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開戦の刻(高市皇子視点)・・・(4)

♪ 愛することは~ 信じる事、 信じる事は~愛~ 愛する事~♪

(※東宮こと大海人皇子の息子、高市たかち皇子視点によるお話です)



「初にお目に掛る。

 私が高市だ。

 其方がかぐや殿……で間違いないよな?」


「はい、この辺りにかぐやと言う女子おなごは他に居りませんので、私で間違い御座いません」


「私は……騙されたのか?」


「は?」

「皇子殿、私は全て正直に話して参りました。

 騙してなぞおりません」


「もしかしましたら、御行クンの目が曇っていて、私の事を持ち上げすぎていましたらお詫びします」


「そのような事は御座いません!

 かぐや様の存在は神聖不可侵にしてその神々しさは神をもしのぐ美しさです」


 うーむ、御行殿は真面目なのだが、この女子の前では残念に成り下がるという事が良く分かった。


「騙されたというよりも、予想と違っていたのだ。

 こちらが勝手に想像して、その想像と違っていただけに過ぎない。

 御行殿が騙そうとして騙した訳ではない事は認めよう」


 美濃にまで来て、衝突するのは得策ではない。

 まずはこのかくやという女子(?)を知ってからだ。


「とりあえず御行クンには黙って貰いましょう。

 皇子様は私をどのように想像していたのでしょうか?」


「吹負殿や御行殿からは、かぐや殿が神の御使いとか、神卸しの巫女と呼ばれていると聞いていた。

 だから巫女として神殿に祀られて崇められているかと思っていたのだ。

 しかし、目の前のかぐや殿は、粗末な屋敷で雑仕女みたいなことをしているのに驚いたのだ」


「それはご期待にお応えできず申し訳御座いません。

 私はご神託を受けましたが、そのために行うべきは祀られることではなく、自らが動く事なのです。

 座っているだけでそれが叶うのならそうしておりますが、そんなに都合の良い話は御座いません」


「それではまるで神に祈るのが無駄だと言っているように思えるが?」


「そうですね。

 神託を受けた身として、神様の存在を否定することはあり得ない事です。

 しかしその神託とは、御技を与える代わりに自身で動く事であり、祈ることではないのです。

 私としましては平穏無事に過ごしたいのですが、天智帝と敵対してしまった以上逃れることが出来ません。

 この十年、村国様の元に身を寄せ、村国様にご助力を頂きながら、これまでやって参りました。

 御行クンも立派な協力者で、無くてはならない仲間です」


 妙な神の遣いが居たものだ。

 しかし、祈るだけでどうにもならないという意見には賛同する。


「帝と敵対したというのは、帝もまた神の遣いであるからか?」


「それもありますが、帝は神から授かった御業により多くの人を不幸にしております。

 そして、帝に力を与えた天津甕星あまつみかぼし様は、在るべき未来を歪めようとしております。

 それを止めなければならないと申されました。

 その使命を果たすため、様々な手を打って参りました」


「帝が誰を不幸にしたというのだ?」


 するとかぐや殿は目を伏せ、悲しそうに呟いた。


「多くの……多くの者が命を落としました。

 白村江での敗戦はご存じですか?」


「ああ、痛ましい戦だったと聞いている。

 当時の帝、斉明帝が四万もの兵を百済へと派兵したが、力及ばず多くの者らが命を落としたと聞く。

 それ以来、天智帝は筑紫、対馬、長門に城を築き、みやこを大津宮に移し、唐からの襲撃に備えているのだったな」


「もしそれが……、天智帝がそうなると分かった上で、筑紫より兵を出させ白村江へ兵を向かわせたとしたらどう思われますか?」


 御行殿の話では帝の御技とは知っている者の未来を視ることが出来る能力ちからだと聞いた。

 つまり……、まさか!!!


「それは誠か?

 口からの出まかせではないのか?」


「残念ながら、当時皇太子でした天智帝がそうなるように仕向けたのです。

 その目的は多くの戦死者を出し、力を削がれた筑紫に防人を送り、支配する為です。

 それを聞いた斉明帝は愕然としておられました」


「そんな……」


 それが真実なら、とんでもない事だ。

 人一人の命を奪う事ですら罪深き事だ。

 十人となれば、もはや人ではないであろう。

 百人となれば、羅刹でもない限り有り得ない話だ。

 しかし帝は数万もの兵を死地へと向かわせ、死なせたというのか?


「一つ聞きたい。

 それは誠か?」


「この事は、戦が始まる前に阿部比羅夫様と鵜野皇女様に話しました。

 この話を聞いた斉明帝は、何とかすると申され、早々に兵を引かさせるつもりでした。

 しかし、天智帝……中大兄皇子により山奥に建てられた朝倉宮に軟禁され、そこで命を落とされました」


 確かに、阿部比羅夫殿は白村江には進まず、多くの兵たちの命を救ったと聞いている。

 だが問題はそこではない。

 皇子だった天智帝は、斉明帝を軟禁したのだと?

