【幕間】定恵の本音・・・(2)
前話の真人クンの回想シーンで、口調が真人クンの性格に会っていない気がしましたので、ですます調に修正しました。
前話に引き続き、本話もですます調で執筆しております。
中臣真人、改め、定恵上人視点のお話です。
十数年ぶりの和国、筑紫は唐へ渡る際に一度寄港した場所でもあります。
しかしだいぶ様変わりした感じがしました。
娜大津と呼ばれた津が長津と名を改めましたが、風景は昔のままです。
目にする木々や植物は懐かしの和国のままです。
違うのは人です。
筑紫の人々が我々を見る目が厳しいものになり、私達が歓迎されていない事を感じざるを得ません。
人を介して聞いてみたところ、先の戦で多くの兵士が亡くなりその半数が筑紫の者だったそうです。
そのため中央に対する不満と怨嗟が溜まっていて、もし私が中臣鎌足の長子であることが知られましたら、命が危ういと言われました。
斉明帝が急死されたのも、実は不満を募らせた筑紫国の者達に強襲されたという噂すらあるそうです。
その様な状況下で磐瀬行宮から一歩も外へ出ることなく、私達は船に乗って難波宮へと向かう事になりました。
陸路も危険と判断されたためです。
難波へと向かう船らから見える景色は全てが懐かしく、同時に唐で見た光景が如何に広大なだったのかを思い返されました。
海の様に広い長江の緩やかな流れ。
見渡す限り人の居ない未開の地が広がる荒野。
一度だけ見た華山の神秘ともいえる山々。
全てが桁違いでした。
目の前に広がる壮大な光景を目にする度に、かぐや様に見せてあげたいと思いました。
もしこの光景をかぐや様が目にしたら……、その喜ぶ様を思い浮かべるだけで心が温かくなります。
難波に着いたら、飛鳥に帰ったら、かぐや様はいらっしゃるでしょうか?
美しいかぐや様を他の男達が放っておくはずがありません。
きっと沢山の求婚者が列をなして、讃岐のお屋敷に参内しているに違いありません。
もしそうであっても、無性に会いたい。
私が唐で多くを学び、定恵として出家したその姿を見て頂きたい。
頑張ってきたことを褒めて欲しい。
そして約束を果たしたい。
私の望みはただそれだけです。
◇◇◇◇◇
難波津では熱烈な歓迎を受けました。
一昨年の大きな戦の後、唐から劉徳高殿が来訪するのですから無碍に出来るはずもできません。
また劉徳高殿自身も居丈高な態度を一切とらず、和国と対等な姿勢を通していたこともあり、終始和やかな雰囲気でした。
中臣鎌足の息子である私も、場を和ませるための手土産と言ったところなのかも知れません。
急な帰国の裏側を見た気分になりました。
無論、法を修めた一端の僧・定恵としても歓迎されました。
この後、父上様が難波に出迎えに来ると聞きましたので飛鳥には帰らず摂津に向かう事になりそうです。今後は摂津で布教活動をすることになるのでしょうか?
父上様が来られましたら聞くことにしましょう。
しかし、こうして歓待の日が何日も続くと、私の僧としての矜持が許せなくなってきます。
怠惰な心と生活を戒めなければなりません。
このままではいけないと袈裟を纏い、托鉢へと出かける事にしました。
難波の地は全くの不慣れなので、付きの者達と共に経を読みながら周辺の人家を回ります。
決して恵まれていないであろう人々も、敬意をもって喜捨を行ってくれます。
和国にも仏教が浸透していることを伺わせました。
そしてとある民家の前で、若い男が米と扇子の布施を頂きました。
昔、讃岐以外では扇子を見ることは少なかったのですが、十年も経つと難波にも広まっているのでしょうか?
私には唐に居る間、肌身離さず持っていた大切な扇子があります。
なので弟子の一人に使って貰う事にしましょう。
そう思いながら何気に扇子を広げてみました。
『たち別れ 因幡(去なば)の山の峰に生ふる 松(待つ)とし聞かば今帰り来む』
!!!!
