秋田 vs 村国 ・・・(2)
セリフのみの、息抜き回です。
皆が寝静まった夜。
月明かりのみが差し込む離れにて相対する男二人。
秋田と村国である。
「秋田殿、人目を忍び呼び出す格好になってしまい済まない」
「いえ、私こそ村国殿とは膝を突き合わせて話し合いをしたいと思っておりましたので、むしろ好都合でした」
「では互いに暇が惜しい身。
要件を申しましょう。
あの娘、かぐや殿は何者ですか?」
「本人も申し上げている通り、神の使いとしてやってきた天女。
それが我々、忌部の解釈です」
「何度も言っているかも知れぬが、私はあの娘の言う事を素直に信じて良いのか未だに悩んでいる。
気を悪くされたのなら謝罪しよう。
しかし元来、兵法家とは全てを疑う事から始まるのだ。
何故に秋田殿はそこまでかぐや殿を信じているのだ?」
「聞いての通り、私は姫様が幼き時からよく知っております。
その幼き頃の行動が既に大人として完成されていたのです。
本人は誤魔化しているつもりなのでしょうが、気付かぬはずがありません」
「例えば、幼く見える大人であったとか?」
「それでしたら今はあそこまで成長していませんよ。
当時は見紛う事なき子供でした」
「そうだな。
すまない、考えが足りなかった。
で、見た目が子供、中身が大人であったからといってどうなのだ?」
「姫様が讃岐国造である養父に引き取られる前の履歴を調べようとしたのですが全く見つかりませんでした。
私も調査に関してはそれなりに長けている自負はありますが、全く見つからなかったのです」
「つまり遠くの誰かが幼いかぐやをそこへ連れて行ったのか?」
「そうですね。
姫様の言葉を借りれば、それが月読尊様というわけです」
「忌部はそれを疑った事はないのか?」
「検証しようとはしましたが、答えに行き着く事が出来ませんでした。
その上、姫様は疑念を上回る呪力を示される訳です。
どうやって疑えば良いのかすら分からなくなります。
それは村国殿も見たでしょう?」
「ああ、見た。
だからこそ心配なのだ。
真実の中に嘘を交える事で、その嘘を真実に思い込ませようとする。
それが以下様の常套手段だ」
「では、騙していると?」
「少し違う。
騙すのでは無く、誤解させようとしている様に思える」
「何か根拠でも?」
「根拠という程ではないが、本人が言っていたのだ。
『嘘をつけば、嘘を隠すために嘘を重ね、いつかは破壌すると。
だから嘘を言わないが隠し事はある』と」
「確かに隠し事の多い子ではありましたね。
ならば、何を正直に話せば、村国殿は姫様を信じるのでしょうか?」
「それが分からぬから、こうやって秋田殿に伺っているのだ」
「では、何なりと聞いて下さい。
推測も入りますが、私の知る限り正直に話しましょう。
ただし聞きたい内容は、村国殿が姫様を知るために必要な情報に限らせて頂きたい。
曲がりなりに姫様は乙女です。
知られたくない事もあるでしょう」
「ああ、年齢を気にしている様だったな。
無理には聞かんが、二十歳は過ぎているのだろう?」
「ええ、だいぶ前に」
「そうか……本人に聞かなくて良かった」
「危なかったですね。
もし聞いていたら、今頃は髪の毛が無くなってましたよ」
「かぐや殿はそんな事も出来るのか?」
「ええ、讃岐では罪人の印として、一本残らず髪が抜けてしまう呪術を掛けられた者達がいます。
解呪されない限り、抜け落ちた髪の毛は二度と生えてこないという強力な呪術です。
「何て恐ろしい……」
「本当に。
ですから迂闊な事は申されませんようお気をつけ下さい。
姫様は寛容ですが、一線を越えると手に負えません」
「いわゆる怒らせると怖いというヤツですな」
「ええ、当代の氏上様もやられました。
いつ私にその矛先が向くのかと思うと……」
「本当にかぐや殿は寛容なのですか?」
「いや、何だか自信が無くなって参りました」
「まあ逆鱗に触れぬよう気を付ける事に致します。
で、年齢を気にしているかぐや殿には伴侶か、求婚の話はあるのですか?」
「私の知る限りないようです。
中臣鎌足様の妃である与志古様からは嫡男である真人殿と夫婦となって欲しいと言われた様ですが、真人殿は唐へと渡っておりいつ帰るのか分からない状況です。
ずっと面倒を見ていた建皇子とは親子のように仲睦まじい様子でした。
しかしさすがに建皇子は十以上年下の童子でしたので夫婦となるには……。
それに建皇子は逃亡中に実の父親手に掛かって還らぬ人となってしまいました」
「すると、同行している御行殿は?」
「見たところ全く意中ではないという感じです。
まるで飼い犬を相手にしているかの様に見受けられます」
「飼い犬か……、言い得て妙ですな。
御行殿はかぐや殿の気を引きたい様子ですが、男として見られていない様だ。
あれだけの美丈夫で、家柄も良い。
性格も決して悪い男ではないが何故なのだろうか?」
「もしかしたら夫婦となる事態に忌避があるのかも知れません」
「忌避……とは?」
「少し話が長くなりますが、以前このような事があったのです。
姫様が後宮でお付きの雑司女に命を狙われたのです。
幸い事無きを得ましたが、その雑司女の選定の責任を取らされ、私の大切な……命の次に大切な、いや命よりも大切な収集品の数々を家内に取り上げられてしまったのです。
……くっ」
「何て残酷な!
