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大津宮陥落・・・(4)

 ※第三者視点によるお話です。


 大津宮への潜入に成功したかぐや。

 雑仕女のフリをして何食わぬ顔で宮中を散策していた。

 大津宮は、百済の役で関係が悪化した唐の侵攻に備えるため、五年前に突貫工事で造られた仮宮である。

 言い方は悪いが、臨時政府拠点シェルターなのである。

 従って斉明帝の治世で宮都きゅうとであった後飛鳥岡本宮ほどの広さは無い。

 その分、堅牢性に抜きんでていればいいのだが、せいぜい豊富な水量の近淡海ちかつうみの近い地の利を活かした火災対策が充実しているくらいである。


 本来であれば外廓の官衙かんがい区画では大勢の官人くにんらが仕事をしているはずなのだが、今は人影もまばらである。

 大概の者らは兵士として出兵したのか、はたまた逃げ出したのか?

 犬養五十君が将に抜擢されるくらいだから、おそらくは後者であろう。


 物部麻呂は間違いなく大津宮に居るはず。

 だが、それらしい人物は見当たらなかった。

 そうこうしている内に、宮中にとりの刻(※夕方五時)の鐘が鳴り響いた。

 ちなみに大津宮には前年に漏刻が設置されていた。

 鎌足の命で作られた川原宮にあったオリジナルの漏刻を移設したらしい。


 かぐやとしては隅々まで調べたかったが、あまりうろついてばかりであると怪しまれてしまうと考え、隠れる場所を探した。

 最有力候補は倉庫だ。

 しかし、倉庫の扉は固く閉じられており、衛兵が倉庫区画を常に巡回している。

 そして倉庫の中に麻呂が居る確率はほぼゼロである。


 残された時間は少ない。

 本隊である高市皇子率いる美濃方面からの進軍が近くまで迫っているはずなのだ。

 瀬田川を突破されれば、大津宮の陥落は時間の問題であろう。

 もしかしたらそれは明日なのかも知れないのだ。


 どうせ隠れるにしても、何かしら有益となる場所が良い。

 官人らの話を盗み聞できる場所とか、資料や勅命が保管された図書寮ずしょりょうとか、いざとなったら火を放って逃げられる炭小屋とか。

 色々と考えた結果、内裏に入ってしまおうという最も無謀な選択をした。

 内裏の最奥には後宮があり、額田王がいるかも知れないのだ。

 何処に居るのか分からない物部麻呂よりも、確実性は高い。

 可能性は低いが、かぐやが岡本宮に居た十二年前からずっと後宮に勤める知り合いの采女うねめが居るのかも知れない。


 しかし、内裏へ入るのには外郭と内郭を隔てる南門を通らなければならない。

 そもそも南門が開けねばならないが、ここは帝を守る最後の砦でもある。

 先程のセクハラ&失禁門番みたいに簡単に人を入れてしまうようなと無能とは違う。

 高官と言えども余程の事が無ければ、中に入る事の出来ない神聖にして不可侵な場所エリアだ。

 この門を簡単に突破されるようであれば、国の威信に関わるのだ。


 それこそ風○の弥七か、かげろう○銀か、神の御使いでもない限り……。


 ◇◇◇◇◇


 ということで、神の御使いであるかぐやは侵入に成功した。

 言うまでもなく光の玉を使った力業である。

 記憶も消去したので、門番達は何があったのかも覚えていない。


 幸いにして内裏内にある後宮の入り口の門は開け放たれており、護りは形骸化していた。

 既に後宮が後宮としての機能を果たしていないのであろう。

 人の気配はするが、岡本宮の様な賑やかさはない。

 何となく晩年の難波京を思い起こさせた。(※『寂しくなっていく後宮』参照)

 やはり采女達は予め避難しているのであろうか?


 奥へと進もうとすると声がした。


「おいっ、そこの! 何をしている!!」


 聞き覚えのある声の方向へ顔を向けると、そこに居たのは尚兵つわもののかみ靑夷あおいだった。


靑夷あおい……様?」


 声を掛けた靑夷あおいは、自分を知る者ならば後宮の住人であるのは間違いないだろうと、怪しげな采女を検めるために近づいていった。

 靑夷あおいは帯刀を許されており、剣のつかには手が掛かっている。

 相変わらず武人らしい女性である。


「……? もしかして……かぐや殿か?

 いや、そんなはずは……?」


「お久しぶりです、靑夷あおい様。

 そのかぐやに御座います」


「ほ、本当にかぐや殿なのか?

