その時歴史が動いた!
話も動きます。
半月ぶりの秋田様のご訪問、そして突然の衣通姫の来訪。
護衛さんの数も多いし、いつもと違う雰囲気です。
皆で屋敷にと入り客間へと向かう途中、秋田様が不意に質問してきました。
「姫様。最近、姫様のご提案で警備兵を増やしたと伝え聞きましたが、どの様な意図がございましたのでしょうか?」
「秋田様もご存知の通り。偽物の豪族が危害を加えようとした。警戒するのは当たり前の事」
「そうですか……、ここでは何ですから、造麻呂殿のいる場所で話の続きをしましょう」
「わかりました」
何でしょう? 先ほどから秋田様が少しピリピリしている様に見えます。
いつもの秋田様でしたら勝手知ったる他人の家、みたいに寛いでいるのに今日は何だか表情が固いです。
衣通姫が一緒だから?
八十女さんにお願いして、お二人が客間に居ります、とお爺さんへお使いを出しました。
待つこと約十分、お爺さんとお婆さんがやってきました。
「忌部子麻呂が孫の衣通郎女で御座います。
正月の宴では大変お世話になりました」
「おぉ、これはこれは遠いところをよくおいでなすった。ごゆるりとお寛ぎ下さい」
「造麻呂殿、突然の訪問に関わらずお受け入れ下さりありがとうございます。暫く世話になります」
あ、衣通姫はしばらくお泊まりなんだ。嬉しい♪
「子麻呂様のご依頼とあれば断るなぞあり得ません。何より衣通様はかぐやに良くして下さる姫様故、喜んで歓待します」
「恐縮でございます。秘すべき事情が御座います故、此度の事態について私から直接お話し致します」
やはり深刻な話があるみたいです。
それじゃ私は衣通姫と出た方がいいかな?
「それでは私達は退出します」
「いや、姫様にも耳に入れておきたいので、お残り下さい」
「……はい」
何だか嫌な予感がします。どうしたのでしょう?
衣通ちゃんの教育に悪いからと、趣味の書を没収しに来たとか?
「つい先日、飛鳥宮にて事件が起こりました」
!! この年だったんだぁ~。
「かぐや様が以前申しました通りです。
皇子様と中臣様が共謀し、蘇我入鹿殿を討ちました。
その翌日、入鹿の父君、蘇我蝦夷殿も攻め込まれ自害されたとの事です」
「なんと……」
お爺さんもお婆さんも言葉を失っています。
「宮中は大騒動となっており、混乱の極みであるとの事です。
ただし我が忌部はこの事を予見しておりました故、既に手を尽くしております。
蘇我に近い忌部に害が及ばぬ様、四方八方に手を回しておりました。
兵を向けられぬため、密かに警備を増強し、身内のものは親しい者の元へと避難しております」
「それで衣通姫はここに……ですか?」
「はい、かぐや様の近くが最も安全だという氏上様の判断です」
「兵士十人で攻められれば簡単に負けるくらい、ウチは弱いんじゃよ」
お爺さんが国を預かる国造とは思えない発言です。
「姫様ならそうならない様、予め対策をしているのでは無いかとの事です。
現に今年になって警備兵を増やしておりますよね?
十人以上いた山賊を撃退したとも聞いております。
何より、今回の事件の首謀者の一人とされる中臣殿も姫様には一目置いておられる模様です。
無体な事はしないでしょう」
「衣通姫に何かあっては大変。全力で守る。他に手伝える事があれば手伝う」
「ありがとうございます。
ところで姫様。今のこの事態を予見した姫様はこの先どの様になるかとお考えか、ご意見を頂けますでしょうか?」
ええっ! 預言者扱い? それとも政治評論家?
朝まで罵り合いみたいな事はしたくありません。あんなの人の話を聞いている様でいて、その実全く聞き入れるつもりなんて微塵もない人の集まりではないですか!
