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【幕間】鎌足の回想・・・(3)

拾いきれなかったフラグを強制回収?


 ***** 中臣鎌足視点による話です *****



 二十二年か……。

 葛城皇子と私が蘇我に対して反旗を翻し、徹底的に弾圧してから二十有余年が経った。

 私の知る多くの者達が黄泉の国へと旅立った。


 阿部倉梯麻呂……内麻呂殿には世話になりっぱなしだった。

 本来であれば私など話し掛ける事すら叶わぬほどの重鎮だ。

 斉明帝が重祚する前の皇極帝、その前の舒明帝、そしてその前の推古帝に仕えた有能な大夫まへつきみだ。

 左大臣として高官を束ねる役を引き受け、私達の目指す政を前向きに評価して下さった恩人でもある。

 内麻呂殿に実務を引き受けて頂き、我々は新しい政へと邁進するはずだった。

 だが、老齢に差し掛かった内麻呂殿には我々の背負った役目はあまりに過酷だった。


 内麻呂殿とて全てを受け入れてくれたわけではない。

 むしろ古きをすべて捨てさせる我々のやり方に難色を示すことが増えてきた。

 そのせいなのだろうか?

 それまでの冠位を廃し、新たな冠位を定め、新たな衣の色を定めたのだが、内麻呂殿は頑なにこれを拒んだのだ。

 以前のままの衣を身に纏っていた。

 これは我々の政に対する抗議の意味があったのかも知れぬ。

 しかしすべての者が賛同する政なぞ在りはしない。

 反対する者の意見も汲み取った上で、改新するのだ。

 改新そのものに内麻呂殿は反対していなかった。

 ただその向いている方向が違っていたのだ。


 思えば私の記憶にある内麻呂殿は何処か顔色が優れなく、何時も疲れ気味のご様子だった。

 亡くなる前は特にそうだった。

 宇麻乃に薬草でも頼めば良かったか?

 結局、私が弔いに訪れた時には荼毘に移されていた。

 黄泉の国で再会したのならまた語り合いたいものだ。



 蘇我倉山田石川麻呂……倉山田殿には申し訳ない気持ちが残る。

 蘇我入鹿に対抗するためには、蘇我一族にくさびを撃ち込まねばならない。

 兵法の言葉にもある。

『吾が間をして必ず探りて之れを知らめよ』と。

(訳:間諜スパイに命じて敵の情報を調べさせよ)


 それに丁度良かったのが、入鹿の従弟にあたる倉山田殿だった。

 餌は娘の葛城皇子への入内じゅだいと右大臣の席だ。

 倉山田殿はそれに釣られて乗じてくれたと思っていた。

 蝦夷を中心とした蘇我宗家を傍流だった倉山田が覆すのだ。

 悪い話では決してない。

 事実、入鹿を襲撃するその場に加担したのだ。

 さしもの入鹿もよもや謀が進行しているとは思うまい。

 その後も蘇我の残党を抑え込むのに一役買った。

 倉山田殿が居なかったら、我々の計画はとん挫していたかも知れぬ。

 しかし皮肉な事に、倉山田殿の足を引っ張ったのは、他でもなく蘇我の者で、弟の日向だったのだ。

 今になればハッキリと分かる。

 葛城皇子の謀で、その間、私は讃岐へと追いやられたのだ。

 倉山田殿とは最期の邂逅をし、本心を聞く事が出来た(※)のは不幸中の幸いだったと言ってよいだろう。

 少なくとも、倉山田殿が思っていた俗物とは程遠い方であることを知ることが出来たのだ。

 もし叶うのであれば、黄泉で酒でも酌み交わしたいものだ。


(※第133話『【幕間】鎌足の焦燥・・・(5)』ご参照)


 ◇◇◇◇◇


「申し訳ございません」


 声がした。


「何だ?」


「御主人様にお会いしたいという方がお見えになっております。

 如何致しましょうか?」


 来客か? 私が床に臥せっている事は誰しもが知るところだ。

 見舞いはすべて断ると周知してある。

 なのに来客とは?

 葛城皇子か?


「誰だ?」


阿部倉梯あべのくらはし御主人みうし様に御座います」


 阿部? ……内麻呂殿の嫡男か?

 彼が讃岐に居る頃、何度か目にしたが、挨拶をする程度の間柄だった。

 宇麻乃からはかぐやに気があると聞いたが、忌部首子麻呂殿の娘を娶ったはずだ。

 私としては石綿の布の献上を以って、高位の職に就いて貰いたかったが、彼はそれを固辞し下級官人(くにん)となる道を選んだ。

 その優れた才は周りの知る所となり、今や将来を嘱望される俊英の一人として頭角を表していると聞いている。

 だが未だに、最上級の高官である私とは接点がなく、話す機会はなかった。

 その御主人みうしが私に?


