開戦の刻(高市皇子視点)・・・(5)
ついついハリーポッターを見入ってしまいました。
(※東宮こと大海人皇子の息子、高市皇子視点によるお話です)
寒い……頭が寒くて風邪をひきそうだ。
美濃に来てとんでもない巫女に会ってしまった。
かぐやという神の御使いの呪力によって、私の髪の毛は一本残らず抜け落ちてしまった。
これまで生えていて当たり前だった髪の毛がこれほどまでに愛おしい存在である事を骨身に染みて感じているところだ。
しかもこの呪いは解呪されない限り、二度と生えてこないと聞かされた時、目の前が真っ暗になった。
ほとぼりが冷めれば解呪して貰えるだろうとの事だったが、高が髪の毛にこれほどまで心が依存しているとは、失うまで気が付かなかった事だった。
後で御行殿に聞いたところ、かぐや殿は年齢の話題を極端に気にされるらしく、私の言葉は逆鱗に触れるどころか、逆鱗を木剣で殴りつけるような行為だったらしい。
ちなみに村国殿は過去に五回、御行殿は二回、ツルッパゲにされたそうだ。
最初に抱いた慈悲深さとはずいぶんと印象が違うが、それさえなければ温厚な方だというので今後は気を付けるとしよう。
俄かには信じられぬが……。
◇◇◇◇◇
翌朝、髪の毛を復活して貰った私は大人しくかぐや殿の話を聞く事にした。
髪の毛がニョキニョキと戻る様はそれはそれで不気味な感触があったが……。
念のため、村国殿と御行殿に同席を願った。
私が失言する前に留めて貰うためだ。
「かぐや殿よ、昨日は知らぬ事とは言え申し訳なかった」
「いえ、私こそ皇子様にとんでもない事をしてしまい恥ずかしい限りです」
一応は反省しているところを見ると、罪の意識はあるらしい。
つまりは怒ると何をするのか分からぬという証左でもあるな。
「この髪の毛を抜いたり生やしたりするのが、かぐや殿が神より授かった御業という事か?」
「いえ、それは私の能力のごく一部です。
本来は人の身体と精神に影響を及ぼす力です。
例えば怪我をした箇所を即座に治したり、病気になった方の病気の根源を撲滅したり出来ます」
病気を治す? という事はひょっとして……
「それは不老不死になれるという事か?」
「いえ、長寿にはなりますが、不老という訳ではありません。
老いの根本が分かりますればそれを修復することで老いを遅らせる事は可能ですが、そもそも老いの原因が分かりません。
分からないものに対して私の力は無力です」
「なるほど……そ」
「うふぉぉんっ!!」
危ない!
村国殿の咳払いで我に返った。
危うく失言しそうになった。
『それでかぐや殿は年齢に似合わず若々しいのですね』
次こそ、私の頭は生涯禿げ頭だ。
「そのお力は、帝の持つ御技に対抗し得るものなのですか?」
「そうですね……一対一ならば役に立ちます。
十人の兵士くらいなら相手が出来ます。
百人となると無理でしょう。
実際に朝倉宮から逃亡した時も捕まってしまいました」
「それならば何を頼りに戦うつもりなのですか?」
「一番の武器は……知恵です」
「知恵? 其方の知恵か?
其方の知恵が一万の兵を相手に出来るものだというのか?」
「それにつきましては私から説明しましょう」
かぐや殿の後ろに控えていた御行殿が発言をした。
「頼む」
「高市皇子様が讃岐でご覧になった武具の数々。
あれはかぐや様の知恵を元に作られたものです。
皇子様が持っておられますその刀。
その刀の鍛冶に用いられました製鉄技術も、かぐや様の知恵が無ければ出来ませんでした」
確かにあまりに異様な光景だったが、あれがかぐや殿の発案だとすればむしろ納得がいく。
それくらいに異様な光景だった。
しかし、何故?
「かぐや殿。
かぐや殿は何処でその知恵を授かったのだ?
神様か?」
「いいえ、私の持つ知恵は千四百年後の民ならば誰もが知る知恵です。
千四百年後の人は、半日で筑紫へと出かけることが出来、あの月にすら人を運ぶことが出来るのです。
私は凡人でしたので、その様な特別な技能を持っておりませんが、それでもこの世の真理に近い知恵を共有しているのです」
???? 千四百年 ????
