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【幕間】鎌足の回想・・・(2)

中臣鎌足様の郷愁ノスタルジー

第199話『大伴馬来田(おおとものまくた)様』から第201話『決行日(Xデー)当日』のかぐやの行動に対する鎌足様の感想です。

  ***** 中臣鎌足視点による話です *****



 もしもかぐやが私の配下とねりであったのなら……、私は筆頭の大舎人に据えるであろう。

 あの娘の段取りの良さは卓越したものがある。


 難波宮からの遷都を建白した時、与志古が派閥の者らの屋敷を手配するのをかぐやに頼んだ事があった。

 まさかあんな短期間で飛鳥の中に街を作るなぞ予想もしていなかった。

 私は古い屋敷をあてがうだけで十分だと考えていたのだが、かぐやは古い屋敷を新築同様どころか住まう者らが気に入ってしまう程に改修してしまったのだ。

 後で聞けば、かぐや本人は難波に居たまま、馬来田まくたらがかぐやの指示に従って、木材や人足の手配をしていたらしい。

 それ自身は珍しい事ではない。

 宮中にいれば、官人くにんが地方に指示を出すことが多々あるのだから。

 だが現場を知らぬ官人くにんらの指示は的外れであったり、まるで足らなかったりして、上手くいく事が珍しい。

 なのにかぐやは見事に仕事を完遂してしまった。


 後日、馬来田まくたと酒を酌み交わす機会があったが、あの馬来田がかぐやの事をべた褒めして、私が大海人皇子へかぐやを紹介したことを感謝される始末だった。

 馬来田か吹負が率先して作業していたのかと聞いたのだが、全てかぐやからの指示に従った結果なのだと言う。

 遥か年下の子供と言ってよいかぐやが、大の大人達を相手に的確な指示をする姿なぞ、想像が出来ぬ。

 しかしそれをやってしまうのがあの娘の不思議なところだ。

 無論、かぐや本人が自ら荷を運んだのではない。

 しかしあの娘に掛かると、周りの者が無駄なく動くのだ。

 いや、動かざるを得なくなるのだ。

 かぐやが居るのと居ないのとでは、人足の働きがまるで違う。


 効率を重視し、期日までに持てる手段を使い切り、完成に至るまでの手際の良さが尋常ではない。

 更に言えば、人足らに無理をさせれば可能かもしれぬだろうが、かぐやは人足らの健康にまで気を使っていたというのだから、もはや降参するしかない。


 兵法の書にもあった言葉だ。

『軍は高きを好みてひくきを悪み、陽を尊びて陰をいやしみ、生を養いて実にる。

 軍に百疾ひゃくしつなくんば、是れを必勝と謂う』

(訳:軍隊の布陣は高所を選び、低所は避けよ。日向を選び、日陰は避けよ。

 兵士のけんこうを鑑み、水と食糧の豊かな肥沃な場所に布陣せよ。

 軍隊に病が無くば、これを必勝の軍という。)


