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【幕間】小角の千慮・・・(1)

本作での役小角様は人の心を感じ取ることが出来ますので、そのつもりでお読みください。

本題そっちのけで、小角様の好奇心が暴走しております。


(※加茂役君かもえだち小角おずぬ、即ち役小角から見たかぐやとの会話で感じた印象です)



 熊野や大峰の山々で修行に明け暮れる毎日を過ごし、三十みそじを過ぎてようやくもののことわりが朧気ながらに見えてきた。

 何時までも山へと一人入り一心不乱に修行をするのも悪くはない。

 しかし庶民との繋がりを断つことを私は好かない。

 修行僧の中には俗世との交わりを排除する者も居るが、綺麗に飾られた内々陣(※本堂の最奥部、僧侶がお経を唱える場所)に座ったところで何が出来よう。

 山を下り、民への説法を行い、病に苦しむ者に薬草を煎じて差し出すこともまた私にとって修行なのだ。

 その様な事もあり、ここ暫くは義覚の住み家であった生駒に来ている。

 偶には義覚に家族に会わせる機会を与えてやりたいというのもあるが……。


 麓から山の中腹にある修験所へ向かう途中、煙が見えた。

 あの煙は……修験所に至急すぐに来てくれ、という知らせだ!

 私と義覚は修験所へと急いだ。

 だが至急ではあるが、緊急事態では無さそうだ

 心の中にどこか懐かしさを思い起こさせる何かを感じたのだ。


 修験場についてみると、狼煙を上げるたき火の傍に若い男と女が居た。

 直ぐに分かった。

 かぐやだ。

 一言主神社の葛城は、自分の目の前でかぐやが囚われの身となったことを酷く気に病んでいた。

 あれ以来、かぐやの消息は聞かなかった。

 神卸しの巫女の後ろ盾である斉明帝の崩御を知ったのはその後だった。

 百済の地では多くの兵士が死んだと聞いた。

 騒乱の時代に入ったのだ。

 かぐやはその時代のうねりの中で命を散らしたのだろう。

 誰しもがそう思った。

 後援者を自負する忌部氏ですらそう思っていたのだ。

 上ずりそうになる声を抑え、声を掛けた。


「そこに居るのはかぐや殿か?!」


「ご無沙汰しております。

 ご心配お掛けしましたが、とりあえず無事です」


 私の意図を読みとり、これまで大変だったことを思わせつつ、今は何とかなっているという事か?


「そうだったのか。

 葛城殿から其方が捕まったと聞いて、それ以来全く消息を聞かなかったから……

 どうやら大変だったみたいだな」


 他人ひとの心が分るというのに、口から出てくる言葉が貧弱なのは私もまだ未熟という事か。


「ええ、色々と御座いました。

 しかし後ろを振り返っていられない状況なので、小角様に助けを求めに参った次第です」


 かぐやの目には前を見据えた輝きがある。

 決して物陰に隠れて、燻っていた訳では無さそうだ。


「私にか?

 私に出来る事なら手伝うが、先ずはどのような状況なのかを教えてくれ。

 かぐや殿の横に居るのは建皇子ではなさそうだ。

 それも何かあるのか?」


 しかし、建皇子の名を出した途端、かぐやの心から強い悲哀の情の念が伝わってきた。

 もしかして……。


「はい……、建クンの事を含めてお話いたします」


「ああ、春先とはいえ外はまだ冷える。

 中へ入り、ゆるりと休まれよ」


 私はそう言って修験所の建物の中へと案内した。


 ◇◇◇◇◇


「よくぞ来られた。

 かぐや殿は相変わらず美しいな」


 これはお世辞ではなく、本心だ。

 ただ外見だけではなく、かぐやの心の強さに裏打ちされた外面に滲み出る美しさともいうべきもので、ただ単に見てくれが良いだけの女子おなごに言う言葉ではない。


「ありがとうございます。

 お世辞とはいえ、小角様にそう言って頂けますと嬉しく思います」


 だが、あまり真に受けて貰えぬ様だ。


「では、かぐや殿は一言主神社で捕らえられてからの事を教えてくれぬか?」


「はい、斉明帝の死の真相と、中大兄皇子の企みを知った私は追われる身となり、建皇子を引き連れて筑紫から飛鳥を目指しました。

 本来は当麻様を頼ろうと思ったのですが、竹内街道で待ち伏せされたため山を南へと逃れ、一言主神社へと辿り着いたのです。

 ところで葛城様はご無事でしょうか?

