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大伴氏からの支援

令旨りょうじ』とは皇太子や皇后の命令を伝えるための文書ですが、皇弟である大海人皇子に相応しい表現かは悩むところです。


 早いもので、私が美濃に流れ着いて半年。

 嬉しい便りが来ました。


令旨(りょうじ)

 以下の者らを我が舎人とす

 村国男依(むらくにのおより)

 身毛君広(むげつのきみひろ)

 和珥部君手(わにべのきみて)

 この書を以て任命し、彼の地にて励むことを望む』


 皇子様より訓示を賜りました。

 つまり鸕野様に私からの便りがキチンと伝わっているという事です。

 つまり私達の活動が皇子様にしっかりと組み込まれているという疑うべきもない証拠です。


 そしてもう一つ。

 この便りを持ってきたのが大伴吹負おおとものふけい様だったという事です。

 難波宮からの引っ越し騒動の時以来の再会です。

 あの時は、吹負様が全面的にご支援して下さったおかげで難波宮周辺の住む高官たちの住居を準備できました。

 それもこれも中大兄皇子のはかりごとのためだったのに、今では最大の敵となってしまったのも皮肉な話だと思います。


「まさか、かぐや殿がここにおわすとは思いませんでした。

 御行はお役に立っておりますか?」


 にこやかにお話される吹負様は相変わらずのご様子です。


「話せば長くなりますが、御行様のお陰で命を永らえることが出来ました。

 どのような仕事も率先して引き受けて下さるので、私もついつい甘えてしまって申し訳ない気持ちです」


「いえ! かぐや様に申し訳ないなどあり得ません。

 むしろもっとご命令して下されば、喜んで働きますので!」


 横にいる御行クンのポチ的発言は相変わらずです。

 そんな私達のやり取りを見て吹負様は苦笑いしながら……


「御行の一本気な所は相変わらず変わらぬな。

 もう少し柔軟な考えを持って欲しいが、若いうちはそれでいい。

 しっかりかぐや殿に奉仕するのだぞ」


「はっ! 命に代えましても!」


 命がけじゃなくていいから。


「吹負様がいらしたという事は、吹負様は中大兄皇子にお会いしたことが無いわけですね」


「????

 何の事とか分からないが、私は大王おおきみ家のご親族とは、皇子様と妃様意外にお会いしたことは無い。

 なぜ私がここへ来るとそうなるのだ?」


「実を申しますと、私は中大兄皇子に追われる身なのです。

 もし私が生きていることが分れば、中大兄皇子自らが征伐するため、この地に乗り込んでくると思います」


「そんな大層な事があるのか?」


「筑紫では実際に、軍船を出して追ってきました。

 あともう少しで中大兄皇子を殴り殺せるところまでいったのですが、運悪く冬の海に落ちてしまい、危うい所を御行様に助けて頂いたのです」


 私の話を聞いて吹負様は目を大きく見開いてビックリした様子です。


「待て待て!

 殴り殺そうとした?

 中大兄皇子をか?!

 一体何があったのだ?!」


 まるで非難するかのような大きな声でまくし立てます。

 皇兄を殴り殺そうとした女子おなごなんて後にも先にも私一人だけでしょう。

 そこで、いつもの常套手段となっているアレの出番です。


(ぽわっ)


 吹負様はビックリ。


「吹負様は薄々感じてらっしゃるかもしれませんが、この通り私は神様の加護を受けた、神の御使いです。

 そしてまた、中大兄皇子もまた別の神様の加護を受けております。

 中大兄皇子の目的はご自身の血筋以外の者を大王から排除する事です。

 もっとハッキリと言えば、大海人皇子様はいずれ命を狙われます。

 今そうならないのは、中大兄皇子の息子が数人しかおらずまだ若輩であるから生かしておく、と本人が申しておりました。

 もし大海人皇子様が野心を見せたら滅ぼすとも」

(※第379話『葛城皇子の野望』ご参照)


 サッと吹負様の顔色から血の気が引きます。

 吹負様にとって大海人皇子様は絶対なのです。

 その大海人皇子様に何かがあるかも知れないと知らされれば……。


「それは確かか?」


「嘘は申しません。

 中大兄皇子によって軟禁された斉明帝の最期を見届けた私は、長い逃亡の旅に出ました。

 その間、二度も捕まり、命の危機にも見舞われました。

 そして……大切な人を失いました。

 怒りに任せて拳を振るうなんて考えも及びませんでしたが、それくらいに許せなかったのです」


 薄れかけていた建クンの死の心の痛みがまた蘇ってきます。


「そうだったのか。

 確かに今の政は変だ。

 何万もの兵士が自分のためにもならない戦に駆り出されているなんて愚の骨頂だと兄上とも話をしていた。

 しかし皇子様に上申しても何も取り合ってくれぬのだ」


「それは中大兄皇子の持つ神の御技のせいです」


「神の御技?

