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【幕間】御行の忸怩

いよいよ始まります。

でもその前にちょっと休憩の幕間です。

しばしお待ちください。

(※大伴御行(25)視点による独り言です)


 私は大伴御行、大紫だいしの位を賜った大伴長徳は私の父上である。

 しかしこの事は、私にとって思い出したくない思い出と共に心の中に封印している。

 何の脈絡もなく心に浮かぶあの場面が、何てことをしてしまったのだという深い後悔と共に私を苦しめる。


 今思えば、私は父親の権威をかさに着て嫌な奴だったと思う。

 思慮が足りない愚か者で、傲慢なくせに嫉妬深く、怠惰なくせに強欲で、短気で無礼な奴で、独善を振りかざす大馬鹿者、……要はどうしようもない悪童だった。

 私の行いが拙いのは母上が悪いと言われたが、私が諸悪の根源であることに変わりは無い。

 ”あの日”を境に母上とは引き離され、馬来田様の元で叱られる毎日を過ごしたが、治ることは無かった。


 今ならば自分の何処に非があるか、ハッキリと分かる。

 どうして私はこれほどまでに愚かだったのだろうか?


 ◇◇◇◇◇


 ”あの日”、私は自分の呼びかけに返答しない皇子様に対して、とんでもない無礼を働いてしまった。

 大切にしている絵を取り上げてビリビリに破いてしまったのだ。

 あの時の私は……相手を思いやる気持ちが欠片もなく、自分が正しいと思ったことをすべて正しいと思い込み、どんな事をやっても許されるのだと思い込んでいた。

 そして、それを是としていた母上が悪いとされたのだが、本当に悪いのは私だ。

 今でもあの時、帝に首を斬られるべきだったと思う事がある。

 しかし、それを救ってくれたのが、他ならぬ皇子様だった。

 たけるの皇子様が、激高する帝に助命をしてくれた。

 大海人皇子様が私を引き取り、身柄を馬来田様に預けて下さった。

 後で聞けば、斉明帝は『建皇子を虐めた悪童』として私の事を覚えていたという話だった。

 もはや自分には大伴を名乗る事すら叶わないとすら思っていた。


 父上に合わす顔がないとは、正にこの事を言うのであろう。


 しかし愚かだった私は、その事にすら気付かず、自分の苦境を他人のせいにして、自分が間違っていないと思い続けていたのだった。

 自分の過ちを気付かせて下さった、大海人皇子様と鵜野皇女様には感謝してもし足りない。

 そしてその道標となったかぐや様には、感謝を通り越して崇敬の念を抱いている。


 だがその気持ちはかぐや様には届かない。

 残念な事だけどそれは仕方がない事だ。

 何故なら『建皇子を虐めた悪童』だった私の印象が拭い切れずにいるはずだからだ。

 いつかは建皇子に深く深く謝罪をしたかったが、それはもう叶わないのだ。

 つまり、かぐや様の中にある私の印象も決して消え去ることは無いという事なのだ。

 悲しい事であるが、それこそが自分に与えられた罰なのだ。


 ◇◇◇◇◇


 私にとって忘れもしないあの日。

 馬来田様の付き人から大海人皇子様と舎人として召し上げられた私は、大海人皇子様から命を受けたのだ。


『かぐやという采女が筑紫に居るはずだ。探してくれ。おそらく甥の建皇子が一緒のはずだ』


 理由を聞こうとしたが、皇子様は何も教えて下さらなかった。

 しかし尊敬する皇子様が私に初めてご命令を下さったのだ。

 そして『かぐや様』という名に、この役目は自分にしかできないと思ったのだ。

 私は馬来田様から十分な準備を与えられて、筑紫へとたった一人で旅立った。


 筑紫に着くと、長津(※博多港)付近ならば話が聞けるかと思い、人を介してかぐや様を探してみた。

 しかし、帝のご崩御の知らせを受け、長津は騒然としていた。

 帝がご神木を切り倒したから天罰が下ったとか。

 筑紫の者が帝を襲撃したから皇太子様はご立腹され筑紫を攻め滅ぼすつもりだとか。

 豊国の山が火を噴いて辺り一面は死屍累々の有様だとか。


 大きな噂話の中で女子おなご一人の事など誰も気にするはずがなく、調査は全く進まなかった。

 そこで長津を離れ、杜崎もりさき (※門司)へと向かってみた。

 すると女子と子供を連れた男性が何かから逃れるように足早に長津へと向かうのを見たという漁師の話が聞けた。

 何故、長津の方に向かうのかは謎だが、子供を連れているという事は建皇子かも知れない。

 帝の崩御と併せて考えてみると、かぐや様が何かの困難トラブルに巻き込まれたのかも知れない。

 急いで長津へと戻った。

 しかし、長津を前に足取りは完全に途絶えていて、見つける事は出来なかった。

 おそらくはどこかに潜んでいるのかも知れない。

 もしそうだとしたら……、山へ籠り誰の目にも触れず隠れ住むのか?

