表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

428/585

【幕間】村国の驚愕・・・(2)

もう少しコンパクトにまとめたい。

冗長的で申し訳ございません。


 ***** 村国男依むらくにのおより視点のお話です *****



 二人が我が屋敷に滞在する様になって随分と賑やかになった。

 だが出来るだけ質問責めにはしない様に心掛けている。

 本当は聞きたい事はいくらでもある。

 いくらでもあるが、今は我慢だ。


 大切なのは二人……いや、かぐや殿を見極める事だ。

 人の緊張というのは長続きしない。

 もし嘘や偽の情報で私を騙そうとしているのなら必ずボロが出る。

 だから緊張感を無くす事がまずは重要だと考えた。

 我ながら回りくどいやり方だと思う。

 だが、かぐやの使命とは国の中枢たる人物、中大兄皇子を敵に回すのだ。

 生半可な覚悟では臨めない。

 故に首謀者と思われるかぐや殿がどの様な思想、どの様な能力、どの様な人格の持ち主であるか、それを日常から観察する。

 それこそが肝要なのだ。


 ◇◇◇◇◇


 かぐやと共に過ごすと新しい発見がある。

 後宮に居たというのでどんな風なのか聞いてみた。

 何せ後宮について記した書など見た事が無い。

 帝の私生活に関わるのだから、当たり前と言えば当たり前だが、采女らが一糸纏わぬ姿で後宮の中を歩き回ったとしても、帝の好み次第ではあり得るのかも知れないのだ。

 それくらいに後宮とは神秘(ミステリアス)で、男の想像を掻き立てるものでもある。

 もし後宮で薬師が活躍する書なぞがあろうものなら、引く手数多(ベストセラー)間違いないであろう。

 しかし、かぐや殿から聞いた現実の後宮とは何とも面白味のない官人(くにん)の館だった。


「帝の生活をご支援するための仕事場です。

 斉明帝は女帝でしたので、帝の子を成す為の機能は必要ありません。

 周りは女性ばかりですので、男性に頼れない分、自分達がしっかりとしなければ、という気持でした」

 ……と言うのがかぐや殿の弁だ。


 だからかぐや殿が段取りよくてきぱきと家の仕事が出来るのであろうと言ったら、意外な答えが返ってきた。


「私が雑用に長けているのは他にも理由がありますが、説明すると長くなりますので追々お話しします」


 隠し事がある事は否定しない。

 だがおいおい話すとは言う。

 余程の事情があるのか?

 単に勿体ぶっているのだろうか?

 はたまた経歴を詐称しているとか?

 理由(わけ)が分からず、この時は全く想像が付かなかった。

 (まさかあれ程までとんでもない理由だったとは……)


 その代わりに御行殿の事を教えて欲しいと頼んだ。

 彼が本当に大伴氏の者なのか?

 何故、かぐや殿をあれ程までに敬うのか?


「彼は大伴と言っていたけど、あの大伴氏だよね?」


「はい、他に大伴があるのか存じ上げませんが、名門と名高い大伴氏です。

 現に御行クンのお父君は先の右大臣、大伴長徳(おおとものながとこ)様ですから」


「そうなんだ?

 いや、彼に仕草が余りにも腰が低くてね、本当に彼はあの大伴氏なのかと……。

 彼は何かしたのかい?」


「したと言えばしましたが……。

 斉明帝の勘気に触れて、危うく首を落とされそうになりました」


 おいおい、只事じゃないな。

 それでは大伴を追放されかねない大失態ではないか。


「それで彼は勘当されたのか?」


「勘当ではありませんが、危ういところを大海人皇子様が執りなして頂き事なきを得ました。

 ただし、彼を甘やかす母親から引き離して、叔父の大伴馬来田(おおとものまくた)様の元に預けられました。

 馬来田様の元でずっと教育を受けて来たそうです。

 此度、大海人皇子様の家臣となった事を喜んでおりました」


 なるほど。

 御行殿にとって大海人皇子は命の恩人なのか。

 ならば彼の行動も頷ける。

 だがしかし、かぐや殿にまで傅く必要はあるまい。


「彼が女子おなごの君にまで腰が低いのは何故なんだい?」


「えーっとですね。

 その教育の過程で大きな壁に行き当たり、打ちひしがれたのだそうです。

 以来、真面目に勉学と武芸に励んでいるのですが、自分でもどうすれば良いか分からず、取り敢えず私に同行する間は私の知る知識を教えるという約束をしているのです」


 向学心がある事は悪いことではない。

 しかし迷走している様にも思えるな。


「実際に何を教えているのかな?」


「道中、聞かれた事につきましては、答えられる限り答えております。

 将来、高官になるのであれば算術に長けていた方が有利になると思い、主に算術を教えております。

 ただそれだけですと飽きますから、私の知る神々のお話をお伝えしたりしております」


 聞けば聞くほど疑問が湧いてくるな。

 何より算術の重要性に気付いている事が凄い。

 ろくに兵糧も勘定できぬ者に、兵法を語ることは出来ないのだ。

 女子(おなご)ながら、算術が出来る事よりもその意義を知っている事が驚嘆に値する。


 しかし神のお話だと?

