秋田 vs 村国 ・・・(1)
ディスカッション回です。
……議論に抜けがあるような気がしてなりません。
(´・ω・`)ショボン
久しぶりに会った秋田様は少しお年を召していて、てっぺんが寂しくなり始めていました。
男性ホルモンが多過ぎるからでしょうか?
遠路はるばるお越し下さったお礼に秋田様の髪の毛(特にてっぺん)を復活して差し上げました。
フサフサになった秋田様、いよいよ村国様との勝負が始まります。
ファイッ!
◇◇◇◇◇
「改めて……、
忌部で萬事の調査を担当しております御室戸忌部秋田と申します」
「こちらこそ、各務の地で小さな里を治めている村国男依と申します。
遠い所をわざわざお越し頂き、感謝致します」
「いえ、礼を言いたいのは私の方です。
姫様を保護して頂き、感謝の念に絶えません。
姫様の師として、姫様を天女と崇める忌部の一員として、古くからの友人として、幸甚の極みに御座います」
先ずは静かな立ち上がりです。
「忌部氏はかぐや殿をいつから天女として崇めているのですか?」
「姫様が八つの時……、先代の氏上様が御在命だった頃からです。
これが何年前か言ってしまうと後が怖いので勘弁して下さい」
「ははは、分かりました。
かぐや殿は摩訶不思議な御技を持っているが、もちろんそれはご存知で?」
「ええ、もちろんです。
しかしそれだけで天女と崇める程、忌部の底は浅く御座いません」
「と、言うと?」
「人智を超えた知識と、博愛の精神。
仏教で言う慈悲、儒教で言う仁の心をお持ちの方です。
それなのに決して驕らず、飾らないお人柄に誰もが惹かれずにはいられないのです。
先代の氏上様も当代の氏上様も、そして私もです」
それって誰の事ですか?
私じゃないよ、人違いじゃない?
「先代の忌部氏の氏上と申しますと……子麻呂様ですかな?」
「左様です」
「美濃にもお越し頂いたことがあり(※)、とても徳の高い御仁とお見受けしました。
一方で政に対する欲が希薄な方とお見受けしましたが、その通りでしょうか?」
(※第57話『七夕祭り』参照、日本書紀にもその様に記されております)
「神事を通して国家に寄与する事を旨とする。
子麻呂殿は忌部の教えを体現された方でした」
「申し訳ないのだが、私はこの現世とは人のためにあり、神が居なくとも何も変わらぬと考える不届き者です。
故に神を信じず、神を崇める事は致しません。
秋田殿はその様な考えをどう思われますか?」
「そうですね。……気の毒な方と思います」
「気の毒? ……私が?
それは一体何故でしょう?」
何気に不穏な空気になってきました。
「神が居ても居なくても変わらないのなら、どうして信じるという選択をしないのでしょうか?
私はそれが気の毒に思えるのですよ」
「信じないと気の毒なのですか?」
「はい。だって寂しいではないですか。
現世は辛いことが多過ぎるのです。
その辛さを誰に押し付ければ良いのですか?
私達の神々はとても世俗にまみれており、如何なる者も受け入れてくれるのです。
良いことがあれば神のおかげ、悪いことがあれば神のせい。
私は我が国の神が寛容である事に誇りを持っております」
「我が国と申しますと、他は違うのですか?」
「国によって様々です。
厳しい修行を課す教えもあれば、膨大な寄進を要求する神もある。
贄を強制する神もあるそうです」
「かぐや殿、少し良いかな?
秋田殿の話は本当かな?」
え? 私に飛び火?