秋田殿はどうされたのですか?
離縁したのですか?
それとも力の限りひっぱ叩いたとか?!」
「その時に姫様に言われたのです。
『結婚は人生の陵墓だ』と」
「何と……真理ではないか。
これほど心を揺さぶる言葉はそうは無い。
本当にかぐや殿は独り身なのか?」
「その時に、私は思ったのです。
姫のいた世界とは、極めて高度な精神世界の上に成り立っていたのだと」
「私も同意しよう。
私なら、同じことがあったら耐えられん。
秋田殿はその道の第一人者なのであろう。
身を削られる思いではなかったのか?」
「その第一人者の地位すら姫様に剥奪されたのです」
「何故!?」
「姫様は飛鳥一帯の寺社の関係者で知らぬ者はいない程、有名なのです。
衆人の前で神を地上へと降ろし、名を馳せたのです。
その神降ろしの巫女が、帝の紹介状を持って方々の寺社を周るのですよ。
気に入られたい者達は、挙って姫様が喜ぶ物を寄進するのです。
一介の収集家には太刀打ちなぞ出来ません」
「……恐ろしい」
「しかもその収集品を後宮の中で複写して、回覧したのだそうです。
誰しもが第一人者を姫様と思わざるを得ないでしょう。
私のちっぽけな誇りなぞ吹き飛んでしまいました」
「……信じられん。
趣味とは個人としては愉しむものであり、誰にも知られず、孤高である事に愉悦を感じるものではないのか?
それを帝のお膝元で公にするなぞ、狂気の沙汰としか思えぬ。
やはりかぐや殿は危険な存在なのでは?」
「危険なほど感性が違うのだと思います。
姫様は我々とは異なる基準、価値観、倫理感の世界から来られたのではないと思うのですよ。
でなければ、あの破天荒な行動を説明する事が出来ません」
「なるほど。
聞けば聞くほど、心に深い闇を宿した女子のようですな。
私が感じる違和感の正体が分かった様な気がします。
で、その元居た世界とは何処にあるのだろうか?
ご存知ですか?」
「あ、いえ、全然知りません。
月の都から来たと言われても私は信じますが、怖くて聞けません。
何でしたら村国殿がお尋ねになっては如何でしょう?」
「いや、秋田殿はかぐや殿の名付け親と聞きました。
つまりは親も同然。
秋田殿がお尋ねになっては?」
「いやいや、私は姫様をそっとして差し上げたいのです。
決して自分の生え際が大切だからと嫌がっているわけではござらぬ。
疑問を感じた村国殿こそ聞くべきです」
「いやいやいや、かぐや殿の敏感な事を聞くには私はガサツ過ぎる。
長年の付き合いがある秋田殿なら、真綿で包み込む様、優しく丁寧に聞けるであろう」
「いやいやいやいや、私はあと三十年はフサフサでいたいのです。
それで無くとも娘の視線が最近冷たいのです。
村国殿こそ独り身なのでしょう。
是非、村国殿が!」
「いやいやいやいやいや、既婚者の秋田殿こそお尋ねになるべきだ。
髪の毛があろうと無かろうともう宜しいじゃないですか。
もし私が禿げ頭になったら、独り身が禿げ頭になったのでは無くて、禿げ頭だから独り身なのだと言われるのですよ」
「いやいやいやいやいやいや……」
【天の声】この下らない言い争いは深夜まで延々と続くのであった。