 もしかぐやが将として先頭に立っていたのなら……、ありもしない空想に耽ってしまう。


 思えば……、葛城皇子が皇子宮を焼け出された際、あれこれと手筈をと整えてくれた。

 食は生きる源だ突然押し掛けた我々を受け入れ、向こう十日分の食料を持たせて送り出したのだ。

 当時、十にも満たなかった幼子が、か……。

 あれを神童と言っていいのかいささか悩む。

 私も幼少の頃より書を誰よりも好み神童とも言われたこともあったが、あそこまで異能の持ち主ではなかったはずだ。

 幼き頃は人並にごく普通の腕白な童子こぞうだった。

 あんなにも人格が完成した幼子は見た事がない。


『何とも年寄り臭い幼子だな。かぐやよ』

『お望みならば幼子のように駄々を捏ねてお願い致しますが、どうなされますが?』

『いいや、止めてくれ。本当に寝こんでしまいそうだ。ははははは』


 不意に昔の会話が頭に浮かんだ。

 本当に不思議な子供だったな……。

 だが、そのやり取りは心地良かった。


 ◇◇◇◇◇


 私は神祇伯じんぎはくだった父、御食子みけこの跡を継ぐのがどうしても嫌だった。

 だから摂津の別業(※別荘の事)に籠り、それを固辞した。

 神祇伯じんぎはくではなく大臣になりたかったのだ。

 神を信じぬほど愚か者ではない。

 和国へと渡来した系譜を持ち、舶来の神を信望し、和国の神を蔑ろにする蘇我一族と対立するために神祇伯じんぎはくを辞退したのだ。

 神事とは政であり、政で敗れれば我らが信望する神もないがしろにされるのだ。

 かつての物部氏がそうだったのだ。

 宇麻乃から聞いた物部氏の凋落の話は、私にとって大きな転機となった。


 私は和国の神を守るため、かつての物部の轍を踏まぬために立ち回った。

 そして考慮の末に辿り着いたの結論が葛城皇子の擁立だった。

 この決定に後悔はしないし、してはならない。

 だが……、葛城皇子の変わりようが予想の外にあっただけなのだ。


 偶然を装い近づくことに成功し、葛城皇子とは役職を離れ、個人として親しくなっていった。

 共に南淵請安みなみぶちしょうあん殿の塾へ通いながら、葛城皇子とは幾度ともなく議論を重ねるほど、我々の距離は近づいていった。

 まだ若かった葛城皇子は正に神童と言って器であり、ややもすると私よりも書に通じていた。

 私より十歳も若いのもだ。

 どことなく陰りを持つ葛城皇子は何かに追われるかのように知識を吸収し、皇子らしくなく武芸に打ち込んでいた。

 蘇我から命を狙われる身であれば無理からぬことだ。

 その様な葛城皇子を見て、私は一生を掛けて葛城皇子を守り、帝に昇りつめるその日まで行動を共にすることを心に誓った。


 乙巳の年、仇敵・入鹿を打った瞬間の事は生涯忘れぬであろう。

 葛城皇子が自ら剣を抜き、奴の首を刎ねた。

 父親の蝦夷を追い詰め、蘇我宗家を打ち滅ぼした。

 傍流どもが我々に反撃しようにも、蘇我の一角、蘇我倉山田石川麻呂そがのくらやまだのいしかわまろを仲間に引き入れ、抑え込んでいたのだ。

 入鹿の側近だった巨勢徳太こせのとこたを寝返らせ、蘇我が蘇我を滅する図式を完成したのだ。


 それまでの私が画策した謀の中であそこまで上手くいったことは無かった。

 これで私の、私達の野望が果たされるのだと本気で思っていた。

 私も若かったのだろう。

 だが、そこから先の苦難の道は予想とかけ離れたものだった。


 実現が大変であろうことは、予め予想していた。

 旧態依然とした連中の抵抗も、予め予想していた。

 だが身内同士でここまで泥沼の争いが起こるとは予想していなかった。

 せいぜい蘇我の血を濃く引く古人大兄皇子ふるひとのおおえのみこくらいだと高をくくっていた。

 しかし軽は帝となった途端、あそこまで楯突くとは思わなかった。

 何より葛城皇子があそこまで他を圧するとは思いも寄らなかったのだ。

 もし軽が葛城皇子をあそこまで追いつめていなかったら……。

 いや、軽とて自身が消されるかもしれぬと怯えていたのかも知れぬのだ。

 事実その通りになったのだから。


 人の心とはかくも移ろい易きものなのだ。


『かぐやよ。其方は、『歪みが歪みを産み、次の歪みを生み出す。その連鎖は人の予想を超える』と申したそうだが、我々のやろうとする事も同じ運命を辿ると思うか?』

『はい。恐れながら』


 かぐやの言葉が胸に刺さる。

 全くその通りだったのだ。


『私には今の国の在り方はあまりにも未熟に思えます。

 悪しき者には相応の罰を。正しき者には相応の報酬を。

 万人がお腹だけではなく、心を満たす生活が出来る世を是としたいと私は願っております。

 おそらくそれは遠い未来の事でしょう。

 遠い未来の国の在り方がどうなのか想像のつく者はおりませぬ。

 施政者とは解答なき課題を投げかけられている方々なのだと思います』


 まさか苦難の結末を二十年も前に耳にしていたとは皮肉な話だ。

 ならば聞いておきたかった。

 遠い未来とは何時なのだろうか?

 成熟した国の在り方とは、一体どのようなものなのだろうか?


 何故なのか、かぐやならばその回答を知っている様な気がするのだ。



(つづきます)

文中の兵法の言葉は、孫氏の兵法で有名な一節です。


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