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【幕間】天智帝の激高・・・(1)

 ※近江大津宮において、第三者視点によるお話です。


 時は少しだけ遡る。


『かぐやっ!

 生きておったのかっ!』


 天智帝は、自分の”視た”光景に大いに驚き、思わず寝台から落ちそうになった。

 長い患いにより衰えた自分にもまだそれだけの力が残っている事に驚くべきなのだろうが、かぐやの生存の驚きが大き過ぎてそれどころではない。

 阿部引田比羅夫あべのひきたひらふ……の目を通して”視えた”とても近い未来。

 それは敵軍勢に合流した比羅夫に物申すかぐやの姿だった。

 憎きあの娘は、時が止まったかのように最後に見たあの時のままだった。

 自分はこの十年でここまで衰え、起き上がれぬほどになってしまったのにだ。


「大切な事なのでよく聞いて下さい」


 あの幼い時から変わらない生意気な口調は間違いなくかぐやだった。


「天智帝もまた神のご加護を受けております。

 天智帝は神から授かった力を使い、これまで多くの者を葬りました。

 蘇我倉山田石川麻呂そがのくらやまだいしかわまろ様、阿部倉梯麻呂あべのくらはしまろ様、有間皇子様、孝徳帝、……そして斉明帝。

 己が野望の邪魔になると思った者は全て殺されました。

 そして比羅夫様もご存じの通り、百済の白村江では三万以上の兵士が戦死したのも天智帝のはかりごとだったのです」


『それがどうした。

 私に逆らった連中の末路だ。

 お前らも同じ運命を辿るのだ。

 それに母上は私が殺したのではない。

 捏造だ!』


 自分のしてきた事に何一つ罪悪感を感じぬ天智帝。

 自分が実の母にした仕打ちすら念頭に無かった。


「天智帝が神から授かった力とは、知っている者の未来を覗き見るという淫猥な力です」


『「「い、淫猥?」」』


 その場に居た連中の声と、天智帝の心の声がハモった。

 言うに事欠いて、神から授かった能力ちからを淫猥といわれ、激高しないはずがない。


『比羅夫っ! そこに居る無礼者かぐやを切り捨てろ!!』


 だが、未来視の場面ビジョンゆえ、かぐやはもちろん、比羅夫にも届くはずがない。


「政敵を貶めす卑怯な謀をするのにこれ以上ない手段です。

 夜な夜な知り合いがまぐわっている姿も覗き見ている事でしょう。

 そして今、この場面も比羅夫様を通して覗き見ているのです!」


『かぐやめ!

 分かっていながら私を貶めすことを好き勝手にほざいているのか!

 絶対に許さねぇ!

 今度こそ必ず殺してやる』


 天智帝は貧血で力が入らない体に怒りの熱い血液が流れるの感じた。

 何よりも心当たりが全く無いわけではなかったのだ。

 例え偶然にその場をが視えてしまってもだ。


「私は私怨のため天智帝をこの手で殺すため近江へと参ります。

 十二年前、私は筑紫の地であと一息という所まで追いつめられ、大切な人達を失いました。

 そして天智帝をあともう少しで殴り殺せるところでしたが、失敗しました。

 次こそは絶対にこの手で殺します。必ず!」


 かぐやの『殺す』という言葉に天智帝の身体の奥底で震えるものを感じた。

 顔を殴られ、歯を折られて、化膿して、抜けて無くなった歯の隙間が、あの時にかぐやに殴られた痛みと屈辱を思い起こさせる。

 自分に馬乗りになって拳を振るうかぐやの姿の記憶が、脅しではなく本気である事を伝えている。

 他人から憎しみの目を向けられることは珍しい事ではなかった。

 しかし自分個人に対してここまで分かり易い殺意を向けたのは、死に瀕した蘇我入鹿以来だった。

 心に刻まれた恐怖が、かぐやに対する憎悪の情となって一気に沸騰し、爆発した。


「大友を……呼べ」


 ◇◇◇◇◇


 太政大臣であり、近江大津宮の守りの責任者でもある大友皇子が天智帝の寝所へとやって来た。


「お呼びを伺い、参じました」


「かぐやを……殺せっ!」


 久しぶりに見る気丈な父親の姿だったが、口から出る言葉は尋常ではなかった。

 しかも脈絡も何もない。


「畏れながら、かぐやとは?」


「お……オレをこの様……な目に…あわせた、憎っき……おな……ごだ」


 本当は知っていたが、父親の言葉で自分の知るその人であると確認できた。

 側近の物部麻呂にとって憧れの女性ひとであり、后の十市皇女や、耳面刀自の恩人である方だ。

 しかしかぐやという名の采女は既にこの世には居ない、というのが誰もが知る共通認識である。


「かぐや殿は何処に居られるのでしょうか?」


「……北……、三尾を攻め……に来る。

 裏切り者……の比羅夫と共……にだ」


「では三尾へ援軍を出しましょうか?

