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開戦・不破(関ヶ原)の戦い

(※久しぶりの主人公かぐや視点によるお話です)


 いよいよこの日を迎えました。


 心の中では様々な感情が錯綜します。

 今後の戦の成り行きへの不安が四割。

 誰にも死んで欲しくないという願望が三割。

 血生臭い戦に対する嫌悪が二割。

 そして、これで私の潜伏生活が終わるという安堵が一割。

 ……そんな感じです。


 私は野上(※関ヶ原の西側)の屋敷で出兵する兵士さん達を見送ります。

 今回は東山道(※脚注)の封鎖だけですので揉め事はあるとしても、戦にはならないだろうと村国様は仰っています。

 細い一本道なので、街道の封鎖は容易いだろうとの事でした。

 ただし、近江朝に関ヶ原の東側に城を築く計画があるらしく、まずはその人達を蹴散らして、高市皇子による書状を叩き付けるそうです。

 国際法で戦争手順が定められた近代戦とは違いますので、宣戦布告無しの開戦は違反ではなく、むしろ『先手必勝』の名の元、推奨されるみたいです。

『先んずれば即ち人を制す、後るれば則ち人の制する所と為なる』というのが村国様の言でした。


 戦場となるのは、野上ここから歩いて一刻(二時間)から二刻(四時間)、距離にしましたら大体5kmから15kmくらい西の場所になるとの事です。

 もし戦場からケガ人が運ばれれば、私が戦場のナイチンゲールとなって、傷を癒します。

 村国様を始めとして兵士の皆さんには、例え敵兵であってもケガ人を連れてきて欲しいとお願いしてあります。

 兵士の大半は、労役として無理やり連れてこられた庶民です。

 何が何でも帝や大臣達に従わなければならないという訳ではありません。

 忠誠心が無いのなら、傷を癒して、敵対しない様に説得して(※物理あり)放逐するつもりです。


 私の本格的な参戦はもうしばらく先、それまで私は野上でしばらく息を潜めます。


 ◇◇◇◇◇


(※近江大津宮にて、第三者視点による話)


「開門! 開門! かいもーん!」


 高市皇子の軍勢が不破を閉鎖してから三日後の夕刻。

 大津宮の中と外を隔てる南門で叫ぶ兵士が居た。


「どうした?」


 門を守る衛兵が潜戸くぐりどを開け、対応する。


「不破にて反乱がおこりました。

 東山道を閉鎖し、大臣に対して造反を宣言しております。

 至急、大臣にお取次ぎ願いたく!」


 衛兵は自分の権限を越えた出来事に、すぐさま上司への責任転換を思いついた。


「分かった、暫し待たれよ。すぐさま取り次ごう」


 もうすぐ就寝時刻となる「午の刻(18時)」の鐘が鳴る頃だが、衛兵は上司の元に知らせを持って行った。

 しかし無能で知られる上司は、「今日はもう遅い、明日にせい」と取り合わなかった。

 ここで引っ込むのは楽なのだが、これが大事でった場合、あの上司は間違いなく自分のせいにするだろうと衛兵は考えた。

 そこで越権行為ではなるが、大津宮の責任者である左大臣・中臣金なかとみのくがねの元に、伝令にやってきた兵士を連れていき、目通しを願った。

 金は融通の利かない所はあるが、元々誠実な人物である。

 そして付きの者から聞いた『反乱』の言葉に金は只ならぬ恐怖を感じた。


『まさか、帝の仰った反乱が現実になるとは!?』


 金は急いで衛兵の待つ広間へと向かった。


「其方が不破より参った兵士か?

 詳細を話せ」


「は、見た事のない恰好をした兵士らが、東の地より現れ、不破の道を通る者を全て締め出しました。

 三日前の事です。

 我々は坂田評さかたこおりにて美濃方面からの侵攻に対する砦の建設を行っておりましたが、それを壊され、命からがら逃げだしました。

 敵兵は凡そ百人以上だったと思います」


『見た事のない恰好?』

 この言葉にも聞き覚えのあった金はいよいよ確信した。

 帝の言葉通りだと。


「それで其方はそのまま逃げてきたのか?」


「いえ、何故こんなことをするのかと抗議しました。

 するとその頭領らしき者が立札を打ち立てました。

 不破の砦を取り仕切る巨勢様が兵を率いて抵抗しましたが力及ばず、今は犬上川(※滋賀県彦根市を流れる川)まで後退しております。

 ここに巨勢人様からの便りを持って参りました」


「なるほど、ではそれを見せよ」


 不破から逃げてきた兵士は恭しくその木簡を差し出した。

 そしてその木簡の中に、木札に書かれていたというの文面を目にして、金は驚愕した。

 自分の名があったからだ。


『帝が病に倒れて幾久しい。

 その間、奸臣共が朝廷を我が物顔にて政を独占している。

 一つ、大友皇子は若輩の身にありながら太政大臣の地位に付き、勅命を偽り政を我がままに動かしている。

 一つ、蘇我赤兄は非才の身にありながら左大臣の地位に付き、必要のない城の建築を行い、必要のない兵を募り、国家の安寧を脅かしている。

 一つ、中臣金なかとみのくがねは神官の身にありながら右大臣の地位に付き、神事を独占し人民の信仰を妨げている。

 帝を救い出し正しき政を取り戻すため、大王おおきみの一族として、ここにその責務を果たすもの也』


 高市皇子が反乱?

