表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

467/585

【幕間】鎌足の回想・・・(4)

第471話『病床の鎌足』の鎌足様サイドストーリーです。

  ***** 中臣鎌足様視点のお話です *****


「お休みのところ大変申し訳御座いません。

 鸕野(うのの)皇女様より便りが届いております」


 鸕野……? 

 百済の役の最中、私と大海人皇子、鵜野皇女は岡本宮で留守を預かり、毎日の様に顔を合わせていた。

 初めて会った時は石ころか翡翠ひすいかも分からぬ有様だったが、二年近くもの間、かぐやが鸕野皇女に教育を受け、元々持っていた才が磨き抜かれた結果、今や輝く金剛に化けたと言って良いだろう。

 大海人皇子との婚姻を経て、その才を一気に開花したのだ。

 そのきっかけを与えたのが私であるとは何とも皮肉な話だ。

(※第296話『幕間】お転婆皇女の冒険・・・(4)』ご参照)


 その鸕野皇女が私に?


「構わぬ。読み上げよ」


「はっ!

『鎌足殿の体調が優れぬ事、誠に心配であります。

 鎌足殿の無二の親友にして妾の父親、中大兄皇子に代わりお見舞い申します。

 私が住む吉野の山に一風変わった僧侶がおります。

 神仙の(わざ)を求めて日々修行をする者に御座いますが、気休めになればと思い、()の僧侶を派遣したく。

 妾らとは古くからの知り合い故、怪しげな風貌に依らず信頼できましょう。

 是非ともご検討の程、宜しく頼む』、と御座います」


 何だ? 見舞いの文にしては砕け過ぎている。

 怪しげなと分かっていながら推挙する僧なんて誰が受け入れるのだ?


 しかし私をよく知るあの才女がわざわざ便りを寄越すのだ。

 何か裏があるのかも知れぬ。

 どうせ横になっているだけの毎日だ。

 これくらいの面白みがあったところで構わぬであろう。


「分かった。

『了承した』と、返答を出しておけ」


 鵜野皇女の事だ。

 何か面白い事でも企んでいるのであろう。

 どのようなものが見られるか、その日を楽しみに待った。


 ◇◇◇◇◇


「お休みのところ大変申し訳御座いません。

 鸕野(うのの)皇女様からのご紹介で僧侶が参りました。

 お通し致しますか?」


 来たか。


「ああ、通せ」


 暫くすると体躯が良く姿勢も正しい僧侶らしくない僧侶が入ってきた。

 何かと戦うつもりなのか?

 確かに怪しげな風貌だ。


「私は鸕野うのの皇女様より魔を払う事を頼まれた者に御座います。

 名を加茂役君かもえだち小角おずぬと申します」


 加茂役君かもえだち……賀茂かも氏……三輪氏に連なる者か?

 僧侶と聞いたが、出自は祭祀ということか?

 まるで私か真人の様だな。

 僧侶が魔を祓えるのであれば、真人はああはならなかったものを。

 私はあの事件以来、信仰を捨てるつもりでいたのだ。


「……ふっ、無駄な事を。

 神仏を信じておれば、今頃は祭祀になっておったわ」


 男と自分を重ね合わせ、皮肉った。


「確かにこの世は偽物が多すぎる。

 だが幾つか偽物があるからと全てを偽物と断じるのは軽率では御座いませぬか?」


 男の言葉は過去に何かあった事を思わせるものだった。

 だがこの男が本物であるという確証は全くない。

 ならば試させて貰おうか。


「其方は本物であるというのか?」


「残念ながら今はまだ本物ではない。いずれ開眼し、本物へと至る者だ」


 男の回答は意外なものだった。

 本物ではないと言い張りながら、本物になることを信じて疑っていない。

 ひょっとして……馬鹿なのか?

 少し挑発してみるか。


「ふ……正直者だな。ならば半端者がやって来たという事か?」


「然り。もう少々正直に申せば本物の遣いとして来たのだ」


 またまた不可解な回答が返ってきた。

 本物がいるって言うのか?

 もしかしてこの男は謀り手(はかりて)(※詐欺師)か?


「本物か?」


「そう、吉祥天の遣いだ」


「何かと思えば吉祥天とな。

 ふ……そのような者はおらぬ……か?」


 吉祥天に本物など居らぬ。

 そう言おうとした。

 しかし遠い昔の僅かな記憶が呼び覚まされた。


『其方の舞はまさに吉祥天に相応しい舞であったよ』


 まさか……な。


「どうだろうな。

 もし心残りがあるのなら、心に思い浮かべるがいい。

 その心残りを私が拾ってやろう」


「心残りか?

 ふん、心残りしかない。

 其方に拾える様な代物ではない」


 心残りがなくこの世を去る者などいやしない。

 それを拾うとは一体何様のつもりだ?

 先程(よぎ)った記憶を忘れ、男に対する反発心が芽生えた。


「この世を儚む者へ神よりお告げを預かった。

『この先、国々は国となる。

 人の世は人治の世となる。

 だが人の世はうつろい易く、

 驕れる人も久しからず。

 ただ春の夜の夢のごとし。

 ひとへに風の前の塵に同じ也』とな」


 何故……私にとって忘れられぬ言葉があった。

『驕れる人も久しからず

 ただ春の夜の夢のごとし

 ひとへに風の前の塵に同じ』


 そう、吉祥天は確かにいた。

 いや、今も居るのだ。


「そうか……

 有難い言葉を聞いた。感謝する」


 つまりこの男は私の心残りを拾うために派遣されたのか?