 するとここの守りが手薄となりますが」


 父親の異能チートを知る大友皇子は何一つ疑問を返さず、真っ当な意見を返した。


「い……いや、山背……か、摂……津から援…軍を……呼べ。

 何と……してで……も」


 自分を殺すと明言しているかぐやが迫る中、盾となる兵が減る事への恐怖が天智帝の心を蝕む。

 かぐやもまた神から能力チートを授けられた身だ。

 これまで多くの武勇伝を残している。


 天智帝は思う。

 何故、直前になっての未来視なのだ?

 もっと早く視えていいはずなのに……。

 もっと早い段階でかぐやの生存が確認出来たら、手の打ちようがあっただろうに……。

 そういう焦れた気持ちが次への暴走へと繋がっていく。


「飛鳥……の兵に…告げよ。

 讃岐を……落とせ、……燃やせ。

 一人残らず……殺せ。

 全滅……にせよ」


 一度は命じたが、中臣鎌足により反対され、取りやめのままとなった案件だった。

 だが防波堤ストッパーであった鎌足はもういない。

 かぐやがいないのであれば政治的なリスクを負ってまで讃岐を滅ぼす必要はなかったが、かぐやが生きていると分かれば話は別だ。

 遠慮することは無い。


『お前のせいで讃岐は領民諸共、養父母が死ぬのだ』


 天智帝はそう思いながら心の中で高笑いする。


「飛鳥古京へ向かった軍勢につきまして報告があります。

 橿原で展開中でした大野果安らが率いる三千の軍勢ですが、戦の場を橿原から西へと移し、屋敷に立て籠もった敵勢を取り囲んでいるとの報告が上がっております」


 喜ばしい報告のはずなのに、天智帝の心には不安が湧き上がる。


「その屋敷には千人以上の兵士がおり、一斉に反撃してきたそうです。

 どうやら敵軍勢はその地に拠点を築き、これまで力を蓄え、近江朝への反旗を翻す体制を整えていただろうというのが、大野果安の言です」


 つまりは、その場所こそが滅すべき敵の本拠地ということか?

 これまで謎に満ちていた敵の正体に迫っている事を感じつつ、大友皇子の言葉に耳を傾けた。


「その地とは讃岐に御座います」


 !!!!!


 この瞬間、天智帝は全てを理解した。

 大海人皇子や鸕野皇女の動向をずっと見張っていたのに何もなかった理由を。

 これまで行方知れずだったかぐやは軍勢を育てて自分に対して反撃しに来たのだと。

 かぐやの本気がどれほどのものだったのかを。


 そして真の敵が誰であるのかを。


 ◇◇◇◇◇


 報告を受け、脱力した天智帝は、混乱する頭の中で必死に考えた。


『この十年間、自分自身がどれだけ国のために働いてきた。

 ”多少の犠牲”はあったが、帝を中心とするまつりごとの実現に向けて大きく前進したはずだ。

 体調を崩してからも、近江令の発布に庚午年籍こうごねんじゃくの作成、鎌足と共に走り続けた国の在り方がもうすぐ結実するのだ。

 これまで大して貢献してこなかった”種違いの弟”に、その功績を全て奪われてなるものか』


 このまま病床に伏したまま、かぐやが兵士によって大津宮が攻め込まれるなどという事は、誇り高い天智帝でなくとも受け入れられないであろう。


 今生がもうすぐ終わろうとしている事を、天智帝は実感していた。

 今心に強く思うのは、自分の死後、自分の業績が否定される事なのだ。

 後世においても、自分のその栄光を残すため大友皇子には即位して貰わねばならぬのだった。

 腹心・中臣鎌足、いや藤原鎌足の名と共に、未来永劫語り継がねばならない。

 そのためにも大友皇子には跡を継いで、帝になってもらわねばならない。

 この先、百年、五百年、千年後も、自分の子孫達が『中興の祖」としての中大兄皇子、天智帝の名を受け継ぐのだ。


 それを可能にした能力チートの見返りとして、ただ一つ約束を果たせばよい。

 天津甕星あまつみかぼし様を国の主神とする神話を国史として残す事だったのだ。


 ここに至って、天智帝はある決心をした。


「皆の……者を呼…べ」



(つづきます)

何故、未来視によるかぐやの発見が遅れたのか?

それはご都合主義……ではなく、一応は理由付けがあります。

10話後くらいに出るでしょうか?


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