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近江侵攻・・・(5)

(※愛発あらちから三尾城に向かう羽田矢国の軍勢にて、第三者視点)


 当代一の武将、阿部引田比羅夫あべのひきたひらふと合流し、南へと向かう一同。

 しかし比羅夫には天智帝の未来視による監視があるので、作戦の詳細は伝えていない。

 その事を知るかぐやは比羅夫の同行を拒否することも考えたが、それ以上に比羅夫の合流による利が大きかった故、天智帝の異能チートについて明らかにした上で三尾城攻めへの参加をお願いしたのだ。


 また比羅夫自身も白村江の惨状を経験して第一線を退いていたが、その後悔の元凶ともいえる天智帝に弓を引く覚悟を決めた。

 比羅夫もまた天智帝の企みによって死地へと追いやられ、かぐやの助言が無ければ自分はもちろん、部下の命を異国の地で散らしていただろう。

 天智帝に対して思う所があるのは無理もない。

 ましてはかぐやの手助けとなれば、悩むまでもなかった。


 比羅夫と合流して3日後、三尾城を望む場所へと到着した。

 三尾城は北方に向けて既に臨戦態勢を整えていたところを見ると、やはり未来視に引っ掛かっていた様だった。

 安曇川あどがわの向こう岸は兵で埋め尽くされ、橋は落とされていた。

 目指す三尾城はまだ十里(5km)以上先なのだ。


 止む無く、川岸から少し離れた場所に陣を張り、詳細を書いた手紙を結び伝書鳩を飛ばした。

 比羅夫と合流したことで、天智帝の未来視に引っ掛かったであろう事も伝えた。


 ◇◇◇◇◇


 川は天然の防御線だ。

 軍勢が川渡りでモタモタとしている間に敵の矢の餌食となってしまう故、犠牲を覚悟しなければ突破は難しい。

 安曇川は川幅が十メートルから三十メートルくらいあり、比良山地の広大な森林原野のもつ保水能力がもたらす豊富な水が川を通じて琵琶湖へと流れ込む。

 つまり川の流れは決して緩やかではなく、ゆっくりに見える場所は深い。

 安曇川扇状地……それが三尾城のある三尾評みおのこおりであり、琵琶湖へと突き出た扇状地である。

 つまり戦場は真っ平らなのだ。

 すこし高いやぐらを立てれば敵陣はお互いに一望できる。

 敵陣が準備を整えてあったという事は頭数を揃えてきた可能性が高く、羽田の目には千以上の兵が待ち構えている様に見えた。

 実際には乃楽ならでの戦いで怪我をした傷病兵が半分を占めているのだが……。


 とりあえず比羅夫を除いた将らとかぐやとで軍議が執り行われた。

 比羅夫がいると、策が敵に筒抜けだからだ。

 比羅夫もその事は重々承知している。


「敵は完全に我々の行軍をお見通しだった。

 この先も対策されているとみていいだろう」


 出雲も羽田も、かぐやが比羅夫に話した内容をよく覚えている。

 何故、対策されているのかも分かっていての発言だ。

 だからと言って比羅夫のせいにするのはお門違いだとも分かっている。


「我々の鎧兜ならば矢を防げるのではないか?