 誰に? ……鵜野が? ……違う、吉祥天だ。

 つまりこの男も異能の持ち主という事か?

 異能持ちはこれで三人目だ。

 世の中は広いものなのだな、かぐやよ……。


 小角とかいう男の真意を覚り、私は普段抑え込んでいた心を解放した。

 普段、葛城皇子の未来を視る力を意識していた分だけ、一旦あふれ出すと止まらなかった。


 ………


 かぐやよ、其方が無事で良かった。

 鵜野皇女がこの男を寄越したという事は、葛城皇子の目を避け、連絡を取り合えているという事か?

 方法は分らぬがそんな事はどうでもいい。

 生きていてくれただけで良い。私はそれで満足だ。

 本当に良かった……。


 思えば、かぐやには世話になった覚えしかない。

 耳表刀自みみもとじは死産の危険から救われた。

 落ち込んでいた与志古を励まし、ふひとも無事生まれた。

 与志古も其方のおかげで救われたと言っていった。

 軽の夫人であった与志古は難しい立場に置かれていた。

 私に対してもいつも申し無さげであった。

 そして腹に据えかねている部分もあったであろう。

 耳表刀自みみもとじを初めて抱きかかえた時、その小さな命を生んでくれた与志古への感謝を伝えた。

 あれ以来、私達は初めて夫婦らしくなったのだが、そのきっかけをくれたのがかぐやだった。

 だまし討ちの様なものではあったがな。


 思えば讃岐の離宮へ行くのは楽しかった。

 他でもない、かぐやが居るからだ。

 あの娘はいつも何かをやっていた。


『このように刈った稲を並べて、穂の多い稲を選び、来年たくさんの穂を付ける親となる種籾を選別しております』

『なんだ、子のない私への当てつけか?』

『人の子種は繊細な生き物に御座います。

 良き食事、良き睡眠、良き休養、清潔な環境、心の平安、などが必要かと』

『食事以外は私に無縁の物だな』

『結論が出て何よりに御座います』


 ……思い出すだけで心の奥に温かみを感じる。

 だが、百済の役では私は何もできなかった。

 朝倉宮が燃えている時、かぐやはどうしたのだろうか?

 斉明帝を守り切れなかったかぐやは今も自分を責めている事だろうか?

 そこから逃げ出したかぐやに私は何もできなかったのだ。

 中臣に伝わる伝心法あんごうを用いて宇麻乃を派遣するのがやっとだった。

 かぐやが生きているという事は、宇麻乃が死を賭して守り切ったという事か?


 かぐやが存命という事は……真人の事も耳にしたのかも知れぬ。

 建皇子の死を目の当たりにして、宇麻乃が死して、そして真人。

 あの心優しい娘の事だ。

 さぞ心を痛めたであろう。

 私が後先を顧みずに動けば、避け得た事だった。

 私を恨むのなら恨んで欲しかった。

 しかし……この男がここへ来たという事は私は許されたという事かだろうか?


『私は書を嗜む生活を将来の夢だと思っているつまらなき者です』


 思えば……かぐやのこの言葉に私は年甲斐もなく胸の高まりを感じた。

 私が憧れた生活、生き甲斐、生涯を一言で言い当てられた気持ちになったのだ。

 もし私がその様な生涯を送れていたのなら……傍には其方に居て欲しかったよ。


 ………


 思い出に耽っていると、小角という男が声を上げた。


「最期に有難き経を唱えよう。

 オン・マユラ・キランデイ・ソワカ

 オン・マユラ・キランデイ・ソワカ

 オン・マユラ・キランデイ・ソワカ

 オン・マユラ・キランデイ・ソワカ

 ………如何か?

 孔雀明王の真言は病気、病魔、ありとあらゆる難を摧滅するのだ」


 なるほど。

 鵜野皇女も葛城皇子の異能を知った上でこの男を寄越したという事か。

 ならばそれに付き合おう。


「ふ……やはり其方は修行が足らぬ様だな。

 半端にしか効かぬが、半端には効いた。

 神仏を敬う気持も少しは湧き上がってきそうだ」


「それは重畳。今後の修行のし甲斐もありそうだ。

 あ……、此度の事は神前にも賜らねばらならぬ。

 だが言わぬべき事もありそうだ。

 それについては任されたいが宜しいか?」


 やはり最後の空想は読まれていたようだな。


かたじけない。任せよう。

 病魔は余り快癒せなんだが、精神こころが幾分軽くなった。

 半端者よ、感謝する」


「では失礼した。

 願わくばもっと別の形で相見えたかった」


 小角はそう言い残して、去って行った。

 どうやって連絡するのかは知らぬが、私の思いはかぐやに伝わるだろう。


 だが敢えてもう一度言おう。

 かぐやよ……、其方の未来に幸多からんことを。



(幕間おわり)

史実の上では鎌足の死は近江京の完成(667年)、天智天皇(中大兄皇子)の即位(668年)の後ですので、作中では寝たきりの生活が続くことになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