かぐや、未来について語る・・・(1)
『わたしわみののかがみはらにきょてんをかまえました
きたるべきひにそなえてちからをたくわえます
ひとつおねがいがあります
むらくにおよりをとねりにごとうようねがいます
かならずおおきなせんりょくになるでしょう』
(私は美濃の各務原に拠点を構えました。
来るべき日に備えて力を蓄えます。
一つお願いが御座います。
村国男依を舎人にご登用願います。
必ず大きな戦力になるでしょう)
「これで村国様も大海人皇子様に仕える舎人ですね」
鸕野様に宛てた暗号を記した木簡を手に、村国様に語りかけました。
「私などが会った事のない皇子様の舎人になって宜しいのだろうか?」
「普通に考えればあり得ないでしょう。
御行クンは何年も下働きして、ようやく認められましたし、私が皇子様の舎人になったのは中臣鎌足様のご推挙があったからです」
「中臣鎌足様って……あの内臣の?」
「はい、幼い時から存じております。
ですが親しいというには畏れ多いお方ですね」
中臣様とは与志古様のご出産の時以来、会っていませんね。
まだ飛鳥に残って執務をされているのでしょう。
そしておそらくは宇麻乃様が仰っていた『雇用主』なのでしょう。
中大兄皇子の力を知った宇麻乃様が、私を雇用主には会わせられないと言ったのはおそらくは中臣様を案じての事。
私の薄らボヤーっとした記憶では、古代最大の内戦となる壬申の乱では中臣鎌足様の名は無かったはず。
つまりはそうゆう事なのでしょう。
出来ればお会いしてお礼を申し上げたいのですが、中大兄皇子の未来視に引っ掛かってしまいますので、叶う事は無さそうです。
「本当に大丈夫なのかね?」
大海人皇子様の人となりを存じない村国様は少し不安げです。
「ダメで元々です。
少なくとも村国様が皇子様に味方するという意思をお示しになるだけで、だいぶ違いますから。
それに宇麻乃様と秋田様のご推挙があるなら、その実力は疑うべくもないでしょう。
ご活躍を期待しております」
「おいおい、変に持ち上げないでくれよ。
そんな重大な責任は負えないから」
「残念ですが、ここは敵陣の目と鼻の先なんです。
村国様の活躍次第で戦局を左右する事になるだろうと思います」
「ちょっと待ってくれ。
どうして美濃が敵陣のすぐ近くなんだ?」
「そうですね。
私が知る未来を、差し障りのない範囲でお教えしましょうか。
秋田様と御行クンにも声を掛けましょう」
「ああ、そうしようか。
何だか胃が痛くなってきたよ」
「その時はお声掛け下さい。
スッキリと治して差し上げます」
社会人の標準装備品、漢方医学に基づく胃腸薬の光の玉を処方しますから。
それとも、パンツがシロい胃腸薬が良いかな?
♪ パン、パン、パン ♪
【天の声】クレームが来るぞ!
◇◇◇◇◇
「姫様、何やら重大なお話があるとか?」
「重大と言えば重大です。
来るべき未来について、私が知る範囲でお教えしようと思いまして」
「そう言えば、以前姫様は未来の話をしましたね。
確かこう言ったんでしたっけ?
『向こう十年、国の内外で大きな衝突があります。
その結果、人々は疲弊し不満が噴出します。
その不満を拾い集めた方が真の指導者となりこの国を導くでしょう』と。
正にその言葉が現実のものになろうとしています。
私は姫様の言葉を切っ掛けにして、中大兄皇子について調べ、実は中大兄皇子は舒明帝の実の子ではないかも知れぬ事を突き止めたのでした」
(※第227話『讃岐で過ごす年末年始(1)』、第325話『漢皇子』ご参照)
「少し待ってくれ。
それこそ大事ではないか。
それは誠か?」
村国様が抗議するかの様に質問を投げ掛けます。
待て待てって、私はわんちゃんですか?
