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【幕間】村国の驚愕・・・(1)

今日と明日、プライベートで何かと忙しいので書き溜めた幕間をお楽しみ下さい。


ちなみに村国の立場についてあれこれ考えてみましたが、評造こおりのみやっことしてしまうと中央との関係が出来てしまう都合上、次官の評督ひょうとくに落ち着きました。

 ***** 村国男依むらくにのおより視点のお話です *****


 私は男依、美濃の片田舎に住むしがない小領主だ。

 書をこよなく愛し、身の回りの必要な物も全て書と交換してしまった。

 領民からは変わり者の評督ひょうとく様(※)だと揶揄われる。


 おかげで私の元に縁談が来ることは無く、気楽な独り暮らしが長い。

 幸い、各務原かがみはらの焼き物は中央で珍重されるため、焼き物を納めることで租税は免れている。

 だが焼き物の技術は余所で真似されてしまえば、この地の優位などあっけなく崩されるであろう。

 後れを取らないためにも、炉の構造から燃料の質に至るまで、資料を集めてとことん調べる毎日だ。

 おかげで一番の趣味である兵法の書も最近はご無沙汰だ。


 そんな悶々とした日々を過ごしていたある日、奇妙な来客があった。


「申し訳ありません。

 ここは村国男依(むらくにのおより)様のお屋敷で間違いありませんでしょうか?」


 私なぞに何の用だろう?

 のそりと立ち上がり、門の方へとのそのそと歩いて行った。

 のぞき窓から外を見ると若い男女の姿があった。

 見目麗しい若い男女だ。

 だが夫婦という雰囲気ではない。

 害意は無さそうに見えたので、対応することにした。


「私を呼ぶのは誰かな?」


 すると、男の方ではなく目の前の女子おなごが対応して答えた。


「はい、私はかぐやと申します。

 物部宇麻乃もののべのうまの様より預かり物があり、こちらへと参りました」


「物部、宇麻乃?」


 記憶の隅にあった懐かしい名前を久しぶりに聞いた。


「……ああ、衛部だった宇麻乃殿かな?

 で、何故私に?」


「申し訳ございません。

 私も突然木簡を託されまして、詳細を存じていないのです」


 差し出された木簡には真っ黒に塗りつぶされた文字の横に荒々しい字で文が書き足されていた。


『中大兄皇子に変心あり。美濃国の村国氏にかぐや殿を託したし。

 村国氏、及び氏上 村国男依に物部の使命を果たして頂きたくお願い候。

 かぐやをおいて他に中大兄皇子に対抗できる者無し』


 何だ、これは!!

 久しぶりに連絡が来たと思えば、とんでもない事が書かれていた。

 中大兄皇子といえば、皇兄として政の実権を握っている御方だ。

 つまり国の頂点にいる人物ということだ。

 その頂点の人間を指して『変心あり(気が狂った)』という事はどうゆう事なのだ?


 苦難の道を歩む物部の頂点トップとして、国に使い潰され意に添わぬ汚れ役のおさとして、ずっと苦悩していた宇麻乃の姿が目に浮かんだ。

 そしてその使命を私に託したという事は……つまり、そうゆうことなのか。


「かぐや殿、宇麻乃殿はどうされた?」


 分かっている。

 だがもしかしたら何処かで……、そんなはかない期待を込めて聞いてみた。


「残念ながら、その木簡を託した後……、亡くなりました。

 ……いえ、殺されました」


 だが期待なぞ持つものではない。

 案の定、宇麻乃はこの世を去っていた。

 しかも最悪の形でだ。

 とりあえず話を聞こう。

 全てはそれからだ。


「とりあえず中へ入ると良い。

 ……で、後ろに居る君は?」


 私は気になって、まだ一言も話さない男に尋ねてみた。

 雰囲気からして下男ではないはずだ。


「申し遅れました。

 大伴御行と申します。

 大海人皇子様の家臣に御座います」


 大伴?

 大伴氏は物部氏と並ぶ軍事の雄だが、私の記憶では大伴氏は中臣氏に近いはずだ。

 まつりごとの中心人物ともいえる中臣鎌足の親類として、右大臣をも輩出している。

 そして宇麻乃殿は中臣鎌足の手足として動いていたはずだ。

 そこに何故、皇兄である中大兄皇子ではなく、皇弟である大海人皇子が関係しているのだ?


「宇麻乃殿と皇子様が揃っているとは何とも因果なものですね。

 ではお入りなさい」


 そんな事を考えていたせいか、ポロっと言の葉に出てしまった。

 御行殿はまだ未熟さが隠し切れない若者だが礼儀正しい。

 武人を目指しているのだろうか?

 こうゆう男は嫌いではない。


 問題は女だ。

 見目は良い。

 驚くほど美しい訳ではないはずだが、美しいと感じざるを得なくなってしまう。

 おそらくは彼女の”目”だろう。

 目に力を宿しており、高い知性を伺わせる。

 ”内面の美しさ”、そのようなものが彼女から感じられる。

 女子の年齢に疎い私の目には、ぱっと見十代後半にも見えるが、実年齢はもっと上かも知れない。

 声に落ち着きがあり、言葉にも力がある。

 あの口調で命令されたら、思わず従いたくなるほどだ。

 自分でも信じられないのだが、謂わば将としての資質を目の前の女に感じてしまったのだ。


「何もなくて君達を持て成すことが出来ないけど、ゆっくりすると良い。

 宇麻乃殿が関係するとなると、朴井雄君えのいのおきみを呼んでおきたい。

 宇麻乃殿の親戚だからね」


 試しに私と宇麻乃との共通の知り合いの名を出してみたが、特に反応は無かった。

 すると本当に私を訪ねてきたという事か?