「讃岐にいる私には分かりません。でも中臣様はずっと前から計画してた、と思う」
「今回の事件はこれまで幾多あった変とは違う、その様に私には思えるのです。
それはあの俊英と名高い中臣殿が絡んでいるからかも知れませんが、この違和感が何なのかが分からないでおります」
その通りです。何せ古代日本にとって分水嶺とも言える事件ですから。
しかし私が知っている歴史って、この時代の勝者によって書き換えられた歴史だから、本当に蘇我入鹿さんが悪者だったのか、中大兄皇子が正義だったのかも分からないのです。
分かっているのは彼らが勝ち馬である事だけです。
「皇子様と中臣様が今後を決めるのだから、唐の政を手本にすると思う。
中臣様は唐から帰った南淵様の薫陶を受けていて、儒教や仏教に詳しいから」
「一体、唐の何を模倣しようというのでしょう?
飛鳥宮は唐を見習って作られております。省や司は唐の制度を見習って作られているのです」
「蘇我氏の排斥の中心に皇子様がいました。だから目指すは強き皇帝」
「決して帝のお力は弱いものではないのですが…… 氏族は要らぬとでも言うのでしょうか?」
「ずっと命が危なかった皇子はそう思わない。秋田様は力って何だと思います?」
「力ですか……?
唐の皇帝は広大な地を治めるに足る強大な力をお持ちと聞きます。
何者にも侵されない武力がその源ではないでしょうか?」
「武力の源は財力。財力の源は富の集中と統制。
今の帝の基盤、限られた地からの上納だけだからとても脆弱」
「では帝が氏や国造を廃して直接治めるというのですか?」
「それは不可能。反発に耐えられない。
帝は官人に官位を与え、官位を与えられた官人が民を支配する。
つまり、令による支配を目指すと思う……ます」
「令……つまり律令の令ですか?」
「はい」
「上手くいくと思いますか?」
「完全な成功は存在しない。
必ず歪みが出る。
歪みに耐えきれなくなる先が長いか、短いか、だけ」
「では常に歪みを正していけば、政は安定すると考えて良いのではないでしょうか?」
「それは無理。歪みは歪みを産み、更に次の歪みを産む。
その連鎖は人の理解を超える」
「かぐや様は人がそれほどまで愚かとお思いですか?」
「愚かではない。しかし未熟」
「未熟、ですか?
幼いかぐや様に言われると違和感がありますが、それだけに説得力がある様な気がします。
何故そうお思いなのか教えて頂きたい」
「人は賢すぎるの。人の持つ可能性を人は知らない。
だから予想が出来ない。
だからずっと未熟、なのです」
「賢くて、未熟。申し訳ありません。ピンとこないのですが……」
「…………人は空を飛べる、と言ったら秋田様は信じる?
でも私は可能だと知ってる」
「根拠がまるで見えませんのですが……。
申し訳ないのですが、まるで詭弁の様にも思えます」
「そう……、ちち様、紙を一枚お願い」
「あ、ああ。すぐに持ってくる」
お爺さんは急いで紙を保管している書斎へと行き、紙を持ってきました。
「ちち様、ありがと」
私は半紙サイスほどの紙をパタパタと折り、紙飛行機にしてそれをスイッと飛ばしました。
紙飛行機は優雅に部屋の中を旋回しながら十数秒ほど飛び、ポトリと着地しました。
この時代、貴重な紙を遊び道具にするはずもなく、初めて見る紙飛行機に一同は呆気に取られています。
「ほら、飛んだ。
大きな物が出来れば、人を乗せて飛べる。
秋田様はさっきまで信じていなかったけど、どう思う?」
「……言葉もありません。少しそれを貸して頂けませんか?」
秋田様は落ちた紙飛行機を拾い上げ、私がやった様に紙飛行機を飛ばします。
その様子は男の子が楽しんでいる様にも思えます。
「なるほど……人は賢く、また未熟である。正にその通りです。
我々は狭い考え方に囚われていたのですね。
目の前の靄が晴れた様な心地がします。
早速氏上様にこのお話を文にして送りたいと存じます」
えっ? そんな大層な事は言っておりませんよ。
早まってはいけませんからね。
「くれぐれも慎重に、と書き添えて下さい」
「わかりました」
秋田様は文に認め、護衛二人にそれを託しました。
いつのまにか紙飛行機は没収され、氏上様へと持っていかれてしまいました。
書物との交換を所望します!
紙飛行機のシーンは映画『猿の惑星』で人類が空を飛べることを証明するシーンに似ているかな?