 皇子様が口に出来なくされているのか?」


「少し違います。

 先程も申しましたが、大海人皇子様が野心を見せたら攻め滅ぼすと言っているわけです。

 今は野心を見せていないから平穏が保たれているわけですが、表向きだけそうすれば良いのではないのです。

 中大兄皇子の御技とは、知っている者の未来を見通すことが出来るのです。

 例えどんなに離れていようとも。

 もし大海人皇子が吹負様や馬来田様のご意見に賛同してしまったら、その場面を知られてしまうのです」


「まさか……そんな。

 いや、思い返せば確かに皇子様はその様に振舞っているご様子だ。

 無理してそうしていると思っていたのだが、そこまで根深いのか……」


「つまり、皇子様の意を汲み、皇子様の目の届かないところで、皇子様に知られずに、私達は動かなければならないのです。

 孤立無援の皇子様をお救い出来るのは私達だけなのです」


「……そうだったのか。

 私は……その様な事にも気付かずに……家臣失格ではないか」


「そのような事は御座いません。

 吹負様にこの便りをここへ持たせたという事は、皇子様は誰よりも吹負様をご信頼されているという証左なのです。

 もっと自信をお持ちくださいませ!

 御行様もしっかりとお役目を果たしているのですよ」


「ああ、そうなのだな。

 済まない。

 余りの驚天動地の大事おおごとで気持ちが追い付かないのだ。

 かぐや殿よ、いろいろと話をせねばならないことが多そうだ。

 じっくりと話をさせてくれぬか?」


「元よりそのつもりです。

 しかし、引き返すのなら今のうちだと、予め言っておきます。

 そのくらいに大変ですから」


「もしこの場で引き返せと言われれば、私は単独で皇兄を襲撃するさ。

 そうならないためにも是非我々もかぐや殿の活動に組み込んでくれ。

 かぐや殿の実力は他の誰よりも知っているつもりだ」


「承りました。

 ではこれまでどのような事があったのか、お話ししましょう。

 それから今やっている事、そして今後どうするのかもお話します」


 <中略>


「うむむむむむむむ……」


 話を聞いた吹負様はすっかり頭を抱えてしまわれました。

 秋田様の時もそうでしたが、大海人皇子様に関係することを知ってしまった分、怒りの感情も上乗せされております。


「皇子様がここまで苦しんでおられる事に気付けなかった自分が恥ずかしい。

 皇子様ならこのようは暴挙は許さないであろう。

 だが、少しでも行動を起こしたら反抗の芽を摘み取るがごとく、皇兄が大海人皇子様を攻め滅ぼすつもりだったのか。

 それを……ずっとお一人で耐えられていたと思うと……私は……」


 またまた落ち込んでしまわれました。


「皇子様をお一人にしないために、私は鸕野様と秘密のやり取りをするように致しました。

 その方法を吹負様にも覚えて頂きます。

 宜しいですか?」


「ああ、是非頼む」


「それと、事情を知る皇子様が吹負様をここへ送ってこられたという事は、吹負様にご準備をして頂きたいと取れます。

 馬来田様は大伴氏の氏上様ですから、おそらくは中大兄皇子と面識があると判断されたのでしょう。

 吹負様には密やかに、かつ大掛かりに動くことを期待されているのだと私は思います」


「そうだな。

 皇子様の苦境を傍に侍る我々ではなく、かぐや殿に指摘されてばかりだ。

 いつもながら思うのは、かぐや殿には頭が上がらぬな」


「皇子様への忠誠では馬来田様や吹負様に敵いません。

 私は神からのご神託という手段があるから、このようにご協力が出来るだけです」


「まさにかぐや殿は天女なのだな。

 忌部だけでなく、大伴も天女様に従おう」


「天女では御座いませんが、大伴のご支援はとても心強いと思います、

 是非、ご協力の程、宜しくお願い致します」


「ああ、その間、御行を好きなだけ使ってくれ。

 ついでに婿にしても構わんよ。

 年下はかぐや殿の好みであろう。

 はははははは。

 かぐや殿の事だ。

 二十半ばになっても相変わらず男はおらぬのであろ……う?」


(バチバチバチ)


「だ・れ・が、オトコ日照りですか?

 だ・れ・が、正太ショタ恨なのですか?

 だ・れ・が、アラサー喪女ですか?」


「あ、いや、待て、いや、待ってください。

 口が滑りまし……」


「くらえ!」


 チューン!


「たーーーーー!」


 吹負様は美濃に居る間、反省の意味を込めてピッカリ頭となって過ごすことになったのでした。



【天の声】ベタなオチだな。


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