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開戦の刻(高市皇子視点)・・・(6)

鎧兜を身に付けて、内なる厨二心が刺激される高市皇子です。

(※東宮こと大海人皇子の息子、高市たかち皇子視点によるお話です)


 何となくは分かっていた。

 帝に対してどのような行動をするつもりなのか?

 何故十年掛けて戦の準備をしているのか?

 私が美濃にまで来て何をさせられるのか?


 そして私は今、鎧と兜という武具を身に付けて馬に乗り、二千の軍勢を率いて不破評ふわのこおり野上(※関ヶ原)へと向かっている。

 千人は各務原に至るまでに合流した兵。

 千人は各務原に参集した西美濃の兵だ。


 それにしても……何と言うか妙な気分だ。

 自分の身が、反乱の旗頭となることは既に受け入れている。

 だが、まさか、自分がこの妙な恰好をさせられるとは思っていなかった。


 私の知る甲冑とは言わば鉄の塊だ。

 あれを身に付けると、歩く事すら拷問の様に思える。

 そして重いだけでなく、硬い。

 身体からだを捻ることすらままならないのだ。

 まるで巨大なかめを頭から被っている様な感じなのだ。


 しかし今身に付けているこの鎧は身体からだが動かし易く、馬に乗っていると、身体からだが鎧にきちんと納まって(ジャストフィットして)いるので重さを感じないのだ。

 もし刀を振っても身体からだは自在に動くだろう。

 しかも肩も腰も、薄く細長い鉄を色とりどりの紐で編み込まれた板の様なモノで守られている。

 これならば敵の斬撃を防いでくれるだろう。

 これは非常に心強い。

 剣を持った相手に恐れずに立ち向かえる。


 鎧は私だけではなく、私の前を歩く兵士達にも全員に行き渡っている。

 歩くのに不自由している様子はない。

 勿論腰には刀がぶら下がっているが、全員が肩に担いでいる槍に目が行く。

 この槍を持った集団に突撃しようとする者はただでは済まないであろう。

 これが自分の指揮下にある兵だと思うと、心強い事この上ない。


 しかし妙な気分にさせているのはそれではない。

 私の頭に被せられている兜というものだ。

 私の知るかぶととは明らかに違う。


 頭頂を鉄の被り物で守るのは同じだが、鉄を編み込んだ丸い板が首の周りをぐるりと囲んで首を守っている。

 これならば矢が当たっても直撃は免れるであろう。

 顔の横に張り出した面は刀を防ぐためらしい。

 機能という面では甲に比べて明らかに優れている。


 いるのだが……。

 額の部分にはまるで大きな三日月の様な金色に輝く鉄板が張り付けられている。

 おかしな事なのだが、私はこれを見た時に『格好良い』と思ってしまった。

 ひときわ目立つ兜を被り、ひときわ高い馬の上で、私はひと際目立っている。

 これまで東宮の庶子として目立つことは無かった。

 むしろ目立つことを控えていたのだ。


 成り行きとはいえ、この行軍はわが命を危うくするはずだ。

 しかしひときわ目立つ格好をし、旗頭として兵を率いて出陣する私は、この時、得も言われぬ高揚感を感じていた。


 ◇◇◇◇◇


 翌々日、我々軍勢は野上へと辿り着いた。

 野上にはこの地の助評こおりのすけの屋敷があり、その屋敷を城代わりとするつもりだ。

 もちろん、武具や食料の備えは十分だという。

 そして既に千の兵らが屋敷に控えていた。

 全部合わせて三千の兵が揃った。

 讃岐で聞いた通りの人数だ。

 改築により広間が用意されているため、全員が屋根の下で身体からだを休めている。


 しかし丸二日の行軍にも関わらず、兵士達に疲労感を感じない。

 村国殿の説明によれば、鎧は各自の体格に合わせて調整してあるので疲れ難いのだそうだ。

 それに訓練で着慣れているので、苦にしないとも言っていた。

 全員に行き渡らせるのは大変だったが、しなりのある素材を使う事で三つの大きさを作って、後は紐の縛り方で微調整すると自慢げに言っていた。

 聞けば聞くほど、我が軍隊は格別なのだと思う。


 ちなみに私の傍に付き添うのは、飛鳥から行動を共にした父様の舎人と私の付き人、そして村国殿を始めとする美濃の者達だ。

 大伴御行殿は各務原かがみはらで別れ、讃岐へと戻って行った。


 そしてかぐや殿は、巫女らしい格好に着替え、行軍に従って付いてきた。