 この意見には心底ガッカリした。

 この世に神がいるのは、神がいる事にすれば得をする人間がいるからだ。

 つまり神とは人間が作り出した幻惑、詐欺の道具なのだ。

 もし神がいるのなら、物部はあそこまで没落していないはずだ。


 そんな考えを気取られぬ様、何食わぬ顔で話を続けてみた。


「君は神々の話に詳しんだ」


「人よりは……という程度です。

 後宮にいる間、祭祀の方々にお話を伺う機会がありましたので」


「すると君は神は居ると信じているのかい?」


「はい、おります」


 淀みのない返答が返ってきた。

 これは重症だ。


「ハッキリと言い切るね。

 何か確証があるみたいだね」


「ええ、この件につきましてもいつかご説明できると宜しいのですが、干し物をしながら話す内容では無いかも知れませんので」


 いつか説明……出来るのか?

 神を目の前に連れてくるとでも言うのか?

 どんな方法で説明するのかは分からないが、楽しみにしておこう。

 (これまた、あれ程までとんでもない説明だったとは……)


 これで話もお終い……と思ったら、かぐや殿から逆に質問をされた。


「それでは私からも一つお願いしても宜しいでしょうか?」


「何かな?」


「村国様はもしかして軍学にお詳しいのでは?」


 私の趣味について何も言っていないはずだ。

 何故知っている?


「……どうしてそう思う?」


「見るつもりは無かったのですが、片付けをする時に孫氏の書が目に入りましたので、もしかしたら……と思いまして」


 あれを見られたのか?

 孫氏が兵法の書であることを知っているのか?

 見られたとして何故孫氏と分かるのだ?

 驚愕と戸惑いの気持ちが交錯する。

 何より自分の秘した部分を知られた事への反感が顔をもたげる。

 正直、自分の趣味を否定されたら関係の修復は無理だろう。


「まあ、唐の書は面白いからね。

 経典はさっぱりだけど、軍学の様な実用を伴う書は気持ちが昂るよ」


 出来るだけ平静を装い、一般論として答えた。


「もし、叶いますなら御行クンに軍学をお教え願いたいのです」


「うーん、それは出来るがどうして彼にそれが必要なんだ?

 将にでもなるつもりかい?」


「今の彼は一時期の傍若無人ぶりが無くなり、一見良くなったように思えます。

 しかし彼は人から命令されたことをハイハイという事を聞くだけでは駄目だと思うのです。

 御行クンはいつか人の上に立つ方です。

 自分で考え、自分で判断し、その行動に責任を持つ。

 その様な心掛けが、孫氏の書にはあると思うのです」


 ……すごいな。

 兵法の真髄は、敵の裏をかき戦に勝つことではない。

 戦を避ける方法、さらに言えば戦にとなる状況を作らぬ事なのだ。

 強いては生きていくための指南であり、人生を豊かにする処世の書なのだ。

 私は兵法を学ぶことが即ち戦を好む好戦家であるという誤解が一番嫌なのだ。

 それを知っている目の前の女子に強い尊敬の念を感じてしまった。


 しかし、それを表に出してしまったら、かぐや殿を知るという目的から離れてしまう。

 そこでかぐや殿を冷やかすかのように答えてみた。


「はははは、そこまで御行殿のことを思っての事なんだ。

 ひょっとして君達は将来を共にするつもりなのかな?」


「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ。

 御行クンが可哀そうです。

 今は手の掛かる弟みたいなものですが、いずれは私なぞ霞んで見えるくらい素敵な女子と出会って、添い遂げて欲しいと願っております。

 心の底から、ひしひしと、切実に!」


 なんどまあ、酷い話だな。

 誰の目から見ても御行殿がかぐや殿に気がある事は見え見えなのに、当の本人がまるで迷惑と言わんがばかりだ。

 あそこまで心配してあげるのなら嫌いではないはずだ。

 ほんの少しでも期待を持たせてあげても良かろうに、御行殿が気の毒に思えてきた。



(つづきます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