治安強化と今後の方針
何度目か分からない求婚者対策です。
ニセ貴族騒動から暫くして、お爺さんとお婆さん、そして私の三人で今後の事について話し合いました。
「ちち様、領内の規則をしっかり決める」
「かぐやよ、そんな物が必要なのか? これまでつつがなくやってこれたぞ」
「つつがなくない。見て見ない振りをしてただけ。
人を傷付けたら罪。作物を盗んでも罪。税を支払わないのも罪。
罰があれば、罪を躊躇う」
「じゃが、捕まえられる者は居らんぞ」
「新しく雇う。治安が良ければ、安心して暮らせる」
「何かと物入りじゃのう……」
「護衛さんは金で雇える。命は金で買えないの」
「屋敷の警備は万全じゃがのう」
「爺さまや。高々四人の護衛だけでは、この前の者達より大人数で諍いになったら、かぐやは無事じゃないかもしれないのですよ。
その時に後悔しても遅いのですよ」
「う~む」
「善良な人の中で悪者は目立つ。悪者が目立てば追い払える。
治安が良ければ、ちち様もはは様も私も安心して暮らせる」
屋敷さえ安全なら良いと渋るお爺さんを説得して、様々な対策をする事にしました。
方針は主に三つです。
一、人としての生活を営む為の領内のルールの明文化。
二、不埒な者を取り締まる警備体制の充実。
三、醜い争いを無くすため近隣との交流強化。
お爺さんは何かと物入りになると渋っていましたが、領地の経営はどちらかと言えば好調なのです。
例年に比べて支出が多いですが、収入も増えています。
讃岐は竹の産地で、小正月の宴でばら撒いた扇子が宣伝効果を上げたおかげで、竹製の扇子の売り上げが絶好調なのです。
夏が近づけば、扇子の売り上げは更に伸びていくでしょう。
事務員・かぐやはお婆さんの協力を得て、キチンと調べ上げているのです。
扇子の売り上げとか領民からの納税ではなく、月読命様(仮)の仕送りに手をつけてしまえば簡単です。
しかし不労働収入に頼る領地運営は不健全です。
健全な領地経営の為にも、領地の運営は収入の中から遣り繰りするのが私の主義なのです。
それでも黄金に手を付けるのは、どうしても必要な局地的な出費、例えば街道整備とか、灌漑工事とか、書籍の購入とか、に限定した方がいいでしょう。
キチンと収支を計算した結果、屋敷の警備隊に加えて、自警団さん達を正式雇用出来ました。
更に警備隊隊員を追加採用募集中です。
・アットホームな職場です。
・試用期間3ヶ月。
・武器、制服支給。
・キャリア採用あります。
・危険手当有り。
・社員寮完備。
正義感あふれる侍う方の応募を待っていま〜す♪
ゆくゆくは警備隊に領内での捜査権、逮捕権を与え、取り締まりを強化して貰いまます。
領民同士の多少の喧嘩程度はお目溢ししますが、窃盗や殺人については厳しく取り締まります。
日暮警部、出番です!
律令の律で定められる刑罰は、百叩きの刑みたいなのや、禁錮、遠流、そして死罪だったはずです。
禁錮刑を科するための施設や場所がここにはありませんので、警備隊の詰め所に併設して牢屋を作るのもアリですね。
遠流する先に当てはないので財産没収と追放というが一番重い刑罰ですが、家族に類が及ぶ事はしたくありません。
そうなりますと奴婢落ち、つまりピッカリ軍団入りが最も重刑という感じでしょうか?
私自身、死刑制度は否定しませんが、綿密な調査体制は期待できませんので死刑の判断は慎重にしたい所です。
どうして私がここまで治安に対して不安を持ってのかと言えば、ニセ貴族騒動だけではなくてこの先同じ様な事が頻発するかも、と思っているからです。
『竹取物語』で五人の求婚者が現れるのですが、その五人に絞り込まれるまでに屋敷の周りをウロウロとストーカー紛いの事をしでかす輩が頻出するのです。
例のニセ貴族もその一人だったのかも知れませんが、屋敷の周りを彷徨いて、家人に接触したり、穴を開けて覗き見しようとしたりして、現代の価値観でしたら完全にアウトです。
何せかぐや姫に求婚したいからと、ストーカー達が夜中家の周りをウロチョロする事から夜ばう、転じて『夜這い』になったとされているくらいです。
つまり夜這いの語源は私なのです。
当事者からすれば、『そんな語源、要らねーよっ!』と叫びたい。
つまり『竹取物語』は日本初のストーカー被害のお話でもあるのです。
そんなストーカーどもが次々と脱落していく中、それでも諦めなかったラストファイブが五人の求婚者というわけです。
つまり求婚者達はストーカーの中のストーカー、キング・オブ・ストーカーズなのです。
赤、青、黄、桃、緑の五人です。緑の存在感、薄すぎ!
追加戦士はご遠慮願います!
警備を持たないと、私だけでなくお爺さんお婆さん、家人の人達、領民の皆さんにも被害が及ぶかも知れません。
それを阻止するためにも今のうちに警備の増強をやっておきたいというのが本音です。
しかしただ単に警備隊の人数を増やすのにも限度があります。
そのためにも近隣との協力体制を築く事は重要です。
近隣との交流強化については田植えの導入や堆肥による収穫量増加の見込みが見えたところで、農業技術交流を図るつもりです。
ただ、あの躾のなっていないご子息達が跡継ぎだと思うと一抹の不安を感じますが……。
忌部氏との繋がりも強化したいですね。
味方を増やし、外交戦術を駆使して、敵を封じ込めるのは常套手段ですから。
ついでに衣通姫とももっと仲良くしたいです。
私の隠れチートの一つに、飛鳥時代から奈良時代に掛けての歴史に多少なりとも詳しいという未来予知的な知識があります。
今後七十年間の激動の時代の中で、誰が勝ち馬なのかを知っているだけでも大きなアドバンテージになるはずです。
差し当たっては、中臣鎌足様と中大兄皇子には逆らわない様にしましょう。
そして中大兄皇子の弟にあたる大海人皇子も要注意人物ですね。
厄介な事に五人の求婚者達は、この重要人物の三人に少なからず関係しているので慎重に対処しなければなりません。
そのためにも日々研鑽して、ミウシ君の時みたいに上手に嫌われる努力をします!
【天の声】本人はその企みが上手くいっているつもりでいるが、上手くいっていないどころか逆効果だったとは、全く思いもよらないかぐやであった。
主人公の持つ求婚者像が回を追う毎に酷くなってきておりますが、あくまで御伽草子『竹取物語』の中の突っ込みどころ満載の求婚者達です。
『竹取物語』の原作者は求婚者のモデルとなった人達に何らかの鬱屈した気持ちを持っていたのだろうと想像します。