 酷い目に合われておりませんでしょうか?」


 強い不安の感情だ。

 ずっと心配していたのであろう。


「安心されよ。

 特に尋問を受けたとかは無い。

 しかし脅されて、強く口止めされたようだ」


 そうですか……、それが心残りでしたがご無事でしたら一安心です。


「ならば、葛城に教えておこう。

 かぐや殿は無事だとな」


「いえ、それはなりません!

 私の生死は不明のまま、願わくば死んだことにしなければならないのです」


「どうゆう事だ?」


「話を続けますと……、私は筑紫へと連れ戻され、逃げて、また捕まり……、そのさ中に大切な方々を失いました。

 建皇子もです。

 そして建皇子を手に掛けたのは実の父、中大兄皇子です。

 私は中大兄皇子を半死半生まで追いつめたのですが仕留めきれませんでした。

 もし中大兄皇子が私を見つけたのなら、地の果てまでも追いかけるでしょう。

 故に秘密にしなければならないのです」


「随分と物騒な事になっていたのだな。

 ならばかぐや殿はこの先どうするつもりなのだ?

 生駒で匿えば良いのか?」


「いいえ、違います。

 私は今、中大兄皇子の野望を止めるために奔走しているところなのです。

 近い将来、国を二つに分けるほどの大きな戦が勃発します。

 私はその戦いに備え、準備をしているのです」


 戦? 備え? 野望?

 女子とは思えない言葉が並ぶ事に困惑する。


「分からぬ事ばかりだ。

 一つ一つ聞いていきたい。

 まず、中大兄皇子の野望とは何だ?」


「神の御使いより神託を受けました。

 来るべき未来……帝の後継者を巡り大きな戦が起こり、その結果、勝利した大海人皇子が即位して帝となります。帝となられた大海人皇子は満遍なく神々を系譜を後世に残す事業を興します。

 しかし中大兄皇子はその未来を消しさろうとしているとの事でした。

 それを阻止し、神々の系譜を守って欲しいとの事でした。」


 かぐやは噓を言っている様子はない。

 だが信じられぬ。

 神託……だと?


「かぐや殿が神卸しの巫女であることはよく知っている。

 だが神託を受けたという話は初めて聞く」


「小角様とお会いした後、これまで私は二度神託を受けました。

 どちらも建皇子がらみの事でした。

 一回目は建皇子が原因不明の高熱が続き、命が危ぶまれた時。

 二度目は……、建皇子が亡くなった後、建皇子が旅立った後でした。

 その時に私は私の使命を知らされたのです。

 私が神様から授かった御業の正体についてもです」


 !!!

 神から神仙術を得る事が可能という事か?


「何時だったか何か力を授かったのか聞いたら『突然の事だったから何が何なのか分からなかった』かぐや殿がと言っていたが、それが明らかになったという事なのか?」


「その通りです。

 私の力は人の精神こころ身体からだに干渉することが出来るというものでした。

 ただしその手段として光を発するのですが、それを制御することは神様にとりましても予想の外だったみたいです」


 そう言いながらかぐや殿は掌の上に光の玉を浮かべた。

 何気もなく、当たり前の事の様に。

 以前見たのは突如現れたおんぬに向けて打ち出していた光だった。


「神に御業を授かるために、かぐや殿は何かしたのか?」


「いいえ、神社に参拝していましたら突然に拐されて、何が何なのか全く分からないまま今に至っております」


「それはかぐや殿だけなのか?」


「いいえ、もう一人神様から力を授かった人がいます。

 中大兄皇子です」


「つまりかぐや殿と中大兄皇子は神から力を授かった者同士として敵対しているのか?!」


「少し違いますでしょうか?

 中大兄皇子に加護を与えた天津甕星あまつみかぼし様の暴走を止めて欲しいと神託を通して頼まれたようなものです。

 好き好んで敵対したくありません」


「知っているのなら教えて欲しい。

 中大兄皇子が授かったという御技は……?」


「知っている者の未来を視ることが出来る力、未来視です」


 未来視……誰しもが憧れる力ではあるが、敵であるとすれば最悪ではないのか?

 しかも中大兄皇子はこの国の頂点に位置する者だ。

 権力の中枢に居るものは全て中大兄皇子に未来を視られるという事か?


「何てことだ……」


 あまりの不利な状況に目眩の様なものを感じた。



(つづきます)


この頃の役小角は大峯山(吉野山から山上ヶ岳に至る聖地全体)で修行していたとされておりますが、大峯山は今も女人禁制であることを尊重し、たまたま生駒山に来たと致しました。


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