 そんな事は許されるはずがない。


 ……いや待て。

 もしかしたら嘘なのかも知れぬ。


「その話は信じて良いものなのか?」


 すると横にいた男が声を発した。


「横から失礼する。

 私は村国男依むらくにのおよりと申します。

 大海人皇子様とは一度もお会いしたことが御座いませんが、れきとした大海人皇子様の舎人の一人です。

 以後お見知りおきください。

 かぐや殿の話ですが、私も当初信じられませんでした。

 しかし、そう考える事で全てが上手く説明できてしまうのもまた真実なのです」


「こちらこそ宜しく頼む。

 して、説明できるとは何がだ?」


「そもそも我が国が唐を相手てきに回して百済へ兵を送る理由が無いのです。

 結果は予想した通り散々でした。

 その中で得をした者は誰だったかと考えますと、絶大な権力を手中に収めた天智帝をおいて他にいません。

 皇子様は先程、『帝が百済へ派兵した』と申されましたが、当時を知る者は皆知っております。

 百済へ兵を送ることを主張したのは天智帝でした。

 つまり、全て未来を視ることが出来る天智帝が仕組んだという事です」


 確かに反論は出来ない。

 しかし、容易く信じるのは余りに危険だ。


「正直に言おう。

 考えるには値する事だ。

 だが俄かには信じられぬ」


「それで宜しいかと思います」


 意外にも私の言葉が受け入れられた。

 ふつうはムキになって説得しようとするものではないのか?


「それで良いのか?」


「ええ。人を信じるという事は、相手を受け入れる事です。

 無理やり意見を押し付ける相手を信じることなんて出来ませんでしょう?

 皇子様が私達を受け入れて下さるまで私はお待ちします」


「なるほどな。確かに普通の巫女とは違うみたいだ。

 それにもう一つ、想像と違っていたのだ」


「何に御座いましょう?」


「私が幼き時、御行殿と遊んだ記憶がある。

 その時、私から見た御行殿は大人の様に見えていた。

 十くらい年上なのだから、そう見えても仕方がない。

 その御行殿が幼き時に初めて会ったかぐや殿は、既に帝の采女であったと聞いた。

 なので私は母上と同じくらいの女子かと思っていたのだ」


(ビキッ!)


 何だ? 眉間にしわが寄るような音がしたが?


「ところが目の前に居られるかぐや殿は、御行殿と同じかむしろ若いくらいだ。

 もしかしたら私と歳がそんなに違わないのではないか?」


 …………


 あれ? 何だ、この沈黙は?

 心なしか村国殿も御行殿も青ざめている様に見えるが……。


「み……皇子殿、今日はお疲れだからお休み為されては如何かな?」

「そ……そうです、私も少し休みますので。ささっ」


「急にどうしたのだ?

 話が終われば休むが、先ずは話を済ませたい。

 もしかしたら本当のかぐや殿は他に居るなんて事は無いのか?

 御行殿の話の通りであれば、もっとお年を召しているはずだ」


(ビキッ!)


 音のした方向を見ると、そこには大きな光の塊が浮かんでいた。


「な! 何だこれは!」


「皇子殿、何でもいい。とにかく詫びるのだ!

 早くっ!」


 御行殿の叫びに近い忠告に耳を傾けたいが、目の前の光景に訳が分からなくなり、口から何も言葉が出ない。

 呆気に取られている内に光の塊がどんどんこちらに向かってきたのだ!

 そして目の前が光でいっぱいになった次の瞬間、光りが弾けた……様に見えた。


 呆然としている私のすぐ目の前を何かが落ちてきた。

 黒い……?

 落ちてきたものを手に取って受け止めると、それは黒い糸の束だった。

 これは……?

 私は恐る恐る頭に手を伸ばすと、普段であれば地肌を覆うはずの髪がなく、頭皮に直接手を触れることが出来てしまった。

 つまり……落ちたのは私の髪!?


 慌てて両手をペタペタと手を当てると、一本残らず抜け落ちてしまったことに気が付いた。

 そして次の瞬間、気付いてしまった。

 それがかぐや殿の仕業である事を。


 かぐや殿は右手の掌を上に向け、光りの塊を宙に浮かべていた。


「皇子様、女子の歳を無遠慮に聞くなんて、いけませんですわよ?」


 恐ろし気な笑顔を浮かべるかぐや殿を見て私は悟った。


 確かに神の御使いは目の前に居た。

 そして、決して怒らせてはいけない相手である事に。


【天の声】やはりこのオチか……。



(つづきます)


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