秋田、讃岐へ戻る・・・(3)
(秋田様視点)讃岐にて。
私と源蔵殿、そして里長の一人である辰巳殿を加えた三人で今後の讃岐について話し合う事になりました。
ようやく姫様の置かれている状況と敵の面妖さについて理解して貰いました。
……多分。
「さて、姫様は何年後になるか分からない戦いに備える決意をされました。
大海人皇子様が味方とは言え、敵は国の頂点にいる方です。
まともに戦えばひとたまりもありません。
そのような戦いに身を投じる人なんてそうはおりません。
いま一度聞きますが、宜しいですか?」
「勿論ですとも。
私をご推挙したのは姫様なのでしょう。
貧民であった私を分け隔てなく取り立てて下さった姫様のお陰で今の自分があるのです。
今後も、例えどの様な事がありましても姫様のお役に立ちます」
「私は幼かった姫様に助けて頂き、以来その御恩に報いようと懸命に治安の仕事をやって参りました。
姫様は事あるごとにその努力をご評価下さるのです。
何も起こらないことをお褒め下さったのです。
これほど嬉しい事は御座いませんでした。
もしもう一度機会を頂けるのであれば、全身全霊を掛けて御奉公させて下さい」
やはり姫様をよく知る二人は姫様の為ならば、どのような事も覚悟できるのでしょう。
しかしまだ覚悟が足りないかも知れません。
何せ敵はあの中大兄皇子なのですから。
「二人の姫様に対する忠誠心は私も十分に知っているつもりです。
それでも敢えて申しますが、生半可な覚悟では足らないと思って下さい」
「私達のどこに覚悟が足りないと仰るのでしょうか?!」
源蔵殿がらしくもなく感情を表に出して抗議します。
「まず相手が如何に強大で危険かという事を分かっていないという事です。
そしてどれだけ我々が不利な立場になるのかも、です。
どれだけ危険か知れば、もしかしたら今回の件で二人を引き込んでしまった私を恨むかも知れないのですよ」
「そんな事はありません」
「どれだけ危険かを教えて下さい」
危機管理という面では辰巳殿の方が優れているみたいですね。
「まずは敵である中大兄皇子です。
先程も申しました通り、中大兄皇子は神の加護を受けており、見知った他人の未来を視ることが出来ます。
それはつまり宮に出入りする方々全員の未来を知ることが出来るのです。
彼らに我々の行動が知られたらそれこそ最期です。
姫様の居場所がバレて、大軍を率いて捕まえに来るでしょう」
((ごくり))
「姫様が仰るには、神の御業が使える姫様と対等に渡り合えるのは同じく神の御業を持つ中大兄皇子だけなのだそうです。
つまり自らが姫様に復讐しようと乗り込んで来るのです。
どんな手を使ってでも。
例えば讃岐の領民を人質にとるかも知れません。
実際にそうしたらしいですから」
「「うっ!」」
ようやく、自らが置かれた立場が少しだけ分かってきたみたいです。
「中大兄皇子は中皇命 (なかつすめらみこと)となられた間人太后様の兄、皇兄として国の政を牛耳っています。
筑紫には5万名以上の兵士が終結し、百済へと渡りました。
つまりそれだけの兵士を動員できる立場の方なのです。
その一部が讃岐を襲撃しただけで、女子供容赦なく皆殺しになるでしょう」
「「……くっ!」」
「一方、我々は先ほど言った中大兄皇子の御業に引っかからないために、主だった有力者の支援を受けられません。
讃岐評造殿すら関与できないのです。
強大な敵を相手にするには、我々はあまりにも非力です」
「「………」」
自分で言って何ですが、姫様がいなければ私も絶対に参加しないでしょう。
余りにも隔絶した戦力差です。
宇麻乃殿も同じように考えた上で、村国殿ならばこの苦境を打破できると考え、姫様を託したのでしょう。
「しかし希望はあります」
私のこの言葉に項垂れ始めた二人が顔を上げます。
「姫様です。
姫様ならば大軍を集めることが出来ます。
姫様ならば大軍を卒なく運用が出来るはずです。
姫様ならば敵に負けない兵器を考え付くはずです。
私も姫様だからこの話に参画したのです」
「「………」」
「分かりましたか?
