【幕間】小角の千慮・・・(3)
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
(※加茂役君小角、即ち役小角から見たかぐやとの会話で感じた内容です)
かぐや殿が千四百年もの未来からやって来たという驚くべき告白に私の思考は完全に停止した。
だが千四百年後の未来に私の名が残っており、私が修行の成果が『修験道』という名で継承されていると聞き、この精神の高鳴りを何に例えれば良いのか分からぬほどの高揚感に包まれた。
◇◇◇◇◇
「……さま~
……ぬさまー。
……小角様~!」
『はっ!』
我に返ると、目の前のかぐや殿が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいた。
「す、済まぬ。あまりの事に心神を喪失してしまったようだ。
私もまだ修行が足りぬな」
「いえ、私の話をそこまで真剣に受け止めて下さった証左です。
大変有難く思います」
「いや、受け止めようにも千四百年もの未来なんて想像もつかぬ。
ところで、かぐや殿。聞かせてくれ。
千四百年後に此度の事はどの位正確に伝わっておるのか?
もし今の私が千四百年もの過去に舞い戻ったとしても、何があったのかなんて殆ど知らぬぞ」
今から千四百年前何があったかと聞かれても、畿内に人が居たのかすら知らぬ。
同じことは千四百年後の未来にも言えよう。
「それにつきましてはご安心ください。
大海人皇子様が帝に即位された後に、国史の編纂をご指示なさいます。
その国史の内容が後世に残っており、この時代の出来事が詳細に伝えられております」
「なるほどな。ならば間違いないであろう」
「いえ、ところがそこが落とし穴なのです。
国史の完成に数十年を有し、編纂の過程で有力者にとって都合の良い内容に書き換えられてしまっているのです。
なので、後の世の学者はその偽りの歴史を解き明かす事に労を費やしているのです」
「ああ、言われてみればさもありなんだな。
権力者にとって最も忌み嫌うのが真実であることは、別段珍しい事ではない」
「それ故に中大兄皇子が敗北の歴史を塗り替えられる余地が残されております。
また申し上げ難いのですが、私自身その国史の内容を詳細には覚えていないのです」
「ふ……む。つまりかぐや殿は後に勝利した側の残した国史の内容を僅かに覚えているという認識でよいのだな」
「はい、その国史は後の者が国の歴史を習う際に誰もが参考にします。
私が国の歴史を習った際は、その国史の内容に基づいております」
習った? 女子の身でか?
「かぐや殿は学びを許される身分であったのか?」
「えーと……、答えは”是”ですが、許された訳ではありません。
千四百年後、学びの受ける権利を全ての者が有しているのです
また子供の親は子に教育を受けさせる義務を負っているのです。
加えて申しますれば、表向きではありますが、今から千三百年後に身分の上下は撤廃されております」
つまり千四百年後とは全ての者がかぐや殿の様な知識を有しているという事か?
私は学びというものをとても重要だと考えている。
千四百年後が私の追い求める姿であることにある種の歓喜の情を感じずにはいられなかった。
しかし、話の本筋はそこではない。
千四百年未来の知恵とは一体?
この苦境を逆転できるものであるのだろうか?
それが重要なのだ。
「いや、済まない。
つい好奇心が勝ってしまい、あれこれと聞かずにはいられなくなってしまう。
話を元に戻そう。
千四百年後からやって来たかぐや殿の考える、強大な敵に勝てる手を教えてくれ」
「四百年後、和国は戦乱の世へと突入します。
特に九百年後、戦は文化、技術と融合して著しい発展を遂げました。
残念ながら千四百年後の戦や武器は再現ができませんが、四百年後の技術の結果ならば存じております。
それを美濃と讃岐で再現しようとしております。
原資には事欠いておりませんので、少なくとも物量で負ける気は御座いません」
かぐや殿の話は千四百年後を知る者らしく、長い歴史の積み重ねを感じさせる。
その上で尚、現状を悲観していないのは何とも心強い。
「なるほどな。
では未来視への対策は?」
「未来視の対象が中大兄皇子の知っている者達であるのなら、それ以外の者らで戦の準備を致します。
そこで小角様にお願いしたいのです。
おそらくですが……小角様は他人の心が分るのではないでしょうか?」
!!!