 一瞬、高市が誰だったかを考えを巡らせ、大海人皇子様の長子である事を思い出した。

 しかし会った覚えはない。

 しかも見た事のない皇子の標的が、帝ではなく自分を含む三人の大臣だった。

 つまり帝が予知した敵とは、唐でもなく、蝦夷でもなく、大海人皇子様でもなく、高市皇子だったのだ。


 だがその政治的な理由を計るには、金の政治家としての資質が圧倒的に欠如していた。

 そもそも根っからの神官だった金が、右大臣となるのは無理がある。

 それほどまでに人材が欠如していたのだ。

 未来視の能力ちからを持つ帝が陰口を利かない者だけを集めた結果がこれだった。


 金に出来る事、それは自分よりも政治能力(センス)のあろう太政大臣の大友皇子に相談する事だけだった。

 立札に名前の挙がっている左大臣の蘇我赤兄は、古京(飛鳥京)で敵襲に備えている。

 御史大夫だいなごんの三人もここには居ない。

 居るのは、ほぼ寝たきりの帝だけだ。


 取り急ぎ、金は大友皇子に謁見する為、内裏南門を叩いた。

 ちなみに部下からの緊急の呼び出しを無視した犬養五十君いぬかいのいきみは大目玉を食らう事になった。


 ◇◇◇◇◇


「中臣殿、便りには目を通した。

 帝の仰ったとおり、本当に反乱があったようだな」


 太政大臣となった大友皇子は、巨勢人からの木簡を手に取り考え込んでいた。

 木簡には、敵について、衝突の様子、敵兵の戦力、などが記されていた。

 不破には千人の兵が居るはずだったが、もうすぐ田植えの時期だと半分以上を帰してしまっていた。

 要は、不破に大した敵が現れるはずがないと油断していたのだ。

 東国から兵士を遠征させて戦を仕掛けるのはあり得ず、注意すべきは難波だと巨勢は思い込んでいたのだった。

 だからこそ帝は唯一戦力となる紀大人きのおとなを難波に配置したのだと。


「それにしても高市皇子がどうして?

 何か不満があったとは聞いていないし、こんな大胆な行動を起こせるとも思えない。

 百名の兵士に見た事のない格好というのは、農民に藁でも着せて甲冑代わりにでもしたのだろうか?」


「しかし、巨勢殿が追い返されたというのは捨て置けません。

 それなりに兵力を揃えて向かうべきだと愚考します」


 金がなけなしの政治能力を振り絞って進言した。


「分かった。

 では三尾(※現在の滋賀県高島市あたり)に居る蘇我果安殿に兵千人を率いて、巨勢殿に合流して貰おう。

 近江からは千人の兵を派遣するが、我々はここを離れるべきではない。

 山部王やまべのおおきみに将を任じよう。

 私は帝へ報告する。

 中臣殿は、古京(飛鳥京)の蘇我赤兄殿と、難波京の紀大人殿に早馬を出して伝えてくれ」


「御意にございます」


 こうして近江方も戦へと突入していった。

 しかし相手がどのような軍勢であるかは、まだ誰も知らない。



(つづきます)




 ※脚注、『東山道』について

 江戸時代に整備された、京都から信濃、甲斐を経由して江戸へと向かう街道が『中山道』。

 一方、律令制度の施行により五畿七道が定められ、その一つが『東山道』。

 そして中央への物流の必要のために整備された街道の一つが『東山道』です。

 道としての『東山道』は近江(滋賀)から関ヶ原を抜け、美濃、飛騨(岐阜)、信濃(長野)までは『中山道』と同じですが、信濃から甲斐(山梨)へと進まず、上野国こうずけのくに(群馬)へと向かい、最終的には出羽国(山形県・秋田県)へ向かいます。

 ただし飛鳥時代はまだ街道整備が不十分で、当時の東山道は飛騨止まりだったと思われます。

第十章、第十一章におきまして話の内容に決定的な欠陥部分が見つかりましたので、一週間ほど掛けて内容の修正作業に入ります。修正が終了しましたら、修正内容と修正箇所をお知らせします。


修正は『主人公かぐやが壬申の乱の開戦の年を知っていたのか知らなかったか』について。

これまで主人公は、開戦の時期をうろ覚えでハッキリさせなかったのですが、主人公が開戦の年を明確に知って行動していた、と内容を変更します。


今年から他サイトでの公開に当たり、修正作業を行ない、順次公開をしておりますが、一年ぶりに見る自分の小説にあまりの穴の多い事に反省する事しきりです。

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