「済まないが、俄かには信じられぬ。
がかぐや殿は未来から来られたというのか?」
「はい、月詠命様により、ここへと運ばれて参りました」
月詠の……命?
確か月の神のはずだったか?
「月の神が何故?」
「分かりません。
”月”とは即ち”時”。
時の神でもある月詠命様が時を操り、たまたまそこに居た私を放り込んだのかも知れません。
『過ちを繰り返すな』とだけご命令されました」
「それは……何と言うか難儀だったな」
「ええ、逃げ出せるものであれば逃げ出したいと思います。
しかし余りに深く関わり過ぎました。
そしてこの戦いのさ中、大切な人を失いました。
今は帝の暴走を止める事だけが私の生きる意味となっております」
「なるほどな。
少しづつ分かってきた様な気がする。
何故、皆の者がかぐや殿の元に集い、かぐや殿に付いていくのかがな。
では聞こう。
かぐや殿はどうやって帝を止めるつもりだ」
「戦に関わる軍学は村国様にお任せするしか御座いません。
その中で私は、帝に接近します。
そして緩やかな帝位の禅譲を願います」
願うとはずいぶんと弱気な発言だな。
もしかしたら力ずくで願うという意味なのかも知れないが……。
「随分と頼りないな」
「仕方が御座いません。
戦を仕掛けて、帝を殺し、東宮様(大海人皇子)が即位したとなれば、それは皇位の簒奪になります。
だからと言って帝から命を狙われてむざむざ殺されるわけには参りません。
おそらく東宮様の皇子様達は、有間皇子様の様に罪なき罪をきせられ処せられる事でしょう。
それを分かっていながら何もしないつもりは御座いません」
「それは讃岐でも聞いた。
私はともかく、大友皇子よりも継承順位の高い弟達は殺されるだろう。
何せ父親が東宮で、母親が皇女だ。
ついでに言えば帝の孫でもあるのだけどな」
「ええ、まるで獣の世界です」
悲し気に言うかぐや殿は、この先の出来事を見据えている様にも見える。
未来から来たのなら、この先の事も知っているのかも知れない。
「で、私の役目を教えてくれ。
大方予想はしているが、ハッキリさせて欲しい」
「それにつきましては私から話しましょう。
高市皇子様には反乱の旗頭になって頂きます。
高市皇子様の名の下に不破道を占拠し、東国への援助を遮断します。
そしてそれに呼応して吹負殿が古京(飛鳥京)を占領します。
それもまた高市皇子様による決起によるものです」
「つまり父様ではなく、私が反乱の首謀者になれ、という事か?」
「いいえ、それは少し違います。
高市皇子様は、太政大臣・大友皇子に対して反抗するのです」
「どういうことだ?」
「帝に向けて反乱は起こしません。
しかし同じ皇子の立場にある高市皇子が大津宮に居る大友皇子に反抗することは、国家転覆とはなく皇子同士のいざこざです。
これまで帝が皇太子だった頃に散々やってきたことです」
「苦しい言い訳だな」
「建前は大事です。
東宮様に帝位が移った際、建前が整っていなければ、それを理由にして反発する者も出てきます。
そのつもりで行動しなければなりません」
「分かった。
ではいつ行動する。
聞いた話からすると、飛鳥と行動を合せなければなるまい」
「それにつきましては心配ご無用です。
私達にはホンの一刻(※2時間)で讃岐へ連絡できる手段があります。
計画は大切ですが、余裕を持たない計画は必ずどこかで頓挫します。
故に素早い伝達する手段を持つことで、これを回避します」
「そんな方法があるとは……ひょっとして狼煙か?」
「流石で御座いますね。
しかし違います。
鳩の脚に文を括りつけて放つのです。
讃岐で育てられた鳩が巣へと帰ろうとする本能を利用し、文を届けさせるのです。
これもまたかぐや殿の知恵の一つで、十年掛けて優れた鳩を選別して育ててきたのです。
この方法で吉野へも伝令を伝えられます。
その逆も然りです」
「そこまでとは……」
「そうゆう事なので、これから不破(※関ヶ原)へ向かいます。
兵士の準備も出来ました。
後は高市皇子様のお召替えだけです」
「つまりは私の準備が出来るのを待っているという事か?」
「は、その通りに御座います」
「分かった。
では、着替えて不破へ参ろう」
こうして私は反乱の首謀者に祭り上げられることになったのだった。
(つづきます)