「私が保証しましょう。
生みの親である斉明帝から直接伺いました」
「では、中大兄皇子が暴走しているのもそのせいか?」
「おそらくはそうでしょう。
斉明帝は深く後悔されていました。
本来の自分、漢皇子ではなく、夭折した葛城皇子としての人生を歩んでしまったがため、自身の血に疑いを持ってしまっている事。
その劣等感が弟の大海人に向かってしまっている事。
いつしか大王の血を全て自分に染める事が目的になってしまった事を」
「しかしそれだけで、何万もの兵士を死地にむかわせるのか?」
「私もそう思いました。
ですが、舒明帝の嫡男であるため、叔父である孝徳帝や実の父親に連なる親戚縁者から命を狙われて、疲弊した心の隙を天津甕星様に漬け込まれたのではないかと私は推測しています」
「何にせよ、中大兄皇子の心の闇は深そうだな。
かぐや殿が言いたかったのはその事かな?」
「いえ、もっと切実な事です。
この先、中大兄皇子は即位し、帝となります。
そして近江に都を移すのです」
「近江だって?
本当に目と鼻の先じゃないか!?
美濃が戦場になってしまう」
「兵法の最上の策は戦わずして勝つ事ですよね?
村国様には期待しております」
「何てこったい」
「姫様、何故近江になんか都を移すのですか?」
「正直言って分かりません。
百済への出兵が失敗する事と何か関わりがあるかも知れません」
「まあ、ない事も無いか。
百済の戦に負けると言うことは唐と戦うと言うことだ。
唐が反撃のために大軍を率いて攻め込んでくるなら、難波はあっという間に蹂躙されるだろうし、飛鳥も危うい。
なれば更に奥地へと都を移す事は吝かではない。
最悪、船を率いて逃げる事ができる。
よもや唐の軍勢が難波津から船を運んで、水軍戦を挑むはずはないからね」
村国様のフォローが入ります。
「それでは大海人皇子様は美濃に籠り、姫様と合流するのでしょうか?」
「申し訳御座いません。
戦の詳細は知らないのです。
確か……開戦の時、大海人皇子様は吉野に居るはずです。
命を狙われそうになったところを命辛々脱出して、吉野に入ったと思います」
「吉野か……それならば、迂回して美濃に来れるかも知れないな」
「ですが、そうすると中大兄皇子の未来視に引っ掛かってしまうかも知れません。
慎重に計画を練って準備をしなければなりません」
「それはいつの事か分かりますか?」
「まだ十分に猶予があるはずです。
少なくともここ二、三年の事ではありません。
しかし不安要素と言いますか、懸念すべき点があります」
「懸念?」
「はい、私が知る未来では戦の時に中大兄皇子は亡くなられて、息子の大友皇子との戦になるはずなのです」
「つまり息子の大友皇子が大海人皇子の命を狙うのですか?」
「そうゆう事になります」
「秋田殿、大友皇子とはそれ程までに野心の強い皇子なのか?」
「私も伝聞でしか存じていませんが、概して良い評判しか耳にしません。
まだまだ幼いという事を鑑みても、叔父の命を狙うなんて考え難い。
少なくとも中大兄皇子亡き後、継承権は皇弟となる大海人皇子にあるはずだ(※)。
どれくらい先の話になるのか分かりませんが、大友皇子が帝になれる適齢まであと二十年は待たなければならないでしょう」
(※作者注:この当時の後継者の優先度は嫡男よりも兄弟にあった)
「そうなんです。
私が知る未来とは、後に伝え聞かされる搾りかすの様な話なのです。
記録に何かしらの改ざんがあったとしても不思議ではありません」
「いきなり頼りない話になったねえ」
「申し訳ありません」
「いや、姫様が謝る事ではないですよ」
「そうだね。
少し意地悪だった。
私こそすまない。
むしろ我々の行動にのり代があるという事でもある訳だ。
我々の行動次第で未来は変えられると前向きに考えよう」
「そう言って下さいますと気が楽になります」
「念の為、かぐや殿が知っているという未来について、今後検証しよう。
どれくらい当たっていてどれくらい外れているか。
流石に全て外れていたら、根本から考え直さなければならないかもね」
「頑張ってみます」
日本書紀の記述の正確性は私も知りたいところですが、どうなんでしょう?
(つづきます)
日本書紀に書かれた内容は、有力な氏族に配慮した結果の賜物なので、かなりの部分改ざんが行われたみたいです。
特に藤原不比等はかなり改変したみたいです。




