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近江侵攻・・・(6)

またまた解説っぽいお話になってしまいました。

(´・ω・`)ショボン

(※不破から大津宮へ侵攻開始した高市皇子の軍勢にて、第三者視点)



 琵琶湖を挟んで向こう側、三尾にいるかぐやから各務原かがみはらへと伝書鳩が飛んできた。


『三尾城に向かう途中、安曇川にて敵軍の待ち伏せ。

 愛発あらちにて阿部比羅夫様と合流。

 天智帝の未来視に掛かったと思われます。

 敵軍は約千、援軍を請う』


 この便りを野上で受け取った村国はすぐさま敵陣営の規模を推定した。

 おそらくは三尾城には元居た兵千に加えて、援軍が千から千五百。

 他国から近江軍への増援は山背国以外に望めない筈だが、通り道となる大津からの定時連絡にはそのような動きは見られない。

 即ち、三尾城に待機する軍勢のおよそ四割~五割を安曇川対岸に派兵したと予想した。


 そこで村国は、長浜のみなとに隠してある軍船五隻で兵五百を三尾へ送り込むことを決定した。

 白兵戦を得意とする精鋭を船で運べば、安曇川に展開中の敵陣形を崩せる。

 多少の犠牲はあるかも知れないが、安曇側を越えてしまえば三尾城は落とせると予想したのだった。

 また、船を三尾へ出港させることが、今後の戦の展開に有利に働くことを見越しての判断でもあった。

 そしてそれと同時に、かぐやの生存が天智帝に知れたため、情報解禁の知らせを讃岐へと伝えた。


 結果は知っての通り、敵も味方も最小限の被害で三尾城は落ちた。

 燃え盛る三尾城から炙り出された兵士らは、後ろから押されるように突撃して来た。

 しかし、白兵戦となれば一部の兵士しか甲冑を身に付けていない近江軍なぞ敵ではない。

 むしろ手加減するのが難しいくらいだった。

 もし天女の存在が無ければ、敵軍勢の被害は甚大であっただろう。


 その様なさ中、ガチガチの甲冑に守られた兵士に囲まれて逃げ出そうとした蘇我赤兄があっさりと捕まった。

 名目上ではあるが、此度の造反は大臣達の腐敗を正すために、高市皇子が立ち上がったのだ。

 例え一番に腐っている奴とは言え、感情に任せて私刑を行って良いとはいかない。

 高市皇子の前に引っ立てるまでは、心を込めて懇切丁重かつ手厚く慇懃無礼いんぎんぶれいに扱った。


「おひさしぶりです。

 お元気そうですね」


 敵に生存を知られてしまった以上、こそこそと隠れる必要はない。

 軍勢の幹部としてかぐやは赤兄に相対した。


「重臣たる私に対して何という口の利き方だ。

 帝に仇名す悪女めっ!

 顔を見るのも嫌になる。

 性格も頭も悪く、生きる価値すらない醜女しこめめ!

 まさかお前が生きているとはなっ!」


 斉明帝の存命中、何かにつけて反抗したかぐやを目の前にして、赤兄の負け惜しみでしかない言葉がむなしく響き渡った。


「私も貴方の顔など見たいと思いません。

 しかし帝に仇名すとは心外です。

 何故なら私は今でも斉明帝の采女である事を誇りに思っております。

 私達は大臣の専横に対して物申すため立ち上がりました。

 それがどうして帝への反逆になるかは分かりません」


「私への反逆は帝への反逆だ。

 私は左大臣だぞ!

 何も違わぬわ!」


「しかし、貴方は帝の勘気に触れて大津宮から追い出されてここに居るとお聞きしました。

 怪我をしていないのに、戦場から逃れるため自分の腕を自分で傷付けて大津宮へ戻ったのは皆に知られておりますよ」


 赤兄の顔がサッと青ざめる。

 痣隠しのために真っ白な化粧をしている天智帝といい勝負と言っていい。

 誰にもバレていないと思っていたのだが、帝どころか敵にまで知れ渡っていたのだ。

 つまり知らぬ者は居ないという事に他ならない。


「そ、そ、そんなのは嘘に決まっておる。

 で、出鱈目を言うな!」


「私達には、それが本当か嘘かなんて興味御座いません。

 ただし、このまま大津宮へ逃げ帰ればどの様に扱われるのか、よくお考えになって下さい」


 つまり逃げ場がないという事だ。

 妙なプライドが高い赤兄は自分を見下すかぐやの言葉に対して逆上し、顔色が青色から赤色へと変わった。

 世間一般では八つ当たりともいうが……。


「くっ……、この薄気味悪い醜女が。

 三十をとっくに過ぎておるくせに若作りしているあたり、さぞ男に不自由しておるのだろう。

 この男日照りの阿婆擦れがっ!」


 赤兄にとって思い付く手段は、個人攻撃しか無かったのだ。

 だがしかしこれは完全な悪手、令和基準で言えば炎上間違いなしの問題発言だ。

 赤兄は間違いなく龍の逆鱗に触れ、虎の尾を踏み、世界最強の昆虫であるオオスズメバチの巣をつついてしまったのだった。


 チューン!