 もしけが人が出れば、前線で癒しを与えるため。

 そして帝との接触の機会を伺うためだ。


 その夜、村国殿とかぐや殿を交えて、主だった舎人達を集て細やかな宴を催した。


 戦の直前なので酒は控えたが、戦場いくさばとは思えない夕餉が出された。

 これらの準備には全てかぐや殿が関わっているらしい。

 そして舎人らの要望リクエストにより、かぐや殿が舞を披露することになった。

 父様の舎人の中には、”若き日”のかぐや殿の舞を直接観た者がおり、それが忘れられないと言っていた。


 深々とお辞儀をして、扇子を広げ舞を舞うかぐや殿。

 女子おなごにしては背丈があり、手足が長く、見栄えのする舞だった。

 しかし楽器はなく、聞こえるのは衣の擦れる音だけ。

 曲が無いと、静かな舞とはやはり寂しいものだな。


 ……と思っていた。

 しかし、目の前で繰り広げられた舞は全く異なったモノだった。


 最初は目に錯覚だと思った。

 薄っすらと見えるそれは段々と人の輪郭を形作り、かぐや殿となった。

 かぐや殿が一人、かぐや殿が二人、かぐや殿が三人、……全部で五人のかぐや殿が一糸乱れぬ舞を舞っているのだ。


 ……聞いたことがある。

 飛鳥京には昔、神卸しの巫女が居たと。

 そして焼け落ちた板葺宮で、即位した斉明帝(お祖母様)に祝福を与えたという言い伝えがあった。

 まさか、これの事か?


 五人のかぐや殿達は舞い終えると、静かに座して私に向けて深々とお辞儀をした。


「今は亡き斉明帝の血脈たる高市皇子様に祝福のあらん事を」


 かぐや殿がそう述べると、四人のかぐや殿が溶けるかのように消えてしまった。

 そして私の心にはかつてない程の高ぶりを感じていた。


「「「「うぉーーーっ!」」」」


 他の舎人達も同じようだった。

 なるほど、確かに神の御使いが今目の前に居るのだと、私はこの戦いの正道を見出した気がした。


 皆が心を一つにした瞬間でもあった。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、ついにこの日を迎えた。

 鎧を身に付けた私は、三千の兵を前に、村国殿と話し合ってとり決めた文言を読み上げた。


「我が名は高市。

 先の帝、斉明帝の後裔こうえいにして、天智帝の身内おいである。

 これより我々は国を悪しき方向へと導き、政を独占しようとする悪人らを排除するため立ち上がる。

 先ずは不破を抑える。

 そして近江に向けて声高に我が主張を唱えよう!」


 私の言葉に続き、村国殿が宣誓文を読み上げた。


『帝が病に倒れて幾久しい。

 その間、奸臣共が朝廷を我が物顔にて政を独占している。

 一つ、大友皇子は若輩の身にありながら太政大臣の地位に付き、勅命を偽り政を我がままに動かしている。

 一つ、蘇我赤兄は非才の身にありながら左大臣の地位に付き、必要のない城の建築を行い、必要のない兵を募り、国家の安寧を脅かしている。

 一つ、中臣金なかとみのくがねは神官の身にありながら右大臣の地位に付き、神事を独占し人民の信仰を妨げている。

 帝を救い出し正しき政を取り戻すため、大王おおきみの一族として、ここにその責務を果たすもの也』


 見事な程に、帝に恭順しながら、悪いのは大臣の三人だと言っている。

 実際は帝に対して反旗を翻そうとしているというのに……。

 もっとも帝はこの二年、人前に出なくなり久しいので、この言葉の持つ信憑性は高い。


「この文を大津宮へ投げつけてやる!

 慌てふためく近江の連中は、帝の守りを放り出してここへ攻め入るであろう。

 しかし奸臣共が率いる烏合の衆なぞ、恐れる事は何一つ無い。

 我々は鉄壁の陣をひき、これを殲滅する。

 そして近江へと歩みを進め、正しき政をこの国に取り戻すのだ!」


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ


 三千人の鎧を身に纏った兵士達が武器を打ち鳴らし、大声を上げた。

 この日、歴史に残る戦が幕を開けたのだった。



やっと壬申の乱の開戦にこぎつけられました。

設定が難しすぎて、説明が長く、申し訳ありませんでした。


高市皇子の活躍はここまでとなります。

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