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大津宮陥落・・・(3)

 ※第三者視点によるお話です。



 かぐやは山科の隠れ家を後にして、大津宮へと歩いて向かった。

 かぐやには村国男依、そして東宮・大海人皇子から密命が下されていた。

 一つは天智帝の隔離、そしてもう一つは大友皇子の救出である。

 天智帝の隔離については十分にその責を果たした。

 残るは大友皇子だけである。


 ”救出”というのは、つまり大友皇子を戦死をさせないためであるが、つまりは死なせたくない理由があった。

 人道的な理由もさることながら、大津宮には大友皇子の后として十市皇女が居るのだ。

 言うまでもなく反乱の(裏の)首謀者・大海人皇子にとって十市皇女は愛娘である。

 母親の額田王ぬかたのおおきみも居る可能性も高い。

 また、妃として中臣鎌足の娘、耳面刀自も居る。

 この三人の目の前で、大友皇子を処すことはしたくない。

 しかし大友皇子が帝に即位してしまったため、放っておく事が出来なくなってしまったのだ。

 大友皇子を正当な後継者に扱えば、その時は造反した高市皇子を大罪人として裁かねばならない。


 かぐやが単身で向かう理由は、戦力としては一人で戦えるだけの実力を十分に備えている。

 しかも女の身であるため、戦場で兵士と思われることは無い。

 大伴氏の中にも潜入捜査を生業とする者が居るが、あくまで諜報活動に限られており、かぐやの様に戦闘までをこなす規格外な単身兵力(クノイチ)は居ない。

 かぐやにしても、十市皇女も耳面刀自も、出産の際、自分が取り上げた子達であり、額田がいるかも知れないと思えば、この作戦ミッションに志願しないはずがない。


 ◇◇◇◇◇


 程なくしてかぐやは大津宮が臨める場所へと到着した。

 どうやって中に入るのかはノープラン、行き当たりばったり(アドホック)成り行き任せ(レットイットビー)である。

 そこまでの指示を村国はしていない。


 暫く様子を伺っていたが、人の出入りはさほど多くはないが、戦場が間近に迫っているだけあって、警備が厳重である。

 暗くなってから忍び込むしかないか……?

 しかし見つかった瞬間に計画がとん挫する様な危険リスクは冒せない。


 じっと機会を伺っていると、神具らしき荷物を抱えた巫女の格好をした集団が山背(京都)の方角から歩いてくるのが見えた。

 護衛はいるが先頭に二人だけだ。

 おそらく彼女達は宮中の神事で呼ばれた巫女達であろう。

 古代において祈祷は無くてはならないものだ。

 右大臣に中臣金なかとみのくがねが就任してからその傾向は更に強くなったらしい。


 そこでかぐやはこっそりと巫女の行列の後を付け、最後尾の巫女に光の玉を当てた。


 チューン!


 すると皇子の挙動が急におかしくなり、キョロキョロとしだした。

 かぐやにより一時的に記憶を消去させられたのだ。

 前を歩く集団から少し距離が出来たところで更にもう一発。


 チューン!


 その巫女はパタリと倒れた。

 しかし他の巫女達の行列は何事も無くしばらく進んだ。

 一人欠けている事に気付いたのはだいぶ進んだ後だった。


「あれ? 一人いない?」


 リーダーらしき巫女がきょろきょろと辺りを見回したが姿が見えない。

 一体どこではぐれたのか?