私がずっと大事に持っていた扇子に書かれていた歌と全く同じ歌が、受け取った扇子に書かれていたのです。
一瞬、自分の持っている扇子と間違えてしまったのかと慌ててしまいました。
しかしその真新しい扇子には少し滲んだ字で、そして私の持っている扇子に書かれた歌と同じ筆使いで書かれていたのです。
間違いありません。かぐや様です。
あそこにかぐや様がいらっしゃったのです。
私は踵を返して、すぐさま駆け寄って行こうとしました。
いや待て!
もしかぐや様があそこにいらしたのであれば、このような回りくどい方法で存在を知らせるはずがありません。
詩の秘密は私と麻呂だけしか知らないはずです。
それを承知の上でこの扇子を渡されたのであれば、内密にしたい何かがあるはずです。
かぐや様に会いたい、という気持ちをグッと押さえて私は難波宮へと戻っていきました。
そして難波宮へ戻ると、すぐさま麻呂を探してこの扇子について相談を持ち掛けました。
「麻呂、この扇子を見て下さい。
この扇子を難波の近隣で受け取ったのです。
もしかしたらかぐや様がいらっしゃるのかも知れないのです」
すると、麻呂は辺りを見回して小さな声で答えました。
「ああ、かぐや様は難波に居るよ。
オレはかぐや様に会って、話をした」
「えぇっ!!」
麻呂は大声が出そうになった私の口を押さえ、静かに言葉を付け加えました。
「かぐや様は今、非常に拙い状況にある。
ここでは人目に付き易い。
内密の話が出来る場所で話すから、静かにしてくれ」
かぐや様が……拙い状況?
一体どうゆう事ですか?
しかし、かぐや様に何かがあったと聞いて黙ってはいられません。
「分かりました。
難波宮から海の方へと下る小道がありました。
そこへ参りましょう」
高台にある難波宮を抜けて、散歩と称して眼下の海の方へ二人だけで向かいました。
何故なのか麻呂はしきりと周りを気にしていました。
◇◇◇◇◇
「麻呂、教えて下さい。
かぐや様に一体何があったのですか?」
「話せば長くなるけど、まず真人に言っておきたい。
かぐや様は追われる身となって、とある場所に隠れ住んでいるんだ。
そのかぐや様が危険を冒して難波までやって来たのは、お前の命が狙われているからなんだ」
!!!!
「私の命が?」
全く知らない事ではありません。
私が唐へ行くことになった本当の理由。
それこそが私の命が狙われるかもしれないからです。
しかしもう十数年経ったのです。
未だに命を狙われ続けているという事なのでしょうか?
「私の実の父親が孝徳帝であることは前にも話しましたね。
その関係でしょうか?」
すると重苦しい沈黙の中、麻呂はコクンと頷きました。
……何てことだ。
私が帰国したのは間違いなのか?
「かぐや様はお前の命を狙う方と敵対しているんだ。
お前も知っているだろう?
かぐや様が不思議な技を使えるのは、神の御使いで神様のご加護を受けているからなんだ。
そして敵もまた、神の御使いなんだって。
だから迂闊に動くと、敵の持つ加護の力で俺たちの動きが知られてしまうんだ」
「済みません。
貴方が何を言っているのか私には理解できませんでした。
あの方が神の使い?
敵に知られるって何なのですか?」
それから半刻を費やして麻呂の説明を受けました。
かぐや様がとても体験な状況に居られる事。
麻呂自身も、あの優しいオジさんだった宇麻乃様を亡くしたという事。
私の命を狙うあの方が、予想以上に厄介な力を有しているという事。
これまでの自分は帰国で少し浮かれていたみたいです。
かぐや様がとんでもないことに巻き込まれて苦境に立たされているのに、私が唐で恵まれた生活を送っていることに対して、情けない気持ちになりました。
こうしてはいられません。
その夜、人目を忍んで私は麻呂と共にかぐや様が潜伏するという隠れ家へと向かったのでした。
(つづきます)




