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天智帝の最期・・・(4)

郷愁ノスタルジーに浸る天智帝です。


 ※かぐやによって山科にある隠れ家に誘拐された天智帝視点によるお話です。



「私達が大地と呼んでおります足の下はこのような形をしております。

 未来ではこれを『地球』と呼んでおります。

 この島が和国です」


 かぐやの持つ神の御技により空中に球の様なものが浮かび、ゆっくりと回っている。

 これが大地の正体……『地球』だと?


 青い部分が海か?

 陸の部分の右端に小さな島が四つ連なるように弧を描き並んでいる。

 島……ひと際大きな青い部分に面した小さなポツンポツンとしたこの小さな島が和国なのか?

 すると隣にあるのが百済……だった場所なのか?


「そしてこの隣にある大陸の突き出た部分はんとうが新羅です。

 唐はこの辺り一帯です」


 やはりそうか。

 私の知る唐へ渡る船の航路が、かぐやの浮かべた球の模様と一致している。

 唐は『地球』の陸地の中で大きな存在感を放っていた。

 知ってはいたがやはり大きい国だった。

 だが唐ではない部分も広い。

 残りは天竺なのだろうか?


 海が大きいとはいつも思っていた。

 だが、まさか和国がいくらあっても足りないくらいに大きく広かったのか。

 もしも唐と反対側へ進んでしまったら、陸地などないではないか。

 もしかして和国とは最果ての地なのだろうか?


『東の海に蓬莱という山あるなり』

 古い書に記された東の海、東方の三神山……もしかして蓬莱とは。


「……小さいな。私はこんなにも小さな島で足搔いていたのか?」


「世の中が大きな事に喜びを感じて下さいませ」


「全然喜ばしくはない。やはり唐は強大だ。

 いずれ百済や新羅の様に取り込まれてしまうだろう。

 そうならなかったのか?」


 これまで認めたくなかった事実に今更ながらに焦りを感じた。

 もしこの『地球儀』を百済への出兵前に目にしていたら、兵を送らなかったであろう。

 唐が強大である事は分かっていたつもりだったが、これ程までに差があるとは……。

 高句麗と大差ないとばかり思っていた。

 書に書いてある内容は大袈裟なのだと思っていた。


 だが、かぐやの答えはこれまた予想と違っていた。


「今から五百年後、元という国がこの地域を統一し、韓や西の果てまでを支配下に治めます。

 しかし日本は二度にわたって十数万の軍勢による侵攻を受けましたが、いずれも跳ね除けました」


 私が政の表舞台へと上がって二十八年。

 侍という者達が我々に取って代わるのが三百年後。

 そして唐と伍する戦が五百年後。

 かぐやがやって来たという世界は千四百年後。

 千四百年という時の流れはこのような事まで分かっているというのか?


「そうなのか……。

 かぐや……和国を……日本をもっとよく見せてくれ」


 するとかぐやは日本と名を改めた和国を大きくして見せた。

 器用なものだ。


 近淡海ちかつおうみらしき大きな水色が日本の中央にある。

 このような形をしていたのか……。

 下の細い形が南湖だろう。

 すると大津宮は下の先端部分か?

 私にとって近江が長い旅路の最後の地となるはずだったが……。


 西海さいかい(※瀬戸内海)が左側にあり、淡路国あわじのくにと思える島が見える。

 となると、難波津なにわのつがあの辺りか?

 きっとあそこには難波京があるであろう。

 孝徳とは最期まで相容れなかった。

 難波宮で執り行われた改元の儀で、共に白い雉を見たことがまるで嘘の様だ。


 難波の右、近江の下、あの辺りが飛鳥なのか?

 全てはあそこから始まったのだった。

 蘇我蝦夷そがのえみしと入鹿の親子に命を脅かされた日々。

 鎌子との出会い。

 多武峰とうのみねで語り合ったのも今となっては良い思い出だ。

 板蓋宮いたぶきのみやでの入鹿を討ったあの運命の日。

 今となって思い出すのは、何故か昔の飛鳥での出来事ばかりだ。


 西海さいかいを通り抜けると……筑紫島との境目のあそこが杜碕(※門司)だとすると、長津は筑紫の島の頂点てっぺんのあそこか?

 筑紫ではいい思いではないが色々の事があったな……。


 しかし、私が和国を支配したと思っていたのは、ごく一部だったのか?

 近淡海ちかつおうみの右側には東国があるだろうが、何処がどこなのかがさっぱり分からぬ。

 三十年近く必死になって全力でやってきたつもりだった。

 しかし『地球』の中では唐とは比べ物にならぬほど小さな島の一部を治めるのに苦労したに過ぎなかったのか……?


