと主張する。

 そこへ右大臣・中臣金なかとみのくがねと、大友皇子の妃の耳面刀自みみもとじが乱入。

 作戦は失敗か?



「下賤に身にありながら、後宮へ乗り込む無作法をお許し願いたい。

 非常時につき押しかけさせて頂きました」


「中臣殿……?」


 大友皇子はしまったという表情。

 一方、かぐやは中臣金に見覚えはあるが面識のないオジサンの出現に戸惑っていた。


「そこに居られるのがかぐや殿ですな。

 顔を合わすことは度々ありましたが、話をするのはこれが初めてだろう。

 改めて挨拶しよう。

 鎌子の従弟で、今は右大臣を拝命している中臣金なかとみのこがねだ」


 中臣金は宮中ののりでいつも祭祀を賜っていた。

 かぐやが宮中で神降しの奇跡を起こすたびに、金はそこに居たのだ。

 知らないはずがない。


 もしも金が『者ども出会え!』と大声を出した瞬間に、かぐやは宮中の全員を敵に回して、大立ち回りをすることになる。

 警戒心をMAXにして、かぐやは日本古式の礼、三つ指を軽く床につけて丁寧にお辞儀しながら挨拶をした。


「挨拶が遅れて申し訳御座いません。

 斉明帝の采女でしたかぐやとお申します。

 危機が差し迫りました状況につき、やって参りました」


「中臣殿、『そうはさせぬ』とはどうゆう事か?」


 大友皇子は大友皇子で、中臣の言葉に警戒の色を見せる。

 自分だけが犠牲になればそれでいい。

 徹底交戦だけは避けたかったのだ。

 それをひっくり返されては、燃え盛る大津宮で大勢が死ぬかもしれないのだ。


「大友様は生き伸びるべきです。

 何一つ罪を犯しておられぬのに、死を選ぶ理由なぞ御座いません」


「だが、私の存在が国を分ける原因になるのだ。

 私さえ居なくなれば、それで全て上手くいく。

 他に選ぶ道はあるまい」


「それは帝に即位されたからですか?」


「そうだ。中臣殿も即位の儀を執り行ったのだから、誰よりも知っておろう」


「ええ、誰よりも……だからこそです。

 あののりは、正式な手順を踏んでおりませんので、有効では御座いません」


「? ……何か問題があったというのだ?!」


「何もかもと言いたいのですが、少なくとも歴代の帝の陵への参拝と神器の継承だけは行わなければなりません。

 陵への参拝は後回しに出来ますが、残念ながら神器が揃っておりませんでした」


「忌部が居なかったからな。

 それも後でという話だったが?」


「ここに至って忌部の協力は得られぬでしょう。

 かぐや殿が健在だと知った忌部が、かぐや殿に反旗を翻すとは思えません。

 忌部のかぐや殿に対する忠誠は揺るぎはしないでしょう」


「つまり私は帝では……弘文ではないから死ぬ必要はないというのか?」


「それもあります。

 しかし、私どもの世代の不始末を若き皇子様に押し付けたくないのです」


「だが、私は天智帝の息子だ。

 父上のやった事を私が責任を取らずに誰が取るというのだ?」


「責任は古き者達に押し付ければ宜しいのです」


「その様な真似ができるか!」


 大友皇子と中臣金の議論がヒートアップしてきた。


「伊賀様」


 中臣金の横に居た耳面刀自が初めて発言した。


「額田様から大津宮が危ないとお呼び出しがあると聞き、勝手ながら叔父様の元に立ち寄り、お声を掛けました。

 伊賀様の事ですので、きっとご自分の命を軽んじられるであろうと思い、叔父様に説得を願ったのです。

 どうか、叔父様の話に耳を傾けて下さい」


「耳面刀自……」


「かぐや殿よ……一つ聞いていいかな?」


 金は静かにかぐやの方へ向いて尋ねた。


「何にございましょう」


 実のところ赤外線の(見えない)光の玉は展開済みである。

 何かあったら、素早くぶつけて金を行動不能にするつもりでいた。


「かぐや殿が敵地となる大津宮に単身乗り込んだという事は、もはや大津宮は落ちたも同然という認識で良いのですかな?」


「はい、早ければ明日にでも。

 ですから皆さまのお命を助けたい一心でやって参りました」


「どうやって皆の者を助けるつもりですか?」


「伊賀様の御心次第です。

 降伏するのであれば、身に危険が及ばぬ様手配します。

 逃げるのであれば、それをお手伝いします。

 戦うのであれば、縄で縛りつけてでも力づくで生き永らえさせます」


「はははは、それは勇ましい事ですな。

 大友様、敵に捕まれば百まで生き永らえさせられそうですぞ」


「それは生き延びたとは言わん!」


「だが、かぐや殿はここにまで踏み込んでしまっている。

 かぐや殿の持つ神の御技は、天智帝すら脅える程でした。

