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平仮名の授業

何故か小学一年生の国語の授業に……。

(前話のあらすじ)

 秋田様と村国様の対談(ディベート)の末に、村国様は専横を極める中大兄皇子に対峙する決意を致しました。

 私は竹藪で金を掘り当てて、支援者(スポンサー)として後押しします。

 しかし敵はあまりにも強大です。

 まず何から手をつければ良いのか……。


 ◇◇◇◇◇


「取り敢えず当面の目標ができたわけですが、私も聞きたいことがあるので伺っても宜しいでしょうか」


 話が途切れた所を見計らって、秋田様から提案がありました。


「伺いたい事とは?」


「いえ、私はここに来るまで何の情報も頂けなかったので、これまで姫様に何があったのか全く知らずにいるのです。

 ですから、まずそれを教えて頂きたい」


「そういえばそうでしたね。

 それではかぐや殿、秋田殿に教えて差し上げてください。

 その間に私は温かい飲み物でも用意しましょう」


 御行クンも村国様と一緒に台所へと行きました。

 部屋には秋田様と私の二人きりです。

 こんなにドキドキしない二人きりとは……。


「姫様、筑紫では大変なことがあったと聞き及んでおりいます。

 斉明帝がご崩御されたということは、姫様もさぞ大変だったのだとお察しします。

 一体どの様な事があったのか教えて下さいませんか?」


「まず何から話せば良いのかすら分からないくらい、たくさんの事がありました。

 秋田様は、一昨年攻め滅ぼされてしまった百済を支援しようと、中大兄皇子が中心となって国を挙げて兵士を送り込んでいる事はご存知ですよね?」


「ええ、存じております。

 姫様だから申し上げますが、昨今稀に見る愚策かと思います」


「……そうですね。

 何故、そうなったのか。

 何故、帝がご崩御されたのか。

 何故私が美濃の地まで流れ着いて、隠れるようになったのか。

 ここに至るまでの出来事を、昨年の飛鳥を出立してからの出来事を順を追ってお話しします」


「はい、お願いします」


 その後、話は一時間以上にも及びました。

 秋田様の激昂、困惑、哀泣、様々な表情をし、聞き入って下さいました。


 ◇◇◇◇◇


「はぁ〜……。

 何と申しますか、とんでも無い事になりましたね。

 皇兄(こうけい)が……、中大兄皇子がまさかその様な事を企んでいたとは。

 ……いや、それよりも姫様だけではなく中大兄皇子までもが神の御技を使うとなると、これから先どの様な事が引き起こされるのかを考えると背筋が凍る思いがします」


 ひとしきり私の話を聞いた秋田様は、深いため息と共に今後の不安を口にしました。

 途中から話に加わった村国様も神妙な顔つきです。

 御行クンは……まあいっか。


「最も厄介だと思われる事は、常に中大兄皇子に見張られているという事です。

 例えば、もし大海人皇子様が兵の準備をしただけで、どんなに離れようと、如何に隠そうとしても、知られてしまうのです」


「そうゆう事ですね。

 だからこそ、物部宇麻乃殿は村国殿に姫様を紹介したのでしょう」


「つまり……ここ、村国様のお屋敷が反乱軍(レジスタンス)の砦という事ですか?」


「そこまでは申しませんが、重要拠点である事に違いはないでしょう。

 大切なのは、我々が大海人皇子様をご支援するのであれば、何らかの形で連携を取る事です。

 大海人皇子様は今の姫様の状況をご存知なのですか?」


「おそらくは。

 ここへ来る途中、御行クンが大伴氏を経由して鸕野皇女様に暗号文をお渡ししました。

 鸕野様でしたら私が美濃へ向かった事や、中大兄皇子の力について、暗号を解読して理解したはずです。

 そして何らかの形で大海人皇子様にお伝えしているはずです」


「一年以上鸕野様の教育係をやっていた姫様だからこそ、ですね」


 横に居る御行クンも大きく頷いています。

 でもドヤ顔はヤメテ。


「私が教えたというより、鸕野様の優秀さを知っているからです。

 ハッキリ申しまして卓越した技量の持ち主です」


「凄い入れ込み様だね」


「はい。もし中大兄皇子の企む通りになってしまうと、鸕野様が帝に即位される未来も消えてしまうのです」


「それほど迄に重要人物なんですか?!」


「ええ、それを知っているからこそ、私は惜しげもなく鸕野様に全てをお教えしました。

