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潜入・飛鳥京・・・(5)

(※大津宮にて、天智天皇視点による戦局はこんな風に映っています)


 意識が朦朧とした頭で天智天皇は飛鳥の戦局を俯瞰していた。


 無論、蘇我赤兄が自ら腕に矢を受けて離脱しているのもお見通しだった。

 そして、自分がどうしてこんな奴を重用したのか、自分でも情けない気持ちになっていた。


 とはいえ、従軍しているとある将の目から見える戦局は決して悪くはない。

 乃楽で不意打ちを食らったが最後には追い返したし、怪我人は出たが石上いそのかみで物部が兵を補充した。

 つまりは差し引き(プラマイ)ゼロという訳だ。

 敵が撤退した分、こちらの軍勢は前へと進んでいる。

 つまりはこちらが圧しているのだ。


 それにしても、相も変わらず敵軍の全容が見えない。

 飛鳥岡本宮に居るはずの高坂王たかさかのおおきみは軟禁されているらしく、外の様子が全く伺えない。

 他の者の目を頼ってみたが同様だった。

 従って、飛鳥古京を占拠した主犯が分からず、連中の規模すらも分からない。

 留守司の誰かが敵と通じているのは間違いないが、姿が視えぬ。

 分かっている事は、飛鳥古京が敵の手に落ちているという事だけだ。

 そして当の本人である高坂王自身はあがなうつもりが無いらしく、宮の中で籠っている事に安心してしまっている。


 我々が力ずくで奪還するしかない。

 多少犠牲が出ようと、全滅さえしなければ必ず飛鳥古京を奪還できるはずだ。

 古京を奪われたのは痛手だったが、敵軍を叩き潰して古京を取り戻そうが、古京を取られずに敵軍を叩き潰そうが、結果としてどちらでも良いのだ。

 敵軍を蹴散らした後、吉野へと軍を進めればよい。

 戦が終わったら戦功著しい大野果安おおのはたやすという将には、冠位を授けるとしよう。

 そして蘇我赤兄は大臣の位から降格にしようと心に決めた。



 飛鳥方面の軍勢は約二千のまま橿原まで進み、今はそこで睨み合いが続いている。

 出来れば大津宮に駐屯する兵を差し向けたいが、美濃方面の軍が敵に破られる前に内部崩壊しかねない状況に陥っていて、只でさえ頭痛の激しい天智帝の頭を更に痛くしている。


 巨勢不等こせのひと蘇我果安そがのはたやすらが共謀して山部王やまべのおおきみを殺害した場面をハッキリと視ていた。

 それだけでも許しがたいのだが、その上、お互いに疑心暗鬼になった巨勢不等こせのひと蘇我果安そがのはたやすは軍を二つに分けて争いだしたのだ。

 結果、蘇我果安そがのはたやすが討たれてしまった。


 彼奴らは何をやっているのだ!


