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【幕間】天智帝の激高・・・(2)

”……”が多いです。

読み難くて申し訳御座いません。


 ※近江大津宮において、第三者視点によるお話です。



 天智帝の突然の呼び出しで参集したのは、息子であり太政大臣である大友皇子、右大臣である中臣金なかとみのくがね、そして大友皇子の側近の物部麻呂の三人だけだった。


 およそ半年前に集った六人の重臣、そのうちの四人が不在だ。

 左大臣の蘇我赤兄は乃楽での戦いから逃げ帰り、そのまま北の三尾城へと行った。

 有り体に言えば帝から顔も見たくないと追い出されたのだ。

 重臣・紀大人きのうしは、難波から讃岐へと兵を進めている真っ最中だ。

 重臣・巨勢比等こせのひとは、大津宮から不破(※関ヶ原)へと伸びる東山道で陣を張って一歩も動かない。

 本人は風林火山(孫氏の兵法)(※)を気取っているつもりなのかも知れないが、山の如く動かない以外は全く当て嵌まっていない。

 疑心暗鬼と保身から、山部王やまべのおおきみ御史大夫だいなごん蘇我果安そがのはたやすを亡き者とし、敗戦の責任を擦り付けるつもりなのであろうが、帝にはバレている。

 臆病風に吹かれて、尻に火が付いた、敗軍の将そのものだった。

(※孫氏の兵法、第七章軍争編『其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震』)


 病床に伏している天智帝にとって、只でさえ憎き仇敵であるかぐやの生存を知った今、これ以上刺激されたのでは溜まったものではない。


 ◇◇◇◇◇


「よく聞…け」


 只事ではない雰囲気に全員が固唾を飲む。


「わ…たしは退…位す…る。大友に……譲位…する」


 慌てて中臣金が物申す。


「大友皇子様は優秀な方ですが、まだ二十五歳。

 帝の位に就くのには早すぎます」

(※当時の天皇となる適齢は慣例として30~35歳以上とされていた)


「構…わぬ。他にお…ら…ぬ」


 三人とも東宮こと大海人皇子が正当な継承者である事を知っているが、反論が出来ない。

 もしそれを言えば烈火のごとく怒るだけだろう。


「ではいつ即位を為されますか?」


 金は諦めて段取りをすることにした。

 この三人の中でのりに詳しいのは金しか居ないのだ。

 前代未聞であった皇極帝から孝徳帝の譲位も、金が取り仕切ったのだ。

 それだけではない。

 斉明帝、天智帝の即位や、大化から白雉への改元の儀、など、政の中枢にいながら祭祀には一切関わろうとしなかった中臣鎌足に代わって一手にのりを引き受けてきたという自負が、金にはある。


「ここでだ……」


 !!!!

 流石に異例過ぎる。

 三人とも言葉を失った。


 重苦しい沈黙が続く。

 しばらくの沈黙の後、やっとの事で金が発言した。

 発言というより嘆願に近いが……。


「で……では、せめて神器の継承だけでも。

 ここには中臣と物部がおります。

 忌部の代わりに誰かを立てましょう。

 玉(※八坂瓊曲玉やさかにのまがたま)はここ、大津宮に御座います。

 鏡(※八咫鏡やたのかがみ)は御座いませぬが、石上神宮に剣が御座います」


「私が馬で駆けて直ぐに持って参ります」


 物部麻呂が初めて発言をした。

 それが例え百里(50km)離れた石上いそのかみ神宮であろうとも、彼が言うのなら必ずそうするであろう。 

 決して裏切る事のない男、それが物部麻呂に与えられた信頼だった。


「た…の…む…」


 こうして後にも先にも例のない、ありとあらゆる慣例を無視した、戦時下での、正に戦場とならんとする大津宮の寝所でひっそりと即位の儀が執り行われた。


「名を……弘文こうぶんとし、ここに帝位を継承す」


(ぱあぁ~ん)


