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【幕間】鎌足の回想・・・(1)

鎌足様視点によるお話です。

少し長くなります。

……と申しますか、思い入れがあり過ぎて止まらないかも知れません。


 ***** 中臣鎌足視点 *****



 ………私は寝ていたのか?


 夢現ゆめうつつの中、私は目覚めた。

 健康な時はやるべき事が何時まで経っても終わらぬ事に、いつもいら立ちを思えていた。

 だが病気で臥せると、やろうと思っていても何も出来ぬ己の不甲斐なさを感じずにはいられない。

 いずれにしてもやりたい事が思う通りに出来ぬことに変わりは無いのだが、大きな差だ。


 与志古は横になって養生して欲しいを言うが、少しでも身体が動くのなら……いや、今の私は邪魔にしかならぬか。

 あの日、吐血して以来、徐々に体力が落ち、今では好きな馬に乗る事も出来なくなった。

 何だかんだ言って、私も五十を過ぎたじじいだ。

 身体を動かさなければ衰えて当然だろう。

 今では寝るのが毎日のお務めみたいなものだ。

 休みたいと思ったことは幾度ともなく思ったが、これほどまでに休みたくないと思う事は未だかつて無かった。


 こんな時、宇麻乃がいれば薬草を煎じさせるのだが……、もう居らぬのだな。

 宇麻乃は物部氏である自身を忌み嫌っていた。

 帝の命令一つで手を汚さねばならない物部氏の宿命を呪っていた。

 悲しい事に全ての点で優秀な男だった。

 もし宇麻乃が私の部下で居続けてくれたのなら、私が目指す政はどれくらい進んだであろう。


 ……くっ! あのまま軽(※孝明帝の皇子時代の名)を生かしておいたとしても、邪魔にはならなかったであろうに。

 おかげで宇麻乃を配下から外さねばならなくなったことが悔やまれる。

 だが、宇麻乃の息子が物部氏を継ぎ、石上いそのかみ神宮の祭祀を継承した。

 済まない、宇麻乃よ。

 お前の息子の麻呂は其方に負けず劣らずすこぶる優秀だ。

 名を伏せて十年以上唐へ留学し律令を学んできた麻呂の知識は大いに役に立った。

 おかげで律令を発布する目途が立った。

 今は私の配下に加え、律令の編纂作業に当たらせている。

 宇麻乃との約束を果たせなかったせめての罪滅ぼしになるだろうか?


 讃岐にある中臣の離宮に長らく居たのだから、麻呂の事は良く知っている。

 しかし麻呂は縁故を一切頼らず、キッチリと公私を峻別しゅんべつしている。

 あの子供だった麻呂が……、私も歳をとる訳だ。

 いつも真人と一緒に居た麻呂が、今では私の配下だとは……。


 真人よ……済まぬ。

 其方の夢半ばで退かねばならぬ事になってしまった。

 力無き父親を許して欲しい。

 あれ以来、与志古はすっかりふさぎ込んでしまった。

 もし娘たちやふひとがいなかったら、今頃は私の横で寝込んでいたのかも知れぬな。


 真人の事はかぐやにも知らせたかったが、今は行方知れずで生死すら不明だ。

 葛城皇子の話では、冷たい冬の海に落ちたのだから生きているはずがないという事だった。

 まして船は沖合いに出ており、山育ちのかぐやが荒海を泳げるはずがなく、助かりようもなかったはずだと。

 それに……もしかぐやが生きていたのなら、葛城皇子の異能に引っ掛かているであろう。


 何時の頃からか葛城皇子の行動が妙に大胆になりだした。

 おそらくは川原の宮が出来た後だっただろうか?

 それまではどこかビクビクして敗残の将の様ないで立ちだった葛城皇子が、突如として行動に躊躇いがなくなり、同時にはかりごと、つまり相手の裏をかく事が多くなった。

 葛城皇子の打つ手打つ手が全て本人の思い通りに進むのだ。

 それは悪くない。

 しかし本来目指すべき目的を忘れ、迷走しているかのように思えるのだ。

 その事を私が咎めると、私を遠ざけて謀をするようになった。

 孝徳帝しかり、有間皇子しかり、斉明帝しかり。


 最初のうちは分からなかったが、その行動を見るにつけて将来起こることが予め分かった上で行動している事が分ってきた。

 葛城皇子が謀を重ねるほどにその手段の不自然さが明確になってきたのだ。

 熟慮の末、出た結論はその起こるべき将来とは特定の個人に引き起こる出来事であり、その個人とは知っている者の未来だということだった。

 つまりは今横になっている私ですから葛城皇子に監視されているという事か。


 宇麻乃には悪い事をしたと思う。

 その様な相手を敵に回し、かぐやを守り切れるはずがない。

 かぐやを私の元に寄越さなかったのも、おそらくその事実に気付いたかも知れぬ。

 追われる身になれば、その不自然さに気が付かざるを得まい。


 ただ不可解なのは……何故葛城皇子自らが出張ってかぐやを捕らえようとしたのだろうか?