 これも内麻呂殿の引き合わせかも知れぬな。


「今日は身体の調子がいい。通せ」


「はっ!」


 暫くすると足音が聞こえ、舎人が御主人みうしを引き連れてやって来た。


「よい、席を外せ」


 私は舎人を退室させ、私と御主人みうし以外、誰も居なくなった。

 立派になったものだな。

 洗練された所作は父親を思わせる。


「久しいな。済まぬが、このままで良いか?」


「突然押し掛ける形になり、伏してお詫びいたします。

 中臣様の体調が優れないと聞き、父に代わり見舞いに参りました」


「そうか……、だが見舞いに来ずとも内麻呂殿にはもうすぐ会えそうだ」


「そうですか……、不躾ではありますがお伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「私にか? 答えられることがあればな」


「申し訳ございません。

 どうしても聞かずにはいられなかったので……。

 御父上、阿部内麻呂についてお教えください。

 父の死は本当に病死だったのでしょうか?」


 ? ……藪から棒に物騒な話だな。


「何故、それを私に聞く?」


「御父上は本来なら難波に居たはずです。

 ですがたまたま飛鳥に居る際に急に亡くなられました。

 奇しくも、同じ頃、難波に居るはずの中臣様が飛鳥に居られました。

 何かご存じかと思った次第です」


 つまり……私が怪しいと言っているのか?

 この二十年間、多くの者が亡くなっている。

 明らかに怪しい死はあるが、内麻呂殿は違うだろう。


「ああ、ひと月前に娘が生まれてな。

 妃の与志古と、生まれた娘に会いに行っていた。

 そこで内麻呂殿が薨御こうぎょされたと聞いたよ」


「時同じくして、左大臣だった蘇我倉山田様が山田寺で自害されました。

 右大臣と左大臣が、同じ時期に殆ど同じ場所で亡くなった事に中臣様は疑問に思われなかったのでしょうか?」


 それは私もそう思った。

 現に倉山田殿が自害に追いやられたのは葛城皇子の謀だったと言っていいだろう。


「私は……内麻呂殿の訃報を知り、その足で磐余いわれにある阿部寺へと行った。

 既にご遺体は石棺の中にあり、亡骸を見る事は無かった。

 そしてその後……!!」


 そう言えばあの時、宇麻乃の姿があった!

 ……まさか?


「如何、されましたでしょうか?」


「あ、いや。倉山田殿が山田寺で包囲されているのを知った。

 ……それだけだ」


「そうですか……」


「内麻呂殿には申し訳なかったと思っている。

 ご高齢にもかかわらず、激務を押し付ける格好になってしまった。

 会うたびに顔色が優れぬ事は一目瞭然だったのにな」


「ええ……」


「其方も知っておろうが、物部麻呂の父親の物部宇麻乃が薬草に詳しくてな。

 私が病にかかると薬草を煎じてくれたよ。

 おそらくは其方の父親も処方して貰ったのではないかな?」


「申し訳ございません。

 御父上とはそこまで行動を共にすることがなかったので……。

 それにその頃、私は筑紫に居りました」


「そうか……、讃岐のかぐやを覚えているか?

 かぐやの舞を観ると活力が湧いてくるものだった。

 内麻呂殿も同じだったと思う。

 もしかぐやがここに居れば、舞を見せて貰うのであるがな」


「かぐや殿は……本当に亡くなったのでしょうか?」


「そう聞いている」


「しかし私にはかぐや殿がまだ生きている様な気がしてならないのです」


「私もそう思いたい。

 だが、かぐやは斉明帝に殉じたと聞いている。

 誰よりもその身を案じていた建皇子も亡くなられたのだ。

 それでもかぐやが存命だと思うのか?」


「はい、かぐや殿は誰よりも賢く、誰よりも強い方でした。

 御父上もかぐや殿の事はお認めになられておりました」


「そうか……、もしかぐやが”無事”であったのならば聞くが良い。

 何か知っているのかも知れぬ」


「!!! それは?!」


「済まないが、これで終いだ。

 疲れたから、これで休ませて貰おうか」


「……具合の悪い中、御無理を申しまして大変申し訳ございません。

 誠にありがとうございました」


「構わぬ。もし有難いと思うのなら……、私の息子、ふひとが成人した暁には後ろ盾となってくれ。

 物部麻呂は優秀な奴だ。是非ともこき使ってやってくれ。

 ……頼む」


「承りました」


 そう言い残して去っていく阿部御主人(みうし)の後姿を見ながら、不意にかぐやの言った言葉が浮かんだ。


『人は過去を振り返る事ならば出来ます。

 過去の失敗に学び未来に繋ぐ。

 これこそが肝要かと存じます』


 御主人みうしよ、我々の失敗を糧に前へと進んでくれ。



(つづきます)

有りそうで殆ど無かった鎌足様と御主人みうしクンとの絡み。

実現できて満足です。


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