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天智帝誘拐……(4)

 ***** 山背国山科の山奥にある隠れ家にて *****

 ※作者注:天智帝の途切れ途切れの台詞が読み難いので、普通の会話にて表記しております。

 天智帝の台詞は全部、途切れ途切れの言葉だと思いながらお読み下さい。



「三十年後、律令は為ります。

 ですが完全な物には至らず、遠からず制度が行き詰まります。

 その混乱の乗じて勢力を増し、帝を傀儡として別の者が力を振るいます」


「誰だ? その者達を廃してやる。

 名を教えろ!」


「……藤原氏です」


「!!!」


 中大兄皇子にとって衝撃の事実。

 盟友だった中臣鎌足、つまり藤原氏が帝の外戚として権力の座を掌握したのです。

 お互いに手を取り合って目指した帝による中央主権という名の果実を鎌足様の子孫が美味しく頂いたわけですから。


「この期に及んで私を煩わせようとしているのではあるまいな」


「私にはそれを証明する手段は御座いませんので、お好きにご解釈下さい」


「どのようにして帝を操ろうとするのだ?」


「私も詳しくは存じません。

 藤原氏は天皇の母方の親族として帝の後見人となり、幼い帝に取り替わる摂政という役職に就いて政を独占しました。帝が成人なさいますと藤原氏は関白として、引き続き権力を掌握したそうです」


「幼い帝だと?

 その様な事が許されるのか?」


「大友皇子様を即させようとした上皇様の言葉とは思えませんね」


「ぐっ!

 ……鎌子の息子がそうなるのか?」


「いいえ、不比等様は今はまだ十四歳。

 養父の元で学びに励んでらしていると聞き及んでおります。

 その卓越した能力が鸕野皇女様の目に留まり、重用されるはずです。

 つまり不比等様が後の藤原氏の祖となるのです。

 藤原氏が専横を極めますのは、三百年も先のことです」


「もし……不比等を亡き者にすれば帝による政が守られるのか?」


「歴史は大きく変わるでしょう。

 しかし、歴史の流れには逆らえないと思います。

 藤原氏もまた次の勢力によって歴史の片隅へと追いやられます」


「ふ……ザマは無いな。

 誰だ? 次の勢力とやらは?」


「武士です。侍とも申します」


「さむらい? そんなものは知らんぞ」


「宮の外で剣を持って、帝を警護する者達です。

 さぶらう者達です」


「連中に政など出来るはずが無かろう。

 国が亡ぶぞ」


「残念ですが、滅びません。

 力のあるものが国を支配するという形態は、今とさほど変わりがありません。

 上皇様が”未来視”でご覧になられました、私達の軍勢。

 あれこそが国を支配する者達の姿なのです。

 現に、数で勝る近江の兵士達は為す統べなく敗北しました」


「つまりこの国は戦の絶えない獣の国へと化していったということか?」


「そうとも言い切れません。

 支配者が変わっただけです。

 これまで蘇我氏や上皇様が争っていたように、強力な支配者が現れるまで権力を巡る騒乱は終わらないのです」


「私こそが強力な支配者を目指していたのだ」


「はい、一時いっときはその試みは成功しました。

 三十年後、律令は一つの完成へと至ります。

 しかし、完全ではありませんでした」


「何が悪かったというのだ?」


「民の負担を考慮しないその制度に民草はついて行けず、土地を放り出して逃げてしまいます。

 その結果、田畑は荒れ土地が不足します。

 それを補うため、場当たりな政策をした結果、朝廷に寄与しない土地(荘園)が多く存在することになるのです。

 それが藤原氏の権力の源となったと聞いております」


「ならば、それから取り上げてしまえば良かろう」


「当然、様々な試みがなされたみたいです。

 しかしその過程において、土地を守る侍が台頭したのです」


「ならば……打つ手はないというのか?」


「歪みが歪みを産み、次の歪みを生み出す。

 その連鎖は人の予想を超えます。

 遠い未来の国の在り方がどうなのか想像のつく者はおりません。

 施政者とは解答なき課題を投げかけられている方々なのだと思います」


 この言葉に中大兄皇子の目が大きく見開きました。


「お前はあの時、既にこの結末を知っていたというのか。

 何も知らぬ我々をあざ笑って、さぞや気分が良かったであろうな」


 二十五年前、初めて会った時に私が言った言葉を、中大兄皇子は覚えていたみたいです。

(※『皇子の呼び出し(1)・・・紙飛行機』ご参照)


