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真人クンの救命計画

「姫様、念のためお耳に入れておきたい事があります」


 美濃に来られた秋田様から何やら深刻そうな話をされました。


「何か気になることがあったのですか?」


「いえ、姫様にとって気になるだろう情報です。

 五年ぶりに唐への朝貢が再開されるのだそうです」


 唐への朝貢?

 つまり遣唐使?


「つまり唐との関係修繕が順調という事でしょうか?」


「それもあります。

 唐としてもいたずらに和国と敵対するつもりはないという事です。

 言い方は悪いですが、白村江の戦では唐へ大した被害を及ぼすことなく大敗してしまったため、和国に対して悪感情が無いかも知れません」


「つまり仲が悪くない事を主張アピールするために唐へ大使を送ると?」


「そうですね。

 それもありますが、まずは唐からの使者が来るのだそうです。

 その時に和国から唐へと渡った留学生を同伴させて帰国させることによって、唐に対しての敵愾心を削ぐということも期待されているのだと思います」


「帰国? ……ということはもしかして?」


「まだ誰がという情報はありません。

 しかし内臣うちつおみ、中臣鎌足様の長子である真人殿が担ぎ出される事は想像に難くないかと思われます」


「とすると……」


 私はそこまで言って言葉を止めました。

 真人クンの実の父親が亡き孝徳帝であることは口に出来ない秘密なのです。

 しかし、中大兄皇子に追われる私からすれば、同じく命を狙われる立場である真人クンを放っておけません。

 しかし今の私に出来る事なんて……。


「姫様、真人殿につきましては既に知っております。

 私も姫様の命名の儀で幼かった真人殿を見ておりますから。

 その後の経緯も大方の事は存じております。

 姫様はお忘れかも知れませんが、讃岐にいらした頃、私は真人殿に書を教えた間柄でもあるのです。

 教え子の危機を聞いて知らんぷりは出来ません。

 姫様が一人で思い悩むことは無いのですよ」


「秋田様……」


 あらやだ、秋田様のクセにカッコいいい。


「そうですね。

 私に出来る事はあまりないかも知れません。

 しかし真人クンが中大兄皇子に命を狙われるかもしれない事を考えますと、何もしないなんて選択肢はあり得ません。

 少なくとも、私が美濃に逃げ込んだように真人クンにも逃げ場所を用意して差し上げれば心の拠り所となるはずです」


「姫様は本当に真人様の命が狙われるとお思いですか?」


「何も非の無い有間皇子を貶めすために凝った計画を立て、実行した程です。(※1)

 有間皇子の実の弟である真人クンを見逃すとは考えるべきでないでしょう。

 それに実の父親である孝徳帝からも直接お願いされたのです(※2)」

(※1.第332話『【幕間】有間皇子の自責・・・(8)』ご参照)

(※2.第213話『帝の尋問(2)』ご参照)


「では真人殿が命を狙われていると考えた上で、どうすべきか考えるべきですね。

 出来ましたら内臣様にご協力願いたいですが……、不可能ですよね」


「間違いなく無理でしょう。

 中臣様に知られますと、必ず中大兄皇子の未来視に捕まってしまいます。

 おそらく妃である与志古様も中大兄皇子とご面識があると思います。

 もし中臣様で動くのであれば、真人クンの安全が図られるのですからそれはそれで構いません。

 しかし中大兄皇子の未来視で動きを知られたうえで守り切るのはかなりの困難を伴うでしょう。

 むしろ私達が動いた方が、より確実だと思います」


「それにもう一つ。

 真人様を救うために動くことで、姫様が敵に見つかる可能性もあることをお忘れなく」


「重々承知しております」


「しかしそうなりますと、真人殿のご帰還の予定を調べるのが最優先ですね。

 それと逃亡先の確保です。

 それとどうやって連絡を取るのかも考えておかなければなりませんね」


「ええ、それともう一つ考えなければならない事があります」


「何でしょう?」


「同行している麻呂クンです」


「麻呂……殿ですか?

 宇麻乃殿の長子である物部麻呂殿ですよね?

 麻呂殿は石上いそのかみに居るのではないのですか?」


「表向きはそうなっておりますが、本当は名を偽って真人クンと共に唐へと渡っております。

 渡航の時は宇麻乃様から理由を伺えませんでしたが、おそらく宇麻乃様ご自身が命を狙われることを考慮した上でのご判断だったと思います。

 宇麻乃様が亡くなる直前、帰ってくる麻呂クンには新しい氏族を興すことを望まれておりました」


「そうなりますと、麻呂殿はお父上が亡くなられたことをご存じでないかも知れませんね」


「そうですね。

 もし仮に宇麻乃様の訃報を聞き及んだとしても、死の真実を知っているとは思えません」


「真実を知る者はごく僅かですから、難しいでしょう」


「なので、真人クンよりも先に先ずは麻呂クンと接触コンタクトを取りたいと考えております」


「麻呂殿が讃岐に居た頃のままであるのなら、姫様の言葉は信じて頂けるかも知れません。

 何せその内容は信じ難い事ばかりですから。

 その上で真人殿への橋渡しをお願いすることもありそうです」


「ええ、考えようによっては、監視の目が厳しいと予想される真人クンよりも連絡の取り易い麻呂クンとの連絡が救命の鍵となるかも知れません。

 そうなりますと行動を共にするであろう麻呂クンも保護対象となる事も考えておかなければなりません」


「しかし、その分情報が漏洩する可能性も大きくなります。

 慎重に行動しなければなりません。

 今はまだ不確かな情報での予想にしかすぎませんが、実行するからには綿密に計画を立てましょう」


「承りました」


 こうして真人クンの救命計画が始まりました。

 もちろん村上様にも御行クンにも協力を仰ぎました。


 ◇◇◇◇◇


 遣唐使に関する情報は、中央で高官を輩出している大伴氏で調べ上げた上で、吹負様からお伝え願いました。

 おかげで程なくして遣唐使の情報を入手できました。

 真人クンを含む留学生らを乗せた唐からの使節団が和国に来られるので、その使者を送りだすための船が唐の長安へと向かい、そのついでに唐の行事に参列する……という建前で遣唐使が派遣されることになったそうです。

 海路コースは唐の支配地域である旧・百済を経由して筑紫の長津に到着するので、行く時みたいな東シナ海を横断する危険なルートではないみたいです。


 ……ということは、真人クンは筑紫に上陸して、国内を移動して飛鳥の実家に帰るのでしょうか?

 そうなると、飛鳥へと向かう道中で接触できる機会がありそうです。

 問題は陸路か海路かどちらなのかですね。

 海路なら接触できるのは筑紫と難波だけになります。

 陸路なら道中どこででも接触が図れます。


 お願い、真人クン、陸路で帰ってきて!


 お願い、真人クン、麻呂クン、無事でいてね!


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