 次の瞬間、謎(?)の光を浴びた赤兄は、頭髪と眉毛と偉そうな口髭に永遠のお別れをしたのだった。

 過去に似たような場面を目撃した比羅夫は、こそっと自分の髭に手を当てて、身震いした。


 しかしこれが感情に任せた私刑リンチであるかは、誰一人としてツッコまない。

 誰もが自分(の髪)が可愛いのだ。


 ◇◇◇◇◇


『三尾城陥落、蘇我赤兄捕縛』

『讃岐軍完勝、紀大人降伏』


 この知らせを受けた村国男依は、頭の中でタイムテーブルを修正した。

 飛鳥からの行軍速度、野上からの進軍、三尾からの南進、そして大津宮の抵抗。

 何処から攻めれば敵軍勢をコントロールできるか?


 何度も言うが、この戦いの目的はただ単に勝つことではない。

 平和裏での帝位の禅譲が目的なのだ。

 もし帝もろとも大津宮を焼き払るだけならこんなにも回りくどい事はしていなかった。


 しかしその後に続くのは、国の混乱、政の停滞、さながら韓、魏、趙、斉、燕、楚、秦の七つの国が群雄割拠した春秋戦国時代(※B.D.770ーB.D.221までの約550年間)のようになるかも知れない。

 或いは後漢末期の劉蜀・曹魏・孫呉が鼎立ていりつした三国時代(※A.C.184-A.C.280年)か?

 古今東西、戦で最も難しいのは『戦争の終わらせ方』なのだ。


 その様な村国の元に、ある知らせが届いた。


『天智帝、大友皇子へ譲位。

 山崎宮への退避』


 想定された中で最悪の部類に入る知らせだった。

 本来であれば、大臣らを隔離し、孤立した帝に譲位を迫るつもりでいた。

 だが、立札にも掲げた通り、大臣らの専横に対する造反であった建前だったのが、大友皇子が帝へと即位したらのならば建前そのものが崩れてしまう。

 すかさず村国の頭の中は『次善の策(プランB)』へと移行した。


 飛鳥に居る大伴吹負へは、伝書鳩を使って乃楽ならまでの進軍を指示した。

 しかし、三尾に居る羽田とかぐやへは伝書鳩が跳ばせない。

 伝書鳩は巣へと戻るのだが、三尾を巣にする鳩は無い。

 そこで讃岐にいる吹負に飛鳥古京へと連絡を入れさせた。


 ◇◇◇◇◇


 三尾城を落として二日後。

 駅鈴はゆまのすずを鳴らしながら、駅馬はゆまに乗った官人くにんが燃え尽きた三尾城にやって来た。

 これは伝書鳩で連絡を受けた吹負が、人を遣わして飛鳥古京内で軟禁されている留守司の高坂王(たかさかのおおきみ)駅鈴はゆまのすずを提出させたのだ。

駅馬はゆま』とは即ち『早馬はやうま』である。

 斉明帝の治世において、特に中臣鎌足の肝いりで全国の街道に駅家うまやが設置された。

 駅鈴はゆまのすずを持つ官人くにんは、駅家うまやに備えられている駅馬はゆまを自由に使えることが出来、素早い伝達経路を整備していた。

 本来ならば近江軍だけにとっての通信手段となるはずだ。

 しかし飛鳥京と大津宮を結ぶ街道は事実上、吹負軍に制圧されていた。

 更に飛駅ひやくと呼ばれる駅使は、国務に関わる重大事を知らせる駅馬はゆまである。

 一役人にそれを止める権限はなく、大津宮を素通りして飛鳥京から三尾への連絡を可能にしたのだった。


 駅馬はゆまによってもたらされた村国からの指示は事細かなものであった。

 大まかに指示は次の三点。

 一つは、出雲を将とする大津宮へ進軍する本体への指示。

 一つは、三尾に到着した船団の大津宮付近へ向けた航行計画とその人員について。

 そして最後に、かぐやと羽田、比羅夫らの少数による遊撃隊の編成について。


 村国の思い描いたタイムテーブルに従って、大津宮への被害を最小限のまま制圧し、速やかな帝位禅譲を実現するために、美濃、讃岐、そして吉野が動き出したのだった。



(つづきます)

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