 もし自分が健康であったのなら、馬を駆けて行き、自らの剣で連中の首を刎ねていただろう。

 同士討ちで自分の兵士をすり減らし、挙句に御史大夫だいなごん御史大夫だいなごんを殺害してしまうなどとは、愚かにも程がある。

 その様子に愛想を尽かせた者達が次々と敵軍に投降しているため、勝手に自滅したような状況なのだ。

 遠からず敵軍はこちらへと進撃して来るであろう。

 これでは美濃方面から兵を当てには出来ぬ。

 それどころか手薄になった三尾城への増援も考えねばならない。


 しかしまだ諦めるのはまだ早い。

 天智帝は、頭の痛いこの状況を鑑みて息子の大友皇子に指示した。


 ◇◇◇◇◇


「不破の前線からは音沙汰は御座いません。

 飛鳥の方角からは五百程の兵が足を引きずりながらこちらへと向かってきます。

 おそらく負傷兵でしょうが、確認します」


 大友皇子の報告は上っ面だけのものだ。

 美濃方面の軍も、飛鳥方面の軍も、然るべき報告をしていないのだから仕方がないのだが、これが自軍の事だと思うと情けなくなってくる。


「不破……へ増援を……だせ。二千……二千五百だ。

 千を三…尾…城に回……せ」


「しかしそれでは大津宮が空になります。

 それに……全部出しても足りません」


「飛鳥……から来る五……百人を治療……、送り出せ」


「承りました。

 大津宮の護りは山背から調達致します」


 大友は言わずとも判断が出来る。

 ある程度は任せて良いだろう。

 何も任せられぬ蘇我赤兄は、そのまま三尾城に送ってしまえばいい。


「援軍を募れ。

 越と信濃と……播磨、伊賀……、何処でもいい。

 負けたくなければ……な」


「はっ、承りました」


「難波……紀……大人に、連…携…せよと」


「はっ! 紀大人には飛鳥の軍と連携せよと伝えます」


 まさかこの年になって戦の指示を出すことになるとは思ってみなかった。

 今更ながらに天津甕星あまつみかぼしから授かった能力は秀逸だ。

 この様な戦ではひと際役立つ事と改めて認識した。

 しかし同時に敵軍が離れた場所で連携できている事が気に掛かった。

 同じ神から能力ちからを授かったものの存在か?


 まさか……。

 かぐやは十年前に居なくなった、はずだ。

 海に落ちてそれ以来、姿を見た者はいない。

 しかし自分の”目”を届かぬところで錬成された正体不明の軍の存在は不気味な上この上ない。

 高市……弟の長子であり、甥でありながら庶子ということで一度も会った事のない身内。


 心の中に焦りに似た感情が広がる。

 自分を殴りつけた憎き女。

 口の中の無くなった歯が忌まわしい記憶を呼び覚ましてきた。

 高市皇子がかぐやが重なって見えてくる。

 高市皇子さえ捕まえて拷問に掛ければ、かぐやが見つかるのかも知れない。

 思い込みに近い考えだが、それが正解であるかどうかはどうでもいい。

 天智帝にはそうしなければならないという思い込みがあった。


 許せないものは許さないのだ。

 逆らうものの存在、邪魔な存在は全て排除する。

 蘇我を廃して以来、これまでずっとそうしてきたのだ。


 そしてこれからも……。


 ◇◇◇◇◇


(※飛鳥付近にて、大野果安おおのはたやす視点による)


 隊列が整い、赤兄が居なくなったことで軍隊としての体を為すようになったことは良い事だ。

 兵の損失よりも補給が間に合うようになり、飛鳥古京の奪還も現実のものとなりそうだ。

 高安城(※大阪府八尾市に造られた城)からは龍田道(亀の背)を超えて兵を寄越すと連絡が入った。

 難波宮からも石手いわのて道(竹内街道)から兵を出すと紀大人殿から便りが届いた。


 これまで敵軍が我々を翻弄できたのは、後ろに逃げ場があったというのも大きい。

 本拠地がどこなのかは分らぬが、逃げ場を塞げばあとは兵の損傷を度外視して圧すれば必ず勝てるはずだ。


 とは言え、油断はできない。

 赤兄ではないが過剰な思い込みが目を曇らせ、飛鳥古京を奪われるという失態を犯したことに変わりは無いのだ。

 敵の力を過小評価することはしない、してはならない。


『勝つは知るべし、而して為すべからざる』

(訳:勝利(の方法)は分かっていても、勝利を必ず実現できる訳ではない)


 油断など入り込む余地はない。


 ◇◇◇◇◇


 決行の日がやって来た。

 行く手を阻む敵の竹盾の数は相変わらずだ。

 だが、飛鳥方面に潜ませた者らの話では、古京に通じる三つの橋が全て壊され、通れらくなったらしい。

 となると我々が大軍を率いて古京へ雪崩れ込むのは危険だ。


 しかし同時に敵軍も『背水の陣』を敷いたと言えよう。

 壊れた橋のところで撤退に手間取っていたら、こちらの矢の餌食になる。

 故に古京へは撤退が出来ない。

 すると取る道は二つだ。

 東に逃れて山を越え、伊賀(三重)の方向へ逃れるか、

 西に逃れて河内の方に逃れるか、だ。


 何としてでも西に誘導しなければならないが、伊賀国は大友皇子の母親(伊賀采女宅子娘いがのうねめやかこのいらつめ)の出身でもある。

 その伝手を使って、兵を寄越させることもあり得よう。

 大友皇子の便りでは伊賀に援軍を要請したとあった。


 どんな奴が軍を率いているのか分からぬが、いよいよ敵を追い詰めた事を実感した。 



(つづきます)

毎度の各地の位置関係です。

位置ずれして正しく表示されないときはフォント選択で直るかも知れません。


           大津宮

            ↑

難波京        乃楽

 ↑     (高安城) │

 ├──亀の背────石上いそのかみ

 │         │

 │(二上山) 讃岐 │

 │       \ │

丹治←竹内街道───橿原→名張(伊賀)

           │

  (岩橋山)   飛鳥京

            \

             吉野

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