 おそらくは我々の装備までは知られていないはずだ。

 強引に攻め入るべきだ」


 羽田は新しく支給された武具を信じ、突撃バンザイアタックを主張する。


「いくら、鎧兜が優れていても、至近距離から矢を放たれましたら無事では済みません。

 それは試し打ちでも分かっている事です。

 過剰の期待はしない方が宜しいでしょう」


 武具開発に初期の段階から携わってきたかぐやは、矢を完全に防ぐ手立てはないと主張した。


「しかし、このままじっとしていたら、大津宮の侵攻に支障が出るぞ」


「だが、ここでいたずらに兵士を損傷するのも支障がある」


 このまま堂々巡りの議論を続けていたのでは920年後の小田原評定(ひょうじょう)の先取りだろう。

 議論している間に豊臣に攻め滅ぼされかねない。

 しかし、かぐやには確信があった。


ときは必ず来ます。

 絶えず敵の様子を見張って下さい。

『風林火山』の心掛けです。

 それまでに全軍が川を渡れそうな場所を探して下さい。

 川に足を取られて溺死なんて死に方はしたくないでしょう。

 食料につきましては、伝書鳩で各務原に連絡を入れて常に状況を知らせましょう。

 兵が飢えないように手配します。

 敵軍勢は知りませんが……」


「かぐや殿、『風林火山』とは?」


「疾きこと”風”の如く、しずかなること”林”の如く、侵略すること”火”の如く、動かざること”山”の如し、という兵法の教えです。

 今は山となり、林となり、静かにじっとお待ち下さい。

 動く時が訪れましたら風となり、火となり、敵陣へと侵攻します。

 その時は私自らも戦線に立ちます」


 羽田は目の前の天女が只者でない事を身を以て知っている。

 あの技が味方を支援するのならばどれだけ力強いであろう。

 想像しただけで身震いがした。


 ◇◇◇◇◇


 二日後。


 ”そのとき”は突然やって来た。

 敵軍勢が急に陣形を崩したのだ。


 川の対岸からも後方から別の軍勢がやって来たのが見えた。

 慌てふためく敵軍勢。

 実は川に陣取っていたのは半分がそこに居るだけの傷病兵なのだから、足手纏いが半分の軍勢に抵抗など出来るはずもない。

 命じられたのは『矢を以て川を渡る敵兵を射よ』、それだけだったのだ。

 戻るべき三尾城の方角から現れた軍勢に成すすべもない。

 矢を放ちながら迫る軍勢に逃げ出す以外に手はなかった。


「今です!

 川を渡りなさい!!」


 天女の声が響き渡った。


 士気の高い軍勢は、すかさず行動に移った。

 しかしそれでも敵の抵抗が無いわけではない。

 迫りくる敵軍勢に向けて矢を放つ者は少なからず居た。


 ひと際高いやぐらから光の玉が飛び、矢を構える敵兵を無力化していく。

 だが、それ以上に活躍する者が居た。

 矢が見た事もない速さ(スピード)で飛んでいき、敵兵を刺し貫き、貫通していく。

 しかも急所には当たっていない正確さだ。


 キューン! キューン! キューン!


 小気味よく矢を放つその武将こそ、比羅夫だった。

 軍にあった一番の強弓をまるで子供用の弓の様に軽々と扱い、慣れていないであろう弓矢をあっという間に自分の意のままに操り、反則級の矢を次々と放っていった。

 正に格闘センスの塊と言っていいだろう。


 ここに至って、安曇川の戦いの大勢は決した。


 無力化した敵兵は武器を没収し、天女の技で治癒した上で放免した。

 元々が労役で掻き集められた農民なのだ。

 やせ細った体躯を見れば、貧しい身の上である事は一目瞭然であり、武器を持たせず放免すれば反抗はしない。

 ついでに乃楽ならで大伴吹負の軍によって大怪我を負わされ、三尾にまで連れてこられた者達は、その怪我も癒した。

 この様な奇跡を見せられて、反抗しようと考える者はいるはずがなかった。


 ◇◇◇◇◇


 それよりも突然現れた味方の軍勢。

 彼らがどこからやって来たのか?

 大津宮? しかしその道中、三尾城のすぐそばを通る。

 無傷で通り抜けられるはずがない。


 だが、かぐやには分かっていた。

 村国とかぐやは十年前から戦の準備をしてきたのだ。

 その準備の中には船も含まれていたのだった。

(※『戦争準備・・・(1)』ご参照)


 琵琶湖の対岸、長浜のみなとで密かに造船を行い、大型船五隻を完成させ、海上戦にも備えていた。

 伝書鳩で三尾の状況を知った村国男依は、すぐさま二千の兵の内の五百を船の乗せ、三尾城と安曇川の間、松の木内に上陸したのだった。

 村国にとって誤算だったのは、安曇川に展開する敵兵が殆ど案山子状態である事で、援軍に五百も必要なかったという事くらいであった。


 しかして、三尾城の大勢はこの時点で決した。

 三尾城は容赦なく燃やされ、城を捨て我先に逃げ出そうとした蘇我赤兄は罪人として捕らえられた。


 この戦により、三尾城だけではなく大津宮への海戦の拠点となる香取の浦(※乙女ヶ池)の船着き場を手中に収めたのだった。



(つづきます)

分かり難いですが、安曇川扇状地は下の絵のように琵琶湖に突き出た形をしており、その真ん中を安曇川が流れております。



↓ \

↓  \

↓   \

↓    \

↓ 安曇川 \

=======

↑     /

     /

  ⇖←←/←船

   /

  /   

 │ 琵

 │

三│ 琶

尾│

城│ 湖

 │

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