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天智帝の最期・・・(2)

 ※天智帝視点によるお話。一部過去話と重複しています。



 大津宮から山崎宮までの道中。

 輿の揺れから身体を守るため、真綿の敷き詰められた木箱に我が身体が収められた。

 そして出発した翌日、急に外が騒がしくなった。

 どうやら”未来視”で視た通り、かぐやと比羅夫が襲撃に来たようだ。

 周りの者達の悲鳴が聞こえる。


「敵は屋根の上だ!」


 未来視で視えたかぐやの場所を護衛の指示が飛んだ。


「かぐや殿ぉー!」


 比羅夫の慌てようからすると撃退に成功した様だ。

 そして輿が何事も無かったかのように進みだした。


 護衛は少ないが、街道には多くの兵を一里ごとに配置したのだ。

 敵の襲撃があれば立ち所に参集し、迎え撃つ体制となっているのだ。


 だが明日には到着すると思っていたが、突然輿がガツンと落ちた。

 長い患いで背中や尻の擦り切れがズキッと痛み、思わず呻き声が出た。

 そしてずっと我慢していた物も……。

 暫くすると輿が持ち上げられたが、輿の扱いがこれまでの慎重な足運びではなく荷物を扱うかのような乱雑なものに変わった。

 もしかして敵の手に落ちたのか?

 何故?


 輿の中で大きく揺れられるそのじかんが長くなる程、その疑念は確信へと変わっていった。

 そして、輿の蓋が開けられ目の前に居るかぐやを見た時、我が身が敵の手に落ちた事を理解した。

 味方は誰一人おらず、私の身体はピクリとも動かない。

 女子の細腕でも首を絞めて殺す事なぞ造作もないであろう。


「殺せ。辱めを受けてまで生きるつもりは無い」


 何一つとして抵抗する手段のない私にとって、これがせめてもの抵抗だった。

 しかし私をさらった連中は、私の衣を剥ぎ取り水洗いを始めた。

 何と言う屈辱だ。

 それが終わると簡素な衣に着替えさせられ、私は寝床へと運ばれた。

 そこには憎っき女、かぐやが居た。

 そしてかぐやは私を見ると水にぬれた布で顔を拭こうとした。


 止めろ!

 今の私は素顔を見られたくないのだ。

 長年の患いの末、私の顔はボロボロの老人の様になってしまっているのだ。

 それを他人に見られるのなら、殺された方がマシだ。

 しかし、そんな事をお構いなしにかぐやは私の顔を拭き、白粉を剥ぎ取っていった。

 そんなにしてまで私に恥辱を与えたいのか!

 この性悪女め!


 性悪女かぐやは私の顔を拭き上げると今の私の様を見て驚き、白粉について尋ねてきた。


「上皇様はこの白粉をどこで手に入れたのですか?」


 誰がお前の使っていた陳腐な白粉などを使うものか。

 帝に献上された希少な白粉である事に気付いたようだった。


「ふ、お前なぞに手に入らぬものだ。

 新羅より贈られてきた貴重な白粉だ」


 この白粉は、私の顔の痣を完全に消してくれる優れものだった。

 この白粉を使うものは私の他には居ないであろう。

 しかし、かぐやはこの白粉の事を知っていた。


「上皇様は激しい頭痛や、目眩、血の気が引くような症状がありますでしょうか?

 もしそうであるのなら、原因はこの白粉にあるかも知れません」


 何故、それを知っている?!

 ここ数年は心が不安定になり、立つのも辛かった。

 頭痛のしない日は無く、頭の痛い日か、すごく頭の痛い日のどちらかしかない。


 そして私は我が身に起こったこの異変を、ずっと物部宇麻乃の呪術によるものだと思っていたのだ。

 四肢に力が入らず、顔は老人に様になり、私はこのまま死んでいくのだと恐れ、祈祷を欠かしたことは無かった。

 息子である麻呂に何かがあれば私に掛けられた呪詛は心の臓にまで至る気がしていた。

 それ故、鎌足亡き後、麻呂には大友のお付きとして距離を置いていたのだ。


 だが、しかし、私を苦しめていたのがこの白粉だったのか?

 俄かには信じられなかった。

 しかしこれまでの身体の異変と、新羅から献上されたこの白粉を使い始めた時期とが奇妙に一致している事に今更ながらに気付いてしまった。


「残念ながら鉛中毒の治し方を私は存じ上げません。

 私の御技を使えば良くなるかも知れませんが、残念ながら上皇様は私の御業を跳ね除けてしまうのでそれも叶いません」


 かぐやは面白く無さ気に、件の光を私に向けて飛ばしてきた。

 が、私の目の前で光は壁に当たったかのように四散した。

 筑紫でかぐやが私に向かって、攻撃を仕掛けてきたのと同じ光の塊だ。

 かくなる上はと、私の手を握ってきた。

 振り払いたかったが力が入らないのだ。


 すると私を悩ませてきた頭痛がすーっと引いてくるのを感じた。

 頭だけではない。

 身体を蝕んでいた痛みが引いていった。

 それと同時に頭の中の靄の様なモノが晴れていった。


 これが……これがかぐやが神から与えられた能力ちからなのか?


「少しは楽になりましたか?

 この光の玉は、中臣鎌足様がお亡くなりになる前に施術したものと同じものです」


 続いてかぐやの言った言葉に驚愕した。

 鎌子とかぐやが通じていたのか?