 筑紫で帝に……斉明帝に殉じたと聞いていたぞ」


「話せば長くなりますが、今はそれどころでは御座いません。

 じきに大津宮は戦場となります。

 そうなる前に皆さんを避難させたいのです」


「どうやらかなり面倒事に撒きもまれているようだな。

 他でもない、かぐや殿の願いだ。

 分かった、出来るだけ協力しよう」


「ありがとうございます。

 助かります」


 本当はどうして十二年経った後宮に居るのか靑夷に聞きたかったが、そうすると互いの年齢の話になってしまう。

 敢えてその話題を避けたいかぐやは、全部『それどころではない』で済ませる所存だった。

 さすがに女性相手にピッカリの光の玉を乱射することは無いと思うが、つい昨日も羽田矢国相手にやってしまっている。


 靑夷に通されたのは兵司つわもののつかさの居室だった。

 本来であればこの時刻でも何人かいるはずだが、全くの無人だった。


「上皇様が山崎宮へ移られるので、半分の者はそちらへ行ってしまったんだ。

 そして反乱軍がここに迫って来るかもしれないという事で、残った者の更に半分が避難した。

 今、ここに残っている者は雑仕女を合せても五十人も居まい。

 おかげで私は昼夜問わず、衛兵の真似事さ」


 その反乱軍の支援者スポンサーであり、幹部であり、最大戦力なのが目の前に居るのだが、ひとまず置いておくことにした。


「大津宮は四方を取り囲まれつつあります。

 申し訳ありませんが、後宮の皆の者を動かせる方とお話は出来ますか?」


「かぐや殿は此度の騒動に関わっているのか?

 何かいい秘策でもあるというのか?」


「ええ、急を要します。

 もし額田様がいらっしゃれば、額田様にもお目通ししたいと思っております」


「額田様か……、後宮には居られないが今は離宮に居られる。

 使いを出せば明日にでも来て頂けると思うが……」


「もしかしましたら明日では遅いかも知れません」


 かぐやは、思い出したかのように懐から扇子を取り出した。


「済みません、筆をお借りします」


 作業机の上にあった筆と墨を使って、扇子に何かを書き始めた。

 そしてそれを靑夷へ差し出した。


「この扇子を額田様にお渡し下されば、急を要することを分かって頂けると思います。

 お願いします」


「分かった。早急に使いを出そう。

 暫くここで待っていてくれ」


 そう言い残して、靑夷は部屋を出て行った。


 ◇◇◇◇◇


 30分ほどして、靑夷ともう一人の采女らしき女性が入って来た。


「紹介する。

 こちらは内侍司ないしのつかさの尚侍 (ないしのかみ) 、橙子すみこ殿だ。

 流石に紅音あかね殿は後宮には残っていないが、紅音殿の後任だ」


橙子すみこと申します。

 かぐや様のお噂はかねがね聞いております」


「かぐやと申します。

 取り急ぎお伝えしたい事があり、後宮に潜入する形で押しかけてしまい申し訳御座いません」


「かぐや殿よ、その様子では何も食べていないのではないか?

 夕餉を用意させたから、食べると良い」


「お心遣い、有難うございます」


 かぐやとしては食事どころではないという気持ちと、橙子すみこの言った『お噂』の内容が気になっており、あまりボロが出るような話は避けたかったが、折角の厚意なのでご相伴に預かる事にした。


「それにしてもかぐや殿は……全く変わらぬな。

 あまりにも変わら無さ過ぎて、そんなはずはないと別人だと思ったくらいだ」


「靑夷様もお変わり御座いませんよ。

 直ぐに分かりましたから」


「そうは言うが、私もかぐや殿と大して年は違わないのに、まるで乙女のままみたいだ。

 やはり『神降しの巫女』は違うのだな」


「本当に斉明帝がいらした時はつい昨日のように思えます。

 もう十年以上経ってしまったのですね。

 昔懐かしいお話が出来る靑夷様がいらして幸いでした」


 振れたくない話題にカスりながらも、直撃を避けたいかぐやはできるだけ別の話題へと誘導する。


「もしかして、かぐや様の娘様という事は無いですよね?」


『ブッ!』


 かぐやの空しい努力も空しく、橙子の言葉が直撃クリティカルヒットした。


「おい、大丈夫か? かぐや殿よ。

 ゆっくり食べると良い」


「ケホッケホッ、畏れ良いります」


 すると居室の外から足音が聞こえてきた。

 ガラッと戸が開くと、そこには四十を過ぎても尚、美貌を保ち続けている額田が居た。


「かぐやさーん!」


 かぐやの姿を見るや否や、抱擁というよりタックルに近い額田王の攻撃を受けたかぐやは、粥を溢すことなく押し倒されるという高難度な技を繰り広げる事になった。


 どんがらがっしゃーん!



(つづきます)



何故か頭の中で、弥七のテーマ曲が流れてきます。


♪ パポパポパポパポ パー (テケンテテンテケンテテンテケンテテン)♪


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