「はい、恐れ入ります。

 大変恐縮なのですが、私が村国様を知ったのはこの木簡が初めてです。

 何故、宇麻乃様が村国様を頼られたのかすら存じておりません。

 その辺りを合せて、お話を伺えたらと存じます」


「分かった。

 だが、見るからに今の君は疲れ切っているみたいだ。

 それでは頭が回らないだろう。

 先ずは休養を取ると良い。

 ここは安全だから」


 ここはひとつ長期戦といこう。

 このまま話をしてしまうと、相手の調子ペースに巻き込まれてしまいそうだ。

 一旦ここで流れを切って、休養を取ることを提案してみた。

 事実、立っている姿に踏ん張りが足りていない様に見え、おそらくは疲労がたまっているように思えたのだ。

 あの木簡の内容から鑑みても、ここまで来るのには決して楽な道のりでなかったはずだ。


「お気遣い、有難うございます。

 お言葉に甘えまして、お休みさせていただきます」


 こうしてかぐや殿との初めての邂逅は終わったが、これが自分の運命の分かれ道だったと後になって知った。


 ◇◇◇◇◇


 いつもの様に人が目を覚ます前に起き上がり、朝の鍛錬に励もうと外へ出た。

 しばらくすると、かぐや殿が外へと出てきた。

 疲れているはずなのだが……。


「長く後宮に居りましたし、子供の世話をしておりましたので、どうしても朝が早くなってしまいます。

 国許に居た時も周りが起きている中、眠っているのは居心地が悪かったですし」


 後宮? 国許? 子供の世話?

 後宮の采女は国造の子女が選ばれると聞いている。

 するとかぐや殿は何処かの国造の郎女いらつめなのであろう。

 言葉使いが綺麗だから、出身は畿内か?

 自分の中で得られた答え合わせのため、質問してみた。


「飛鳥京から歩いて一日ほど離れた讃岐評さぬきこおりです」


 やはり正解だ。

 もう少し調べさせて貰おうか。


「ならば美濃は初めてかな?」


「はい、やはり飛鳥とは違いますね。

 家の造りとか、人の顔立ちも違って見えます」


 何気に言っているが、これは他所を知らなければ出ない答えだ。

 つまりかぐや殿の知見はかなり広い。

 ついでに聞いた稲作に使うたい肥は面白そうだ。

 話に興じていると、かぐや殿から意外な問いがあった。


「ええ、それは構いませんが……私はここに居ても良いのですか?」


 まさかその様な事を聞かされるとは思わなかった。

 奥ゆかしいという訳ではないだろうが、図々しいよりは遥かにマシだ。

 思わずお道化てこう答え、そして私の考えを伝えた。


「君はここに来るためにここへ来たのだろう?

 ならば問題あるまい。

 まあ、事情とかいろいろあるだろうけど、まずは君の人となりを見極めてから話を聞こうと思う。

 今はまだ私も君も全くの赤の他人、見知らぬ同士だ。

 宇麻乃殿の言伝から察するに信頼すべき間柄でないと話せないことをしに来たのだろう?

 まずはそれからにしよう」


「ええ、その通りです。

 ただ一つだけお伺いしたいのですが……私がここに居てご迷惑ではないのですか?」


「何で?

 たった今、君は私の為になってくれたじゃないか。

 これからも期待しているから」


「ええ、精一杯ご信頼を得られますよう頑張ります」


「いやいや、頑張らなくていい。

 頑張らないありのままの君がどうであるかを知りたいから。

 それとも頑張って私に色仕掛けでもしてくれるのかな?」


「そんな滅相もありません。

 私のような貧相な女子に女子としての価値は御座いません。

 牛馬とお思い下さい」


 貧相な女子? 牛馬?

 彼女は自分の魅力や能力に気付いていないか、はたまた過小評価しているのか?

 過小評価する人間の特徴、それは常に完璧な結果を出そうとする思い込みの強い者の特徴くせだ。

 視点が高いとも言えるが……。


「何となくだけど、君の考え方というものが見えてきた様な気がするよ」



 その日の朝餉はすべてかぐや殿に任せてみたが、特に旨かったのを今でも覚えている。



(つづきます)



(※作者注:大化の改新以前、それぞれの国造くにのみやっこが治めていた国をこおり(大宝律令以降はこおり)としました。

 こおりを治める長官が評督こおりのかみ、次官が助督こおりのすけ、その下に実務を行う評史こおりのふひとがいましたが、おそらくは国造くにのみやっこ評造こおりのみやっこ評督こおりのかみ郡司こおりのつかさ(※大宝律令以降)へと役職名が移り変わったと推測しております。)



村国と宇麻乃との絡みは、またいずれの機会に。

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