 流石というべきか、当代一の祭祀である中臣金は、天智帝の無茶ぶりともいえる即位の儀を、たった一日でのりの形式に落とし込んだ。


 そして歴代で最も孤独な帝(天皇)が誕生したのだった。


 ◇◇◇◇◇


 上皇となった天智帝は、弘文帝となった大友皇子に最後となるであろう、命令をした。

 これを託すために譲位をしたのだ。

 何としてでも聞き入れて貰わなければならない。

 身体の中に残った僅かな体力を振り絞って、天智帝は命じた。


「弘…文帝よ……、よく聞け。

 私は…新し…い政…を実現…する……、邁…進して……きた。

 鎌子…と共…に。

 その…名を…後世…に残…せ。

 この…国の主…神を天津甕星あまつみかぼし…様とし、……神話を残…せ。

 大海人…には…決して……帝位を譲るな。

 葛野かどの…に継が…せよ……」


 実を言えば、大友皇子には二年前に十市皇女との間に皇子が生まれていた。

 名を葛野かどの皇子という。

 天智帝の孫であり、大海人皇子の孫でもある。

 本来であれば、葛野皇子には輝かしい未来が待っているであろうが、敵の軍勢が目の前に迫っているこの状況に至ってはどうなるのか全く予想が付かない。


 こうして長く原因不明の病を患い寝たきりであった天智帝は、自らの意志で表舞台から退場した。

 そして先帝とは比較にならない程に元気で若い帝が誕生した。

 数えで二十五、満年齢で二十三歳。

 若き帝の初仕事は、迫りくる敵軍勢との決着である。


 弘文帝となった大友皇子は大津宮の主だった者達を集め、今後の指針を通達した。


「皆の者に次ぐ。

 天智帝は、長きに渡る患いにより帝の位をお降りになられた。

 世を騒がす賊軍の目を逃れ、静謐せいしつな場所にて養生して頂く。

 場所は山城国にある山崎宮やまさきのみやだ。

 余は大津の宮に残り、例え最後の一兵となろうとも戦い抜く。

 余は決して其方らを見捨てることはせぬ。

 其方らにも先帝に代わらぬ忠誠を期待する」


「「「「うぉーーー!」」」」


 ようやく、殆ど人前に出る事のない天智帝に代わり、真面な施政者が現れたのだ。

 大友皇子の実力はまだ未知数であるが、今の言葉だけを聞いた限りは期待できそうだった。

 敵軍勢が勢いを増している今、祭祀あがりの中臣金や人望の無さでは他の追随を許さない蘇我赤兄よりも、若き大友皇子に期待せざるを得ないのだった。


 ◇◇◇◇◇


 翌日、棺に入れられたような輿に担ぎ上げられた天智帝の移送が始まった。

 行先の山崎宮やまさきのみやは、山城国乙訓評(おとくにのこおり)(※京都府乙訓郡大山崎町)に建てられた宮だ。

 この宮を目指したのは現在の敵軍勢の目を逃れるため消去法で決めた結果がここだったからだ。

 距離にして約六十里(30km)、体力の無い天智帝を運べる最も遠くの場所だった。

 そして何より、天智帝が山崎宮を指示したからだった。


 本来であれば天智帝の未来視により事前に危険を察知して敵の先手を打つはずなのだが、今回に限りそれがうまく機能しなかった。

 その上、目の前に敵の軍勢が迫っており、その軍勢に対抗するのは不破方面が巨勢比等、三尾方面が蘇我赤兄なのだ。

 大津宮が安全だとは思えるはずがない。


 そこで天智帝は考えた。


 大友皇子に譲位し、自分が上皇となることで、自分を討ったとしても帝位は変わらない。

 そして帝となった弘文帝(大友皇子)への反逆は帝への反逆であり、万が一大友皇子を殺してしまえば、それは帝位の簒奪だ。

 高市皇子だけでなく、東宮であり父親でもある大海人皇子にとっても醜聞スキャンダルだ。

 もし大友皇子が討たれたとしても、大海人皇子の即位の目は遠のく。

 その間に大津宮から避難させている皇后・倭姫王やまとひめのおおきみが即位し、幼い川島皇子かわしまのみこが成人するまで引き延ばすという手段も考えられる。


 今回の山崎宮への移送は、天智帝にとって正にノアの箱舟だったのだった。

 しかし天智帝は失念していた。

 山崎宮がどのような経緯で建設された宮であるかを。


 それは天智帝がまだ中大兄皇子だった頃。

 物部宇麻乃に命じて毒殺された孝徳帝が建てた宮だった。

 天智帝が政治的に追い詰め、孤立させた上に、最後には命まで奪った孝徳帝が、難波宮からの遷都を目論見て、建設した幻の首都、それが山崎宮なのだ。

 孝徳帝、天智帝の二人の帝の終着点としたのが同じ山崎宮であったことは運命の皮肉としか言いようがない。


 そして大海人皇子とかぐやにとって一番の朗報。

 それは、天智帝の未来視を恐れる必要が完全になくなった事だった。

 この事は大津宮に潜むスパイを通じて、瞬く間に讃岐と美濃、そして吉野へと伝えられた。



大津宮と山崎とは文中にもある通り約30km離れています。

飛鳥京や難波京に比べれば遥かに近くです。


     │    │

     │  琵 ├不破

     │    │

     │  琶 │

     三尾   │

     │  湖 │

     │    │

     │   /

    大津宮 /

    / \/

  /宇治  

山崎 │

   │

   │

  乃楽なら

   │

  石上いそのかみ

   │

  飛鳥京

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