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讃岐の地の決戦・・・(1)

(※飛鳥京の北側、橿原の地にて、第三者視点によるお話)


 乃楽ならから飛鳥京へ向かう道は一本道ではない。

 乃楽ならから橿原までは、約四里(※この時代の1里は0.5kmと推定)、2km置きに並んだ『大和三道』が並行して南北に走っている。

 東側から上ツ道(※現在の国道169号線?)、中ツ道(※現在の奈良県道51号線)、下ツ道(※現在の国道24号線?)の三本である。


 それ故、大伴吹負率いる反乱軍が飛鳥古京を護るためには広範囲にわたって、分散して守らなければならない。

 少数精鋭の反乱軍は、守りに入るとどうしても数の弱点が露呈してしまう。


 当初は竹盾の数に警戒した近江軍の将・大野果安おおのはたやすは、それが張りぼてである事を見抜き、数に劣る反乱軍の弱点をを見越して、上ツ道、中ツ道、下ツ道のそれぞれに千近くの兵を置き同時攻撃を仕掛けることを決定した。

 もし反乱軍が横大路よこおおじを東の伊賀(三重)の方向に逃げれば、そこで足止めさせている間に飛鳥古京を奪還するつもりだ。

 もし反乱軍が横大路よこおおじを西の河内(大阪)の方向に逃げたのなら、難波宮からの援軍が待ち受けているので、これを挟撃して討つつもりだ。

 果安としてはやりたくはないが、互いの全滅を掛けて徹底抗戦するしかない。

 逆らう者の存在を許さぬ天智帝がそれを望んだのだ。


 その動きは直ぐに吹負の元へと伝えられた。

 そしていよいよ決戦に向けた作戦が実行されることになった。


 ◇◇◇◇◇


 開戦の火ぶたを切ったのは上ツ道だった。

 千人の兵が百人の反乱軍に襲い掛かった。

 反乱軍は射程距離の長い矢を射って抗戦したが、近江軍の盾兵が命懸けで飛んでくる矢を防ぎ、活路を開く。

 やがて近江軍の弱弓の射程距離に到達すると、数にモノを言わせた矢の雨が降り注いだ。

 いくら優秀な鎧兜とはいえ、時速100km以上の速度で飛んでくる矢を防ぎきれるものではない。

 致命傷を防ぐのが精いっぱいなのだ。

 反乱軍はすぐさま撤退を選択した。

 西へ、中ツ道を守る軍との合流のためだ。


 得意の機動力を活かし迫りくる大軍を置き去りにして向かった中ツ道でも、反乱軍は苦戦を強いられていた。

 合流するやいなや反乱軍は更に西を目指し、下ツ道を守っていた百の兵と合流し、総勢約三百の反乱軍は金綱井かなづなのい(※現在の奈良県橿原市今井)に集結する形となった。


 近江軍からすればここで反乱軍を追い出してしまえば、心置きなく飛鳥古京の奪還に注力できるだろう。

 しかし西からは難波からの兵士が迫ってきており、挟撃する好機チャンスなのだ。

 何より、反乱軍の全滅は天智帝の強い要望が故、ここで手抜かりはしないし、出来ない。

 帝の命であり、この日のために周辺から矢を掻き集めたのだ。

 千の兵士が百射しても十分な程の数を揃えた。


 何よりも反乱軍はこちらの矢の届かぬ一定の距離を取りながら踏み止っている。

 おそらくは古京の奪還を恐れての抵抗なのであろうと考えられ、近江軍は反乱軍の強弓を凌ぎながら西へ西へと追いやって行った。


 しかし、大野果安は予想と違う順路ルートを取っていることに気づいた。

 真西に向かえば、程なくして竹内道へと至る。

 だが反乱軍は北西へと向きを変えたのだ。

 となると竹内道に待ち伏せがある事を見越したうえで、龍田道を目指すのか?

 しかし龍田道へは高安城からの兵が迫っているのだ。

 果安はこれを好機と捉え、行く手を阻む者が居なくなった竹内街道に向けて使いを出した。

 反乱軍を三方から攻めるために、進路を北東へ定めたのだ。


 ところが反乱軍の予想外の行動はまだまだ続いた。

 百済(※現在の奈良県北葛城郡広陵町百済)を越えて更に北西へと進んだ。

 誘導されているとも考えられたが、敵が逃亡しない限り近江軍も引くことは出来ない。

 反乱軍はいつもの様に兵を引かないのだ。


 丸一日の攻防の末、反乱軍は奇妙な地へと入った。

 よく整った田畑、総じて綺麗な家が立ち並んでおり、貧しさを感じさせない。

 なのに全く人の姿が無いのだ。

 そして反乱軍の後退が敵の本拠地と思われる場所にまで行きついた。

 果安がそこを本拠地と捉えた理由は二つ。

 一つは、敷地にはやぐらがあり、大きな屋敷は千を越える兵士を収容するの十分な大きさを持っていた事。

 そしても一つは、その大きな屋敷の屋根の上に、おびただしい数の兵士が弓を構えており、追い詰めたと思っていた敵兵が千を超える規模である事が分かったからだ。


 大野果安は全く別の気持ちが同時によぎった。

 そして敵に嵌められたという憤怒、自分がやられるかもしれぬという恐怖、そして敵の本拠地を見つけたという歓喜の気持ちだ。

 ここを落とせばすべてが終わるのだ。

 早速、果安は龍田と竹内の兵を全てこの地に差し向ける様、援軍のための使いを出した。


 そしていよいよ決戦の幕がここに降ろされた。


 ◇◇◇◇◇


(大伴吹負視点によるお話)