「歴史とは大きく強い土台の上に築かれるものです。

 その礎の上に未来という名の建物が成り立っているのです。

 その礎に向かって嘲笑う道理は何一つ御座いません」


「……ふ、心にもない事を。

 で、帝はいつ途絶えたのだ?」


「近い将来、鸕野皇女様が即位され、倭国を『日本』という名に改めます。

 そして大王おおきみを『天皇』と称号を変えます。

 千四百未来において、天皇陛下は一億二千万人を擁する日本国の象徴として、多くの尊敬を集められております」


「傀儡のままなのか?」


「政を執り行う事はございません。

 しかし国の在り方を語る時、天皇陛下無しには語れません。

 政は全国民の総意によって選ばれた議員によって運営されており、天皇陛下はその総意を以て議員の長、例えるなら太政大臣の役職となる者を任命します。

 帝がお一人で悩むことは無いのです」


「そうなのか……。

 つまりは私と鎌子が命懸けでやって来た事なぞ、些事にしかならぬというのか……」


 すっかり意気消沈した中大兄皇子です。

 その姿を見て少しだけ心が晴れた気がしますが、気の毒だとも思わないわけではありません。


 ……ということで、えいっ! とばかりに地球儀を模した光の玉を中大兄皇子の真上に展開しました。

 村国様にお見せしたのと同じものです。

 外は薄暗くなっておりますので、細部までハッキリと見えます。


「何だこれは?

 お前の持っている能力ちから自慢か?」


「私達が大地と呼んでおります足の下はこのような形をしております。

 未来ではこれを『地球』と呼んでおります。

 この島が和国です。

 そしてこの隣にある大陸の突き出た部分はんとうが新羅です。

 唐はこの辺り一帯です」


 中大兄皇子はじっと地球儀を見ております。

 意外にも大して驚いておりません。


「……小さいな。

 私はこんなにも小さな島で足搔いていたのか?」


 地球儀を見た日本人が真っ先に思う事はだいたいそれですね。


「世の中が大きな事に喜びを感じて下さいませ」


「全然喜ばしくはない。

 やはり唐は強大だ。

 いずれ百済や新羅の様に取り込まれてしまうだろう。

 そうならなかったのか?」


「今から五百年後、元という国がこの地域を統一し、韓や西の果てまでを支配下に治めます。

 しかし日本は二度にわたって十数万の軍勢による侵攻を受けましたが、いずれも跳ね除けました」


「そうなのか……。

 かぐや……和国を……日本をもっとよく見せてくれ」


 何故か急に態度が軟化しました。

 やはり壮大な宇宙(無限に広がる大宇宙)を見ると心が洗われるのは、松本零士大先生のお話でも定番ですね。

 私はリクエストに応えて北半球の一部だけをズームアップしました。


「…………」


 じっと見つめたままです。


「美しい島だな。

 伊邪那岐イザナギ神と伊邪那美イザナミ神が作った美しい国だ」


「私もそう思います」


 ずっとホログラムで表示された日本列島を見ている中大兄皇子。

 しばらくして、ようやく言葉を発しました。


「もはや抵抗はせぬ。

 返事は明日する。

 少し休ませよ」


 だいぶお疲れになったみたいです。


「分かりました。それでは」


 私はそう言って上皇様を一人にして、部屋を出ました。


 ◇◇◇◇◇


 翌日の早朝、様子を見に行きましたら中大兄皇子の姿がありません。

 逃げられた!

 心の中で叫びます。

 身動きできないと思って完全に油断しました。

 しかしどうして? どうやって?


 慌てて、羽田様と護衛の方を呼びました。

 もぬけの殻となった寝具を見て、皆一様に驚いております。


「とりあえず方々を探してみて!」


「「「はっ!」」」


 方々を手分けして探すことにしました。

 すると護衛の一人が大声が聞こえました。


「かぐや様、こちらをご覧になって下さい!」


 慌てて声のした方へ行くと、そこには何かを引き摺った後があります。

 跡のその先の方向へと行くと小川が流れており、そこにうつ伏せとなっている人形のようなものが……。

 昨日まで上皇様と呼んでいたその方の亡骸が浮かんでおりました。



天智天皇の謎の一つに、日本書紀に陵墓の場所が記されていない事が挙げられます。

殆どの歴代天皇の葬られた陵の場所が記されているのですが、天智天皇と持統天皇(鸕野皇女)だけがその記述が無いみたいです。(全部は確認しておりませんが)

持統天皇の場合は編纂時にはご在命で、その終わりが譲位で終わっているので陵墓が無いのは不思議ではないのですが、多大な功績を残した天智天皇の陵墓の場所が記されていないのには、何か陰謀が隠されているのではという説があります。

例えば11世紀に編纂された私撰歴史書の『扶桑略記ふそうりゃくき』には、天智帝は山科の山中で不審死を遂げたという記述があったりします。

ちなみに宮内庁では『山科陵やましなのみささぎ』が天智天皇の陵として治定されております。


……何故、京都なのか?

本作はその一つの仮説アンサーでもあります。

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