 私の正体もです」


「確かに鸕野様もかぐや様の事を大層ご信頼されていました。

 お互いに深く信頼し合ってられるのですね」


 御行クンも前のめりに同意してくれます。

 だからドヤ顔ヤメレ。


「かぐや殿、その暗号とはどの様なものなんですか?」


 村国様が興味深げに聞いてきます。

 兵法好き(ミリオタ)としては捨ておけないのでしょう。


「数日で覚えられるものです。

 とても簡単ですよ」


 私はそう言って、木の切れ端と筆を借りて、五十音順に平仮名を並べました。


「あいうえお、この五つが母音と呼ばれる(おん)です。

 そして、カ行、サ行、タ行、のそれぞれの子音毎に並べます。

 これで五十音の出来上がりです」


「なるほど、しかしこれでは全部ではない気がします。

『が』とか『ば』が含まれていないのでは?」


 秋田様が蔵書家らしい指摘をしてくれます。


「次は濁音、濁った音を並べます。

 右上に点々をくっ付けます。

 ただし、母音とナ行、マ行、ラ行、ヤ行、そして『ん』には濁音はありません」


「これで全部……ではない様な気がするな」


「まだまだですよ、村国様。

 次は半濁音、唇を破裂させる様な音です。

 ぱぴぷぺぽ、がそれです。

 右上に小さな丸をくっ付けます」


「まだ他にもあるのですか?」


 御行クンが弱音を吐きます。

 ごめんね、まだまだあるの。


「次は拗音(ようおん)、小さな『や』、『ゆ』、『よ』を後にくっ付けます。

 きゃ、きゅ、きょ、ぴゃ、ぴゅ、ぴょ、にゃ、にゅ、にょ、という感じです」


「慣れが必要だけど、規則があるのが良いね」


 軍事家らしい村国様の意見です。


「これで最後です。

 促音そくおん、小さな『つ』を後ろにくっ付けます。

『くころ』の『く』と『こ』の間に小さな『っ』が入ると、『くっころ』と読む訳です」


「姫様、『くっころ』とはどの様な意味ですか?」


「薄い書に必要な言葉(スラング)です」


「なるほど、分かりました」


 え、分かったの?


「かぐや殿、これは本当に素晴らしい。

 分からぬ者には梵字の類いにしか見えない。

 しかし、解る者には明瞭かつ事細かに伝える事が出来る。

 しかも覚え易い」


 それはそうでしょう。

 長きに渡って日本人が完成させた日本語のための文字ですから。

 漢字よりも日本語に向いている文字です。


「私としましてはこのまま日常使いにしたいくらいです。

 字が柔らかく美しいと感じます」


 秋田様は平仮名そのものに文学的な価値を見出しているみたいです。


「しかしこれはあくまで暗号です。

 日常に使うにであれば、(たいりく)から伝えられた文字(かんじ)を組み合わせて使いますと、より分かり易い文章になります。

 私達の言葉って、同じ言葉なのに全然違う意味の言葉が沢山あります。

 それを区別出来るのです」


「かぐや様、その様な言葉ってたくさんありますか?」


「意識していないだけで、意外にたくさんありますよ。

 例えば、橋(→)と端(↑)と箸(↓)、字が違いますよね?

 でもこの三つは平仮名にすると同じ字になります。 

 元々向こうから伝わった文字は表意文字、つまり一文字一文字に意味があるのです。

 この平仮名は表音文字、つまり読み方を示しています。

 正しい意味を伝えるという面では、唐から伝わった文字(かんじ)は大変優れています。

 その二つを組み合わせれば、私達の言葉に合った文字が出来上がるはずです」


「確かにそうですね。

 普段当たり前だと思っている事も、見方を変えるとこんなにも違って見えるものなのですね」


 感心する事しきりの御行クン。

 そんな大層な話ではありませんが、言語学が確立していない古代では新発見なのでしょうね。


「とりあえず、この平仮名は我々も使いこなせる様になりましょう。

 意識して使えば数日で覚えらそうです。

 これならば大海人皇子様との連絡に使えそうだ」


 いよいよ村国様も中大兄皇子(マオウ)退治に前向きになってきました。



(つづきます)

しばしば漢字が不要という意見を目にします。

でもやはり漢字と平仮名、片仮名の組み合わせによる日本語は良いなと作者は思っています。

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