 ……ったく、男依の奴も無茶な事を言いやがる。

 たったの三百の兵で兵の損傷を抑えつつ、大津から来た敵軍を引きつけろなんて、命がいくらあっても足りはしない。

 少なからず犠牲も出た。

 美濃から送られてきた鎧兜はよく出来ているが、矢を防ぎきれるものではない。

 当たりどころが悪ければ死ぬ。


 幸いだったのは近江の兵の持っている弓がヘロヘロに弱いお陰で大した威力が無かった事だ。

 さして訓練もしていない兵士が使える弓が強いはずがないおかげで、命拾いした者は多い。

 おそらくは数合わせのために集められた労役が殆どだったのであろう。

 敢えて敵に攻撃させながらの撤退は余りに危険な賭け(リスキー)だったが、どうにか敵軍を最終目的地である讃岐へと誘導できた。

 それもこれも『近江軍は我々”反乱軍”の全滅を帝から命じられている』という情報があるからこそ出来た作戦だ。

 しかし三十里(約15km)近い退却で、さすがに兵士達の疲労は限界だ。

 後は辰巳殿に任せるとしよう。


 ◇◇◇◇◇


讃岐評さぬきごおり里長さとおさ辰巳視点)


 この日のために我々は鍛えてきた。

 この日のために我々は偲んできた。

 全ては姫様が再び讃岐の地に戻られるために。


 評造こおりみやっこ様には倉に籠って頂いた。

 理由は、それが姫様からの指示だからだ。


 千を超える弓自慢の兵士達が評造様のお屋敷の屋根に上り、遠巻きに我々を取り囲む軍勢をけん制していた。


「ってぇぇぇーー!」


 私の声に一斉に矢が放たれた。

 千尺を越えて敵軍にむかって、予想を超える射程距離で矢が真上から降り注いだ。

 盾など役に立たぬであろう。

  二の矢、三の矢を射ち、敵軍が射程距離の外に出るまで掃射が続いた。


 しかし吹負殿が危険を冒してここまで引っ張ってきたのだ。

 誰一人として逃がさぬ。

 門を開け放ち、騎馬隊が一斉に駆け出した。

 我々の初陣だ!

 鎧兜に身を包んだ百の騎兵が敵陣へと突き進んだ。


 十年掛けて育て上げた馬達はよく訓練されていて、騎手に愛情をもって大切にされ育ったのだ。

 あぶみの僅かな動きだけで馬は私の行きたい方向へと走り、例え両手を離しても怖さなど全くない。

 馬を我が身との一部の様に操り、まるで一つの生き物のように操れるまでに至った我々に、敵う者など居ない。

 馬上の私は自在に武器を操り、離れた敵兵を弓で射ち抜き、目下の敵を刀で斬り付けた。

 今の我々は戦場を縦横無尽に駆け巡り、まるで一匹の猫が大勢の鼠を追いかけているかのように見えるであろう。

 当然反撃もある。

 しかし姫様から賜った鎧兜は騎兵のために特別にあつらえられたものだ。

 敵の剣など通しはしない。

 それでころか姫様直々に私へとと送られてきた刀は、敵の剣ですら真っ二つにするのだ。

 次第に敵からの反撃は無くなっていき、まるで狩りのような様相を呈してきた。


 日が暮れるまでに三千あったであろう敵軍はその数を大幅に減らし、あちらこちらに亡骸を晒していた。

 姫様の指示で、命を狩らずに圧倒するのは難しい。

 しかし姫様の命とあれば、我々が従わぬはずはない。


 私の首には紙が入った小袋がぶら下がっている。

 その紙には一言、『しなないでください』と書いてある。


 大恩ある姫様に無事な姿をお見せする。

 これは私だけではなく讃岐の民全員の思いであり、悲願なのだ。



(つづきます)


分かり難かったら申し訳御座いません。

この様な道順ルートになっております。


       大津宮

        ↑

       乃楽

      │ │ │

     /│ │ │ 

    / │下│中│上

龍田―┤  │ツ│ツ│ツ

   讃岐 │道│道│道

  /  \│ │ │

竹内────┼─┼─┼─(横大路)

      │   │

      └─┬─┘

       飛鳥京




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