 すると、居なくなった巫女を背負った女性が近づいてきた。


「やっと追いつきました。

 この方があちらの道端で倒れているのが見えましたので、もしかと思いお連れしました」


 その女性は見かけによらず逞しいらしく、女性一人を背負っても全く苦にしていない様子だった。

 背中の女性に気を使いながらも、ひょいひょいと軽やかに歩いてきた。


「申し訳御座いません。

 まさかはぐれているとは思わず、ここまで来てしまいました。

 では私達が引き取ります」


「どちらへ行かれるつもりなのですか?」


「この先の宮ですが……」


「それでしたら、皆さんはお荷物がありますし私がそこまで私が背負っていきましょう。

 すぐそこまでです。

 この方はとても軽いので全く負担では御座いませんので」


「でも……」


「良いのですよ。私の国では『困ったときはお互い様』という言葉がございます」


 もう、宮は目前である。

 申し訳ないと思いつつ、この見知らぬ女性の厚意に甘える事にした。


「それでは済みませんが、宜しくお願いします」


 このまま押し問答をするのもむしろ申し訳ないと思い、とっとと宮へ入る事を優先した。

 宮の門では六人の門番が、出入りする者達を見張っていた。


「止まれ! 何を持っているのかをあらためる。荷を開けよ」


 そう言って、二人の門番が巫女達が持っている荷物を検めていった。

 そして気絶している女性を背負っている女の番となった。


「その女はどうした?」


「体調を崩されたらしく、道端で倒れているところを私がお運びしました。

 できましたら、中で横にさせて下さいまし」


「人数が合わぬがお前は一行の者か?」


「いえ、私はたまたま倒れていたこの方を見つけただけの者です。

 ですのでこの方を運びましたら直ぐにここを出ます」


「……ならば背負ったままでいい。

 調べるからじっとしておれ」


 門番の一人は両手が使えない女に対して懐を検める振りをして、モソモソと乳を触る。

 しかし女は全く動じない。

 その内、門番は自分のやっている事が後ろめたくなってきた。

 その女性は厚意で倒れた巫女を運んでくれているのだ。


「よし、いいぞ。背中の巫女を預かろう」


「いえ、そう言って巫女様の乳を触るのは些か問題となりましょう。

 巫女様は神様に言葉を届ける神聖な方々です。

 男性が気安く触るのは中臣様の勘気に触れるかも知れませんよ」


「うっ……分かった。

 ならば中へ運んだらお前は直ぐに門から出よ」


 自分の行動に後ろめたさを感じていた門番は、その女の言う事を拒むことが出来ない。

 本来は何人たりとも宮の中へ部外者を入れる事は禁じられていたが、何も武器を持たぬ女一人に何もできるはずもないと思い、門番は入場を許可した。……してしまった。


「承りました。そのようにします」


 そう言って巫女達と倒れた巫女を背負った女性は控えの部屋へと向かった。


「親切にして下さったのに、不快な思いをさせてしまってごめんなさい。

 本当に助かりました」


「いえ、気に為さらず。

 この方が大変な時に、乳の二つや三つ触られたくらい何とも御座いませんよ。

 ふふふふふ」


「そう言って頂けますと有難く存じます」


「それでは私はこれにて」


「あ、せめて何かお礼を……」


「いいのですよ。それでは失礼します」


 そう言って、親切で肝の座った女性は門の方へと去って行った。

 程なくして先程の門番が居る門に宮の中から先ほどの女性が歩いてきたが、何故かふわふわした感じがして薄気味の悪さを感じる。

 浮かぶように歩いてきて、門番に軽く会釈し、何も言わずにそのまま外へ出て元来た道を歩いて行った。

 何だろうと違和感を感じつつ、その女の歩いて行く先を見送ったが、百尺(30m)くらい離れたところでフラリとぼやけた瞬間、その姿はスッと消えてしまった。

 消えた瞬間を見たのは先ほどのセクハラ門番だけであるが、彼は小便をちびって驚き、それと同時にばたりと倒れてしまった。

 そして次に起きた時には、倒れた時のことを全く覚えていなかった。

 自分が見知らぬ女にセクハラをしたことも……。


 ◇◇◇◇◇


 お分かりだと思うが、”その女”とはかぐやである。

 幻影の光の人を操って、外へ出たように見せかけて宮の中への潜入に成功したのだった。

 宮の中の構造は頭に入っている。

 何処に潜めばいいのかも分かっているが、それよりも探さなければならない人が居るのだ。


 物部麻呂である。


 天智帝の未来視による監視が無くなったから、もはや潜む必要はない。

 麻呂が大友皇子の付き人となっている事は知っている。

 だから麻呂に連絡が取れれば、大友皇子に辿り着けるはずだ。


 かつては後宮に仕えていた宮仕え(こうむいん)だったかぐやにとって、宮中で怪しげな行動を取らないのはお手の物である。

 行き交う宮人(くにん)には、いつもの様に頭を下げて道を譲り、所作に迷いの類は一切ない。

 身に付けている衣も潜入のために準備したリバーシブルだ。

 堂々とし過ぎて違和感を全く感じさせなかった。


 何事も無い様に中を散策し、かぐやは高級官僚のいる区画へと入っていった。



(つづきます)

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