姫様は全てが終わるまで、何よりも大切に思う讃岐の領民を護るためにも、讃岐には戻られません。
敵に悟られないためにも、連絡係である私が偶にやって来るだけです」
「……分かりました。
確かに私達は覚悟が足らなかったかも知れません。
ですが姫様のためにお役に立ちたいという気持ちに変わりはありません。
例え命がけだとしても!」
「私も源蔵殿に同意です。
姫様を護って命果てるのであれば本望。
胸を張って死ぬことが出来ます」
ようやく実感が出てきたみたいですね。
「では、段取りを説明します。
書き物を遺すことは危険なので当面は口頭で伝えますが、できれば暗号に使う字を覚えて頂きます。
早急に」
「暗号のための文字ですか?」
「はい、姫様の言う平仮名という文字です。
姫様に教わりましたが、私は三日ほどで覚えました。
物凄く覚えやすいと感じました。
今後の連絡は平仮名を通じて連絡します。
味方側の頂点である大海人皇子様とも平仮名で連絡しているそうです」
「自信はありませんが、必要ならば必ず覚えます」
「くれぐれもご家族に知られない場所で使って下さい。
慎重な上に慎重を期さねければ、ひいては讃岐が滅ぶのですよ。
『これくらいなら大丈夫という気持ちが事故の原因なのです』と、姫様は仰っておりました」
「如何にも姫様らしいですね」
「そして暗号で書かれた文を運ぶため、鳩を飼って下さいとの依頼されました」
「鳩? あのポッポーと鳴く鳩ですか?」
「はい、鳩は生まれ育った場所を覚えていて、離れた場所から放たれても必ず帰って来る習性があるのだそうです。
私も唐の書にその様な記述があるのを見た覚えがあります。
なので常に百羽くらいの鳩を飼って文を運ばせるのに使います。
増えすぎた鳩は食料にして食して良いと仰ってました。
姫様は姫様で鳩を育てると仰っております」
「分かりました。
姫様が仰るのならその通りに致しましょう」
「ちなみに鳩の糞は、集めてたい肥に出来るそうです。
それも頼まれました」
「分かりました。
姫様が仰るのならその通りにします」
心の中で姫様の相変わらずの無茶ぶりに閉口している口調ですね。
自分にも心当たりが山ほどあります。
「表向きは讃岐評の治安維持のための一環として、若者に武器を扱わせて一定期間鍛えます。
しかし全員を鍛える必要はありません。
農業への悪影響がある事は避けたいとお考えです」
「しかしそれでは戦える戦力とはなりません」
「これは姫様と行動を共にする軍師殿の意見でもありますが、兵力差を埋めるためには飛び道具の優劣が勝敗を決するだろうと。
なので若者の中から才能のある若者を選別して、射手を育てよとの指令が下っております」
「しかしそれだけで戦況はひっくりかえせるのでしょうか?」
「分かりません。
そこで私は故郷に戻り、弓の改良に取り掛かります。
敵よりも遠くに矢が届く弓を作ります。
姫様の叡智の中に優れた弓に関しての記憶がありましたので、それを再現するつもりです」
「つまり敵の矢が届かぬ場所から相手を射抜く訳ですか?」
「そうです。それも三百を超える射手が鎧をも貫き通す鉄の鏃の矢を何十万本と射るのです。
その射手を育成し主力とする訳です」
「何故三百なのでしょう?」
「もちろん多ければ多い程良いに越したことはありません。
二千の兵士から選別すれば三百くらいが妥当であると考えたに過ぎません。
それと三百の内、百名は馬に乗って戦えるように育成します」
「馬? それは無理です」
「どうしてですか?」
「馬に乗れば自分が強くなった気分になれますが、その実、矢の的になるだけです。
接近戦となれば馬を巧みに操りながら、剣を振るうなんて余程の熟練を要します。
矢を射ろうにも馬上で扱える弓は小さく、威力がありません」
武人の辰巳殿らしい意見です。
「軍師殿の意見はこうです。
馬に乗って前後左右に向かって弓を射れる様に鍛錬せよ、と。
そうすることで、的を縛らせず一騎が何十もの兵を足止めし進軍を止めることが出来る。
同じ馬上の戦いでも後ろに矢を射れれば追いかけることも難しくなります。
そして私にも馬上で扱える弓でありながら威力のある弓を作れと厳命されております」
「かなり難儀な……」
「ええ、百という人数は無謀かも知れません。
しかし十や二十では讃岐を守ることが出来ません。
「それは姫様が知った上での作戦でしょうか?」
「ええ、むしろ主導してそう仰っております。
姫様としても、敵の矢の届く外側からの攻撃で自分の被害を無くしたいとお望みです。
なので弓の次は槍の稽古を重視して欲しいとの事です」
「つまり剣は飾りに過ぎないと?」
「そこまでは仰っておりません。
剣についても改良を申し付けられております」
「それはどのような?」
「それは……まだ内緒です」
((がくっ!))
こうして讃岐の反抗計画は始動したのでした。
古代日本にもドバトとキジバトは存在していたみたいです。
ちなみに現代日本でハトやカラスやスズメを勝手に飼う行為は鳥獣保護法違反となりますが、飛鳥時代にはそのような法律は無いのでセーフです。
ところで伝書鳩と聞いて、『レース鳩0777』を思い浮かべた方は居るでしょうか?




