近江の防衛会議(天智帝視点)
七人が会話するシーンは、難しいですね。
判り難くて申し訳ありません。
皆さんどうやって、特徴付けをするのでしょう?
天智帝視点による謀です。
ここは近江大津宮の最奥、内裏の西小殿にある仏の間。
正面には布に彩色された仏が祀られている。
私の前には六人、左大臣・蘇我赤兄、右大臣・中臣金、重臣・蘇我果安、重臣・巨勢人、重臣・紀大人、そして我が長子、太政大臣の大友皇子が並んで座っている。。
「よく集まった。
其方らに話しておきたい事がある。
この先、この国で大きな騒乱が起こる。
其方らはその前線に立ち、戦に臨むことになるであろう」
唐突な話に六人は一様に青ざめた。
無理もないが、覚悟を持ってもらわねばならない。
「相手は……敵は、誰なのですか?」
蘇我赤兄が皆が思っているであろう疑問を口にした。
「分からぬ。見た事のない敵だ。
まるで異国から攻め込んでくたかのような集団だ。
だが恐れる事は無い。
其方らはその連中に負けぬ」
だが、皆の顔色は戻らぬままだ。
何処から来るのかすら分からぬ敵と戦うとなれば、安心しようもないだろう。
「では、敵が攻め来るのは何時なのでしょう?」
中臣金が質問を重ねる。
「詳細は分らぬが、一、二年の内であろう」
今すぐかも知れぬが、猶予を持たせれば準備も出来よう。
「承りました。それでは我々も戦に備えましょう」
巨勢人が私の話に応えた。
しかし……。
「それにしましても未知の敵とはどのような軍勢でしょう?
守る側からしましたら、敵の目的は知っておきたく」
紀大人が私に向けて尋ねてきた。
「そうだな。だが残念ながら分らぬ。
もしここに鎌子がおれば、明瞭に説明し、明確な対策を打ち立てるであろう。
ここに六人が集っているのだ。
六人揃って、鎌子一人に叶わぬという訳ではあるまい。
皆で知恵を出し合って欲しい」
皆、一様に黙りこくった。
無理もない。
赤兄は野心の強い男であるが能力は低い。
中臣金はそもそも祭祀だ。
残る三人に知恵を出させるしかない。
しかし意外な者が発言した。
「未知の敵に備えるのは、むしろ当然の事です。
もし油断し、帝に仇名す者達をこの大津宮に攻め込ませたのであれば、我々は無能者の誹りを受けましょう。
我々は如何なる敵に対しても常に備えなければなりません」
太政大臣に据えた、息子の大友だった。
「おお、皇子様の仰る通りです。
我々は敵がいつ何時攻めてきても、それを撃退できねばなりません」
蘇我赤兄が大友の言葉に迎合する。
もっともらしい事を申しているが、先ほどの大友の言葉を言い換えただけだ。
やはり無能なのだろう。
「ではどうするか? 大友よ」
「一番に優先すべきは帝です。
即ちこの大津宮の護りを固くすべきです。
その上で、敵の侵攻を塞ぐために、要所に兵を派遣すべきでしょう」
「敵は何処から来るのか分からないのですぞ」
戦を知らぬ中臣金の発言は、どこかズレている。
「分からぬ敵、という事が重要です。
つまり唐、新羅が近江へ攻め入る事を想定するのであれば、難波の守りを強固にすべきでしょう」
「「「なるほど……」」」
「他には考えられませぬか?」
他の者らは聞くだけだが、紀大人は大友に尋ねた。
紀大人だけは多少は考えることが出来そうだ。
「蝦夷が大挙して東国から攻め込むことも考えられましょう。
また唐の軍船が越国(※現在の福井と新潟)に上陸し、北から近江へ攻め入る事も想定すべきかと思われます」
「ならば、東の備えは不破評(※現在の関ヶ原)、北の備えは三尾郷(※現在の滋賀県高島市)が要所となりましょう」
「となりますと、難波宮、不破、三尾に兵士を常駐させるということで?」
巨勢は自分の意見を持っていないのか?
これが結論であっていいはずがない。
私は意を決して、六人に話を始めた。
これこそが皆を集めた目的であるからだ。
「待て!
もう一つ敵になりうる相手がいる。
東宮・大海人皇子だ」
「それは誠ですか?」
中臣金が驚いたように聞く。
普段の儀では、東宮である大海人とは接点が多い。
「誠かどうかは分らぬ。
しかし、奴が余を亡き者として政権の転覆を計っている事は元より知っていた。
それ故、私は我が娘を四人も差し出し、手厚く遇してきたのだ。
その見返りが大友皇子の后、十市と母親の額田だ。
そうすることで東宮を牽制してきたが、最近はその野心を隠さなくなってきた」
「何かありましたのでしょうか?」
「いつぞやの歌の宴で、東宮は額田に向けて歌を贈ったのだ。
『紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも』とな。
つまりは額田を取り返すと申しておるのだ。
反乱の芽は、小さきうちに摘み取らねばならぬ」
「しかし、それだけで反意を疑うのは早計かもしれませぬ。
何か確証が必要でありましょう」
中臣金はあくまで大海人を擁護する立場の様だ。
「なればその言葉が口の端から出ますか否かをご確認しては如何でしょう?」
蘇我赤兄が初めてそれらしい意見を言った。
が、奴は人を貶めす知恵だけは回る男なのだ。
「どうするのだ?」
「帝自らが譲位を仄めかし、その返答を聞いてみては如何でしょう?