 おかげで顔の半分が赤い痣で覆われ、歯を折られたのだ。

 葛城皇子は何も言わなかったが、おそらくかぐやの仕業であろう。

 あの娘は芯が強く、守るべき者があるのなら鬼神にもなる。

 さしずめ鬼子母神の生まれ変わりか?

 たけるの皇子を守るためなら、かぐやはどのような事もするであろう。

 もし母になるのなら、良い母となろう。

 もし妻になるのなら、夫に尽くすであろう。

 もし想い人となるのなら……。


 ◇◇◇◇◇


 ………私は寝ていたのか?


 夢現ゆめうつつの中、私は再び目覚めた。


 葛城皇子が将来起こりうる事を知る異能を手に入れたその結果が百済の役だった。

 大敗することを承知の上で、筑紫の兵士を送り出したのだ。

 そして何万という兵士が異国の地で果てた。

 河が血の色に染まるほどの凄惨な戦場だったと聞く。


 政とは将来起こりうる事態を予期した上で先を打つ事だ。

 治水、税、軍事、興事おこしつくること

 だが将来起こりうる事態を知った上で謀をするのとは違う。

 入鹿いるかの時とは状況も目的も違うのだ!


 斉明帝は私達の提言を不満を漏らさずに受け入れてくれた。

 長大なみぞを造るため、各地より集められた労役をつぎ込み、完成させることが出来た。

 それは私が行うべき事の上位に位置する興事おこしつくることだった。

 巨大な渠は隋の時代に造られた施設であり、現在の唐の繁栄を支える施設インフラとなっている。

 それを飛鳥にも造りたかったのだ。

 みやこが栄えるためには、そこへ至るみちを整備しなければならない。

 そのためには何が何でも必要だったのだ。

 孝徳帝は難波宮の建設にかまけて、公共の施設インフラには見向きもしなかった。

 せいぜい難波と筑紫との間の街道を整備するだけだった。

 だが斉明帝は、自身が「狂心渠たぶれごころのみぞ」と悪名を被ろうが、それを止めなかったのだ。

 実に懐の深き女傑だったと思う。

 思えば入鹿を討ったあの日から、皇極帝だったあの御方には迷惑を掛けてばかりだったと思う。

 しかし葛城皇子に対する後ろめたさか分らぬが、我々の行動を黙認した。

 あの頃の我々は、光り輝く未来を信じて疑わなかったのだ。


『この先のまつりごとが大きく変わります。

 変わることによる歪みはいつしか綻びましょう。

 それが近いか遠いかの違いに過ぎません。

 それを予見する事は人には不可能です。

 何故なら人は賢すぎて、そして未熟であるから……』


 不意にかぐやの言葉が頭に浮かんだ。

 あの時は幼い子供が精一杯背伸びをして語っていると思っていた。

 しかし今になってつくづく思う。

 八つの幼子が申す言葉でなく、私の様な死を間際にした者が思う事なのだ。

 まだ政の改革は未だ完遂していない。

 それなのに既に歪みが出ている体たらくなのだ。

 未熟とは私の事を言っていたのだろうか?


『未来を見通す力は誰も持ち合わせておりませぬ。

 それが出来ればどれほど楽な事でしょう。

 それが不可能であるから人は思い悩むのです。

 しかし人は過去を振り返る事ならば出来ます。

 過去の失敗に学び未来に繋ぐ。

 これこそが肝要かと存じます』


 ……そうだったな。

 まさかここまで見通すとは。

 かぐやこそ未来を知っているのではないのだろうか?

 どこまで的確に今の私を言い当てているのだろう。


『改新の詔を実行する皆様には大変な苦労があるだろうと察せられます。

 くれぐれもご健康にはお気を付け下さいます事をお願い申し上げます』


 降参だ。

 あの時同席していた内麻呂殿も、子麻呂殿も、道半ばにしてこの世を去った。

 そして次は私の番か?


『其方の欲はいつ満たされるのだ?』

『千年経っても満たされることは無いと存じます」

『ははははは、千年ときたか。とんだ欲張りだ。

 世の知る仏教の経には涅槃寂静と言う言葉もあったのだがな』

『恐れながら。そこは読み飛ばしておりました』

『気に入った。面白い話が聞けた。ははははは』


 葛城皇子とかぐやとの会話が頭の中で繰り返される。

 あの頃はあんなにも和気藹々(わきあいあい)と語り合っていたのが噓のようだ。


 一体どこで間違ってしまったのだろう……。



(つづきます)



中臣鎌足の死因は落馬による怪我が原因だと言われております。


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