 この小さな島を……。


 神の目から見た我々はとても小さな存在なのだろう。

 何故、神は私に能力を授けたのか?

 私の力が及んだのは本当にごく一部だったのだな。

 私一代でどうにかなるものではなかったのだ。


 私が晩節で行うべきこと……それは正しく時代に任せる事だったのだ。

 鎌子は誰に自分の思いを託したのであろうか?

 息子のふひとか?

 重用していた物部麻呂か?

 それとも誰も居なかったのか?


 私は……誰に託せる?

 大友は優秀ではあるが、大海人には劣る。

 かぐやは大海人と鸕野が帝位を引き継ぐことが正しい歴史だと言う。

 大海人がこの日本を託すに相応しい器である事は若き時から分かっていた。

 そして彼奴は吉野に居たままだというのに、かぐやをうまく使って見事なまでに私を追い詰めた。


 だが言い訳は出来まい。

 本来であれば、私が負けるはずなど無いからだ。

 政の頂点にいる私は、五万を超える兵を動員できるはずだった。

 しかし予想に反して援軍が集まらなかった。

 今なら分かる。

 私に対して反感を持つ者は多い。

 大海人が裏で手を回さなかったとしても、誰も兵は出さなかったであろう。

 十年前の白村江で多くの命を奪った私に、再び兵を差し出すお人好しは居るまい。


 国司に任命した者の中には大王おおきみの一族も多い。

 筑紫の太宰師の栗隅くるくまもその一人だった。

 にも拘らず栗隅は出兵を拒否した。

 心当たりはある……有間の一件だ。

 あからさまに有間を無実の罪を着せて処した私に対して、味方をしようとする皇子はいない。

 同族からも避けられていたのだ。

 これまでずっと敵を作る事を厭わなかった結果が、すべて自らの身に跳ね返ってきたのだろう。

 如何にも私らしい結末だ。


 もし大友が弘文帝として政をつかさどればどうなる?

 受け継がれるのは帝位だけではなく、私への憎しみの情をも引き継ぐことになろう。

 付き従うものは少ない。

 つまり、私のやって来たことは大友で途絶えるのか?


 もし大海人ならば……、私を敵対した末の譲位だ。

 戦で混乱した和国を一つにまとめることが出来るであろう。

 大海人ならば……。

 朝廷への憎悪は私が陵へ持って行けばいい。

 すべて私が蒔いた種なのだ。


 再び、かぐやの見せる『地球儀』の中の和国を見上げた。

 小さい島だ。

 しかし……美しい。

 もっと丸いか、棒の様な形を予想していたが、弧を描いたその姿はまるで生き物の様に見えてくる。

 そう……偶然に出来た島ではない。

 古の言い伝えの通り、神が作りし島なのであろう。

 これほどまでに愛おしさを覚えてしまう島なのだ。


「美しい島だな。

 伊邪那岐イザナギ神と伊邪那美イザナミ神が作った美しい国だ」


「私もそう思います」


 かぐやが私の言葉を肯定するのが何故か嬉しくなる。

 もう、何も言う事も無い。

 だが、心の整理だけは済ませたい。

 少しだけいとまが欲しい。


「もはや抵抗はせぬ。返事は明日する。少し休ませよ」


「分かりました。それでは」


 かぐやは私のとどめを刺す訳でもなく、素直に部屋を出て行った。

 私は明日まで生かされるのか?


 ◇◇◇◇◇


 深夜、かぐやの術のせいだろう。

 身体を蝕んでいた痛みは全く感じない。

 しかし、心と身体が切り離されたかのように、何も感じない。

 もし私が剣で斬り刻まれても、痛みを感じぬかもしれない。

 妙な感じなのだ。

 鎌子も死の間際は辛そうであったと聞く。

 その辛さから解放してくれたというのであれば、礼を言わねばならぬかもな。


 おかげで久々に考え事が出来、昔を振り返る事が出来る。

 そしてどうすれば良かったのか……答えのない考え事をしていた。

 心の整理なんて多分一生できないのであろうというのが一晩考えた結論だった。


 ……?

 人の気配がした。

 戸の開く音がする。


 …………不穏な空気だな。

 私を殺しにきたのか?


「誰だ?」


 殺されたいわけではない。

 殺されたくないというのではない。

 ただ、私が黙ったまま殺されるのが嫌だった。

 返事は来ないだろうが、問い掛けをした。


「羽田と申します。

 帝のお命を頂く様、軍師殿から申し使っております」


 ふ……。

 どうやら私の命もあと僅からしい。



(つづきます)

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