我々がその証人となりましょう」
ふむ……、今のところその未来は視えぬがやってみる価値はありそうだ。
これまで私の視えた範囲では、大海人皇子が戦の準備らしいことは起こしておらぬ。
その前に潰せるのであればそれで構わないであろう。
しかし、突き詰めて言えば最優先されるべき目的は大友への譲位なのだ。
大友を危険に晒すことは避けたい。
「よし、では赤兄の意見を取り入れよう。
不破、三尾には城を築け。
難波、不破、三尾にそれぞれ近衛二千人を配備する。
難波は紀大人、不破は巨勢人、三尾は蘇我果安に任す。
蘇我赤兄は古京(飛鳥京)を護れ。
そして大友と中臣金はここ、大津宮を三千人の近衛を以て死守せよ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
「併せて蘇我赤兄は先ほど申した段取りをせよ」
「はっ!」
「改めて問おう!
其方達は私への忠誠を誓えるか?!」
「我々六人は心を同じくして、帝への忠誠を誓います。
もし背信する事があるのなら、甘んじて罰を受けましょう。」
三十三天(仏の守護神たち)に固く誓います
一門の威信を掛け、裏切りは一族の命を以て償います」
蘇我赤兄が功を焦るかのように率先して宣誓をした。
残る四人も同じ言葉を繰り返した。
しかし、大友だけは少し違った。
「太政大臣、大友が申す。
敵は翼の生えた虎だ。
何処から攻め入るのか分かりませぬ。
心を同じくして、天より与えられし役目を果たします」
此度の招集で大友の成長がみられたことは良い兆しであった。
◇◇◇◇◇
ひと月後、大海人が蘇我赤兄に率いられて近江へと見舞いにやって来た。
私は寝床で横になったままで対応する。
前々から体調が悪かったが、いよいよ先行きが危うくなった。
……という触れ込みだ。
実際にあまり芳しくないのだが。
私の病床の傍に座ると、開口一番、大海人の見舞いの言葉だった。
「帝の具合は如何なのでしょうか?
腕の良い祈禱がおりますので、それを寄越します。
どうかお気を強くお持ち下さい」
大海人に隔意があると思うと、同じ言葉がまるで正反対に聞こえる。
「大海人よ……、余は長くない様だ。
鎌子が待つ黄泉の国へ旅立つ日は近い」
「そんな! その様な弱気ではいけません。
兄上にはまだ為すべきことがあるはずです」
「残念だが、私の病は重い。
だましだまし気を張ってやって来たが、限界が近い様だ。
後を其方に任せたい。頼めるか?」
さあ、どう答える。
後ろには蘇我赤兄を始め、重臣らが控えている。
「それはなりません。
兄上は忘れたのですか?
兄上が若かりし頃、叔父上に帝位を譲った結果、国が乱れ、兄上の目指す政は停滞ました。
もしあの時に、母上がそのまま帝を続けていれば、近江令はあと五年は早く完成したでしょう。
ですので、兄上に万が一のことがあれば、その時は長子の大友皇子に委ねて欲しい。
しかし大友皇子はまだ若い。
なので母上の例に習い、帝の后である倭皇女に位をお授け下さい。
兄上と同じく、大友皇子が諸政を行なうのが宜しいかと考えます」
「ならば、其方はどうするのだ?」
「私は出家して、仏道の道に進みます。
仏の道を通して国の安寧を祈ります」
ちっ、完全に裏をかかれた!
これでは大海人を廃する口実が無いではないか。
「もし私が大友皇子の政の障害となりますのであれば、私は吉野に籠り一心に祈りましょう。
二心無き事を示すため、今、この場で出家いたします」
まさかここまで完全な拒否を示すのは予想外だった。
しかし大海人が吉野に籠るのなら、手はある。
古京の兵士を動員して攻め込むことも可能だ。
「分かった。
其方の言、確かに受け取った」
「はっ、それでは私はこの場で頭を丸め、兄上を安心さたく」
そう言って、大海人は控えさせていた舎人に剃刀を持ってこさせ、髪を切り落とした。
予想通りにはいかなかったが、まだ何とかなる。
私の視える未来に、大友が死ぬ未来はないのだ。
いよいよ最終決戦が始まります。
まだ完全に戦闘プランが出来上がっていないため、こまごまと修正が入るかも知れません。
巨勢人は本作でどちらかと言えば嫌われキャラとして登場した左大臣・巨勢徳太の甥です。紀大人は、かの有名な歌人・紀貫之の遠い先祖です。