 私も反抗すれば、同じ目に会いましょう」


 さすがにかぐやの異能チートは知られている。


「伊賀様、お願いです。

 どうか生き延びて下さい。

 私もどこまでもご一緒します。

 どんなに辛くでも平気です。

 だからお願いします!」


 耳面刀自は大友皇子に嘆願する。

 おそらく耳面刀自は大友皇子が、大津宮と運命を共にし、自らの命を諦めている事を感じ取った上で、親族である中臣金を呼んだのであろう。


「だが、私の存在は国にとって害悪となるのだ。

 生き残っていけない存在なのだ。

 分かってくれ、ミミ」


「かぐや殿、もし大友皇子が逃げるとしたらどこまで逃げられますかな?」


「もし東宮様のご協力が得られるのであれば、表向きは流罪という形になるでしょうから何処へでも行けますでしょう。

 私の裁量の及ぶ範囲内でしたら、西は難波国、東は尾張国、北は越国、南は紀国まで。

 残念ながらそこから先の船旅はお手伝い出来ません」


「そうか……、ならば尾張まで大友皇子をお送り頂きたい。

 そこから先は私の息子が案内致しましょう。

 大友皇子を我々中臣のゆかりの地へお連れします。

 耳面刀自よ、それでいいかな?」


「はい、カッちゃんが一緒でしたら心配御座いません」


「待て! 逃げたところで追手が来る。

 何も解決にはならぬ」


 中臣金と耳面刀自とで、脱出計画が進んでいく。

 それでも賛成できない大友皇子は異を唱えつづける。


「伊賀様。

 それでしたら、伊賀様が亡くなった事にして逃げては如何でしょう?

 もし敵軍勢に捕まれば流刑となるのでしょう。

 どうせ流刑となるのであれば、自ら好きな場所へ流刑となればいい。

 何よりも、生き残っていけないのは伊賀様の存在であり、伊賀様のお命ではない筈です」


 物部麻呂が親友の立場で進言する。

 周りの者は一様にその意見に同意の雰囲気を示した。


「いや……だが、中臣殿よ、それで良いのか?

 其方はどうするつもりなのだ?」


「先ほども申しました通りです。

 責任は古き者達に押し付ければ宜しいのです

 右大臣たる私が責を負いましょう。

 私は最後まで宮に残ります」


 どうやら、中臣金はかぐやを捕まえるつもりも、敵の軍勢に総力戦を挑むつもりは無さそうである。

 そして、近江朝の最期の一人として、責を果たすつもりらしい。

 左大臣の蘇我赤兄とは大違いである。


「そうか……だが、私は自分が自分に卑怯である事を許せないのだ。

 そうしたい。

 だがそうしてはならないという気持ちもあるのだ」


 元々が生真面目な部分があるため、逃げるという選択肢を心が拒む。


「伊賀様、天智帝の叔父にあたります孝徳帝は、死の間際まで御令息の身を案じておりました。

 そしてこのように申されました。

 『逃げよ』と。

 残念ながら逃げる選択をしなかったその御令息は命を落とされました。

 例えどんなにお辛い事があっても、生きていれば次の機会があります。

 挽回することも、味わえるはずでした幸せも、そして生きる辛さも……。

 最期まで生きた人こそが勝者なのです。

 私がこう言って生きて欲しいとお願いした方は、逃げることなく亡くなってしまわれました。

 その様な後悔を私だけでなく、この場にいらっしゃいます皆さんに味合せないで下さい」


 現代で三十余年、この世界にきて二十八年、この場で一番人生経験の長いかぐやの言葉に大友皇子は黙り込んでしまう。


「ミミちゃん、皇子様を宜しくお願いするわ。

 私はいっしょに行けないと思う。

 存在を消してしまった皇子様にこの子を殉じさせる訳にはいかないから。

 私は父様の元へと帰り、この子を……葛野を立派に育てるわ」


 后の十市皇女もまた、大友皇子に生きて欲しいがために辛い選択を選んだ。


「伊賀様、存在を殺す役目は私がお引き受けしましょう。

 これが物部としての最期の仕事となるでしょう。

 目的の地までご一緒は出来ませんが、英勝殿が一緒なら私も安心できます」


「みんな……ありがとう。

 分かった。

 私は大友の名を捨て、逃げ延びよう。

 かぐや殿、宜しく頼みます」


「はい、承りました」


 こうして大友皇子の亡命作戦が発動したのだった。



(つづきます)


中臣金はこれまで何度も登場してきましたが、あえて中臣金には触れておりませんでした。

しかし主人公かぐやとどのような関連があるのか、過去話にて所々で匂わせていたりします。


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