「どうして、そう思ったのだ?」
これは誰にも言ったことのない私だけの秘密なのだ。
それを看破されたという事は、まさかかぐや殿も?
「建クンです。
建クンは自分の事を話すことをしませんでしたし、出来ませんでした。
ですが、小角様は建クンの感情を読み取れることが出来ているのを見て疑問に思っておりました。
もし小角様が他人の心を知ることが出来るのなら……その様子を見た時にそう思ったのです。
逆にそう思いながら見れば、確信に至るだけの言動が散見されましたので」
確かに……。
私は建皇子に特別に目を掛けていたと思う。
読み難い心ではあったが、喜んだ際の煌きは際立っていた。
それ故、それを建皇子と相対することが出来たのだった。
建皇子の世話係としてずっと一緒に居たかぐや殿なら、私の行動は奇異に映っていたのであろう。
「なるほどな、降参だ。
だが、言っておくが他人の心が明瞭に分かる訳ではない。
また人によって違う。
かぐや殿の持つ異能に比べると、見劣りする力であるよ」
「そのような事は無いと私は思います。
もし明瞭に他人の心を読めてしまったら、今の小角様は無かったでしょう。
万能の力を持つ人がいたとしたら自滅する未来しか思い浮かびません」
神仙の術を使えるかぐや殿だからこその意見だな。
もしも私の異能が耳で聞こえるがごとく他人の心の声が聞こえる程の力であるのなら、私は正気を保っていられたであろうか?
そう考えると、かぐや殿の意見は決して間違ってはおらぬ。
「私の異能に何を期待しているのだ?」
「私達が欲しいのは偽りのない味方です。
中大兄皇子は敵の中に間諜を忍ばせて、内部から破壊工作を行う事を得意としております。
有間皇子、定恵上人、古くは古人大兄皇子もまた、信じていた味方に裏切られ、命を落としました」
かぐや殿から強い悲しみの情が伝わってきた。
有間皇子か定恵上人のどちらかと、深い仲であったのだろうか?
「なるほどな。確かに、そのような役目に私ほどふさわしい者はおるまい。
本来であれば政とは一歩引くつもりだが、かぐや殿には世話になっている。
喜んで力になりたい」
するとかぐや殿は満面の笑みとなりこう答えた。
「ありがとうございます。
宜しくお願いいします」
余程嬉しかったのであろう。
かぐや殿の強い喜びの感情を感じる。
裏を返せば、これまでの苦境を物語っているという事だ。
「代わりにという訳ではないが、千四百年後の世界や神について教えて貰いたい。
其方の話は余りに興味深いのだ」
この時、私は少々浮かれていたのであろう。
軽い気持ちでかぐや殿にお願いをした。
だがかぐや殿の話は私の期待とは全く違うものであった。
「あまりにも影響が大きいことは話せませんが、可能な限りであれば……。
それに私の知る小角様の言い伝えも、人から人へ語られる際に話がどんどんと変質して、本来の小角様とはかけ離れた虚像となってしまうことも十分にあり得ます。
もし私の話を真に受けて修行を疎かにすれば、御自分と正反対の姿を言い伝えられる事になります。
小角様はそれでご満足でしょうか?」
!!!
先程まで高揚していた心へ一気に冷や水を掛けられた気分になった。
確かにその通りだ。
私の往く道のその先がどうであろうと、私がやらねばならぬ事は変わらない。
「そうだな。其方の期待に沿えぬ私ではない。
少なくとも失望させることは無いさ。
ただ、大海原の中で迷った時、かぐや殿の智慧が行先を示す小さな松明であって欲しいと願っている」
「そうゆう事でしたら喜んで」
にこりと微笑み答えるかぐや殿を見て、やはり天女と呼ぶに相応しい女子なのだとつくづく思った。
(幕間おわり)
本日(1/1)よりカクヨムのサイトでも本作を少し改変したお話の公開を開始しました。
公開するにあたり、一年ぶりに自分の文章を見直ししましたが……酷いものですね。
折を見て本作も修正を入れたいと思います。