 しかし、かぐやの答えは予想と違っていた。


「私の仕業だという事は察せられたみたいですが、中臣様とは一切ご連絡は取っておりません」


 つまりは、鎌子がかぐやの生存を感じ取っていたのは違い無さそうだ。

 姿を隠していた十年間、かぐやは戦を起こす準備だけではなく普通に暮らしていたのだと思うと腹立たしくも思えた。

 咎人ならば咎人らしくじっと息を潜めて隠れておればよいものを。

 そのことが無性に腹立たしく思えた。

 私とかぐやは言い合いとなり、このような事をかぐやが口にした。


「斉明帝を朝倉宮に軟禁してさぞ気分が良かったのではないのですか?」


 それこそ誤解だ。


「馬鹿を言うな。あれは苦渋の決断…だった」


「何故、あのような蛮行が苦渋なのですか?」


 今の私のたどたどしい口調では上手く話が出来ぬ。

 それでも私が喜んで母殺しの片棒を担いだのではない事は説明した


 私が授かった”未来視”とは本当の意味の”未来視”だった。

 確実に起こる未来。

 避け得ない未来。

 私が何をしようと、結果は変わらぬ未来を視させられるのだ。


 例外は三人。

 私とかぐや、そして息子の建なのだ。

 建の未来を視れないだけではなく、誰の未来を覗いてもその姿が無かった。

 つまり世の理に反した存在だったのだ。

 その建が、私の息子の中で最も高い継承権を持っている。

 もし大海人が居なくなれば、帝になるのは建なのだ。

 しかし建の存在の異常に気付くものは誰も居ない。

 ただのおしでしかなかった。


 そこで私は物部鮪もののべのしびに命じたのだ。

 かぐやと共に建を捕まえたら、建を死ぬまで放置しろと。

 親としては最低で非情な話だ。

 誰にも理解はされまい。

 だがこの世に居るべきではない存在を私は許すことが出来なかったのだ。

 しかし、自らの手で建を屠る事になるとは……、あの時は想像も出来なかった。


「ならば白村江の敗戦を知っていながら、兵下達を死地へと向かわせたのも誤解のですか?」


 かぐやの抗議は続いた。


「百済で大勢が死ぬ光景が、時を超え、一年以上前の私の目に映った。

 だからそれを自分の利とする方法を考えたのだ。

 それが母上を殺した愚か者どもの成れの果てだ」


 私は母上に死んで欲しいとは思っていなかった。

 だが未来視で視えてしまった以上、避け得ないのだ。

 いわば白村江で死んだ連中は、帝に対する造反の罰なのだ。


「これまで帝に逆らった、意に沿わない人々は次々と粛清されていきましたが、その人達も許されなかったのですか?」


「朝廷とは魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする伏魔殿ふくまでんだ。

 綺麗事では済まぬことだ」


 綺麗ごとで済むのであれば、政は楽でいい。

 これまでの歴代の帝で、誰一人政敵を誅する事無く生涯を全うした帝は誰一人いまい。

 皇極帝だった母上も目の前で蘇我入鹿の首が刎ねられる様を見て見ぬふりをしていた。

 本当の父ではない舒明帝は、あやの皇子としての私の人生そのものを殺し、その秘密を知る者を除した。

 叔父の孝徳帝は私を殺そうと宮に火を放った。

 鎌子と出会うまでは強大な蘇我の影に常に怯えていた。


 殺さなければ殺されるのだ。

 私の人生の大半は、その様な中にあったのだ。

 お前の様な気楽な人生を送ってはいないのだ。

 出来なかったのだ!


 私への説得を諦めたかぐやは私に帝位を大海人へ譲るよう迫ってきた。


「東宮様への帝位の禅譲をここでお約束ください。

 そうすれば、天智帝の血をひく皇子様に不自由な思いをさせずに済みます」


「そこまで大海人を帝にさせたいのか?」


「神との約束です。

 それにそれがあるべき歴史ですから」


「ふ……、其方は千四百年後から来たのであったな。

 卑怯な奴め」


 まだ飛鳥に居た頃。

 吉野の宮で母上と鸕野とかぐやが会話をしている場面が視えた事があった。

 その時にかぐやが神の手によって千四百年の未来から連れてこられた者である事を知った。

 かぐやの並外れた才が、未来の教育を受けた故であると考えれば、合点がいく事が多い。

 私と鎌子の行動を讃岐の片田舎の郎女いらつめが知っていたのも頷ける。


 その話を聞いた時、私の心に浮かんだ感情は……嫉妬だった。

 私の”未来視”の能力よりも不確かであるが故、変更が出来るのだ。


「替えの利く未来を知っているとは……卑怯にも程がある。

 大海人も其方も私と鎌子の手柄を自分の物にするつもりであろう。

 私の事など……、帝を父親に持たぬ私など、その存在すら歴史から消し去られるのだ」


 おそらくは私はこの後、殺されるであろう。

 そしてかぐやの知る未来に私の名など塵芥の如く消え去っているはずだ。

 帝となった大海人が私と鎌子が命懸けで果たしてきた成果を我が物として後世の残す。

 間違いなくそうなるはずだ。

 何故なら……逆の立場であったら私がそうするからだ。


「上皇様には千四百年後は視ないのでしょうか?」


 私の言動を見たかぐやが急にこのような事を聞いてきた。

 つまり歴史はそうなっていないという事か?


 だがしかし、かぐやの言う通り私には千四百年後の未来は視えていない。

 それどころか明日以降の未来が視えた事が一度もないのだ。

 予想はしていたが、認めたくない事。

 それは……


 今日私は死ぬのだろう。



(つづきます)

あれ?

過去話のプレイバックが一向に終わりません。

地球儀を見た天智帝の心の変化については次話にて。

そして翌朝までに起こった出来事とか、天智帝の回想、などなど。


どう見てもこの話は長引きそうです。

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