 あるいは長津から船に乗って何処かへ逃亡するのだろうか?


 どちらにするか悩んだが、山は後で調べるとして、先ずは船を調べる事にした。

 だがどうすれば……、みなとでどうしようかと悩んでいると、大きな軍船が五艘、出港準備に入っていた。

 それだけだったら気に留めないが、そのうちの一艘が物々しい厳重な警戒がされていた。

 軍船だから兵士が居るのは当たり前だが、戦場いくさばは海の向こうのはずだ。

 それなのにまるで今から戦を始めるような物々しさが気になった。

 まさかと思いつつこの船団を追ってみる事にした。

 無論、軍船の後をつけるなんて事は出来ない。

 先回りしたいが何処へ進むのか分からないので、みなとをぐるりと回って、湾の先端にある資珂島しかしま(※現在の志賀島)で軍船を見張った。

 すると五艘の船は出港した後、資珂島をぐるりと迂回して、みなとの陰となる位置で停泊してしまった。

 ますます怪しいと思い、成り行きを見守っていると、一艘の船が湾を出て東へと向かうのが見えた。

 五艘の船はその船に向かって進み始めた。

 海賊にしては船が立派過ぎるが、明らかにあの船を追いかけている事が分かった。

 沖との距離は近くは無いが遠くも無い、つまり泳ぐには遠いが船でならいける位置だ。


 そこで船を借用し、櫓を漕ぎ船を追いかけた。

 もちろん大きな船に追いつくはずはないから、この目で確認するだけだ。

 そのはずだった。


 だけど、追いつかれた船が五艘の軍船に取り囲まれ、停泊しているのが遠くから見えた。

 何事かと思いながら少しでも近づこうとすると、船が体当たりをしており只事ではない事が起こっていたのだった。


 私の乗る小さな船では何も出来るはずもない。

 櫓を止め、潮に流されるまま成り行きを見守っていると、人が落ちるのが目に入った。

 しかし軍船はその落ちた人を助けることなくその場を離れようとしていたのだ。

 訳も分からず、私は人が落ちたであろう方向へ再び櫓を漕いだが、離れていく船以外何も見つかるはずもない。

 浜辺に落ちた小さな針を見つけるようなものだ。

 鳥の眼でも持たぬ限り落ちた者を見つけ助け出すのは無理だろうと諦めかけた時、船のすぐ前の海底が光っているかのように見えたのだ。

 何だろうと近づいてみると、そこには白い衣が……?

 慌てて衣を掴み、引っ張り上げるとそれは人だった。

 そして女子おなごだった。

 船の上で仰向けに寝かせると……それはかぐや様だった。


 私は急いで沖の方へと漕いだが潮が早くて浜辺に近づく事ができず、ようやくたどり着いたのは杜崎もりさき を超え、長門の国の浜辺だった。

 それでも路銀を与え、小屋を借り、かぐや様の介抱をした。

 心ならず、かぐや様の濡れた衣を脱がすときに、全身を見てしまったが、今はそれどころではない。

 それに……私もかぐや様には見られたことがあるのだから。


 ◇◇◇◇◇


 それ以来、私はかぐや様に付き添い、行動を共にすることとなった。

 だけどいつもかぐや様は私の事を「御行クン」と呼ぶのだ。

 これは、未だにかぐや様の中では私は悪童のままなのだろうか?

 それとも親密である証なのか?

 少なくとも一人前の男として見られているのではないという事だけは確かだ。


 後になって分かったが、かぐや様は昔馴染みの男子を呼ぶのに『~クン』と呼ぶ様だ。

 物部麻呂殿、中臣真人殿、建皇子……そして私。


 かぐや様は年齢の事を口にされる事を嫌うが、私にはどうでもいい事だ。

 口では何も見なかったと言ったが、今でもかぐや様の一糸纏わぬ身体が忘れられない。

 見ないように努力したのは本当だが、その美しい裸体が目に焼き付いてしまったのだ。


 天女様のように美しいかぐや様。

 身近に居ながら、ものすごく遠い存在のかぐや様。

 私が好意を寄せたとしても、この想いは決して届くことは無いだろう。

 まるで空に浮かぶ月の様に遠い存在。


 それでも、もし一つだけ願いが叶うのであれば……かぐや様に一人前として認められる男になりたい。

 今の私にはそれだけで十分なのだ。



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