「大方はその通りです。
仏教一つとりましても、開祖である釈尊が悟りを開かれてから千年以上が経っております。
その間に様々な宗派が出来、同じ教えでありながらその解釈は様々です。
更に西には唯一無二の絶対の神を信じる国があり、他の宗教を邪教として排斥する事すらあるそうです。
それに比べますと、我が国の神とはとても寛容で居心地が良いと思っております」
「では仏教は我が国には根付かないという事かな?」
「いえ、根付きます。
我が国の神は八百万の神と言われております。
実際の数ではありませんが非常に多い事に変わりはありません。
そこへ仏教が加わり、境界が曖昧になるだけです。
仏教の教え、規律、知恵、道徳、などは我が国の神の伝承には無いものです。
それらを取り込むことで我が国独特の文化を生み出すでしょう。
逆に唯一絶対神を信仰する宗教は根付き難いと思います」
「まるで見てきたように言うね」
「はい」
その通りですから。
「秋田殿、私がどうしてこのような事を尋ねたのかと言うと、かぐや殿の話が神託ありきの話に聞こえるのだよ。
今の政が尋常でないことは疑いの余地はない。
しかしそこに神が入り込むことに強い違和感があって、敢えて聞いてみたわけだ。
故にかぐや殿の神託を疑うところから議論を始めるべきかと考えている」
「つまり姫様が神の使いでも天女でもないと……?」
「それはどちらでもいい。
重要なのは神託が正しいかどうかだ」
「なるほど……。
姫様、私はその神託を存じません。
姫様が授かったという神託を教えて下さい」
「はい、先日、月詠尊様の御使いから神託を承りました。
その神託とは中大兄皇子の暴走を止め、加護を与えた天津甕星様の企みを阻止せよとの事です。
中大兄皇子が暴走した先にあるのは、来るべき未来の消滅です。
大海人皇子が即位して帝となり我が国の神話の策定事業を推し進めるのですが、中大兄皇子、敷いては天津甕星様はその未来を消そうとしているのです」
「何故、それがそんなに大事なのかが私には理解が追い付かないのだよ」
「これも神託の一つですが……
我が国の過去、現在、未来において、今この時はこの国の在り方の根本が形成されんとする重要な時を迎えているのです。
天津甕星様はこの国家の創世そのものを歪めるつもりです。
その野望を阻止するために、私はこの世界に送り込まれたのだそうです」
「そうだったのですか?」
秋田様がビックリしております。
「はい、私も初めて知りました。
酷いと思いませんか?」
「いや……、でもそれは姫様にしかできない事では?」
「私はここに来るまで平凡な人生を歩んでいたのですよ。
突然送り込まれて、神と戦えってあんまりですよ」
「そうは言いましても我々の手に負える相手ではありませんから、お願いしますよ」
「御使いの人が言うには戦うだけの力を与えたというのですが、相手には力だけでなく権力もあるのです。
勝ち目ありますか?」
「まあまあまあ、二人とも少し落ち着いて」
私と秋田様の雑談が横道に逸れてきたのを見て、村国様のストップが掛かりました。
「村国様はこんな話はどうでも宜しいと思われるのですか?」
「どうでもよくはないよね。
事実、かぐや殿が言った通り中大兄皇子には権力がある。
その権力の使い方次第で、多くの人が不幸になる事は、さしもの私も黙って見ていられない」
「では村国殿はどうされたいと考えてますか?」
「かぐや殿から受け取った宇麻乃殿からの便りにあったのだ。
『私にかぐや殿を託し、彼に代わって物部の使命を果たして欲しい』とな。
元々は村国は始祖を同じくする物部の流れを汲むものだった。
物部の使命が何たるかは私も知っている。
秋田殿が忌部の使命を帯びているのと同じようにね。
だからこそ、権力が暴走することを座して見捨てることは出来ない。
力になりたいと思っているし、そのためには心から納得せねばならないんだ」
つまり私からのお願いというより、宇麻乃様の遺言が大事という事かな?
「たしかに兵法において村国殿の後押しがあれば、劣勢にあっても戦で勝機を見出すことが出来るでしょう。
味方であればこの上なく頼もしい御方です」
村国様への思わぬ高評価を聞いてビックリです。
「そうなんですか?」
「姫様は知らなかったんですか?」
「ええ、兵法の書をよく読まれる方とは思いましたが、剣などは全く振りませんので趣味程度に書を読まれているとばかり……」
「我が国にある兵法の書の半分が村国殿の蔵書だと噂される方です。
この道では第一人者と目されております」
「いや、それは大袈裟でしょう。
田舎で書を親しむ単なる暇人ですよ」
村国様のご謙遜が、逆にますます本当っぽい感じがします。
ならば私も覚悟を決めましょう。
「それならば、神託はひとまず置いておいて。
まずは私が村国様のお手伝いをしましょう。
兵法だけでは皇兄である中大兄皇子に対抗は出来ませんでしょう。
私にはそれを後押し出来る秘策があります」
「姫様、それは変ではないですか?」
「どうしてです?」
「本来、姫様が戦うべき戦ですよね?
それを村国殿に丸投げするんですか?」
「そうとも言えますし、少し違います。
中大兄皇子の武器は、神より与えられし『力』と、中大兄皇子の生まれ持った『権力』です。
前者は私でも対抗できますが、後者は相手になりません。
そもそも神託がある前から大海人皇子の手助けをすると申していたのです。
しかしその頼みの綱である大海人皇子は中大兄皇子に見張られていて自由に動けません。
ですからそれを村国様に託したいのです」
「村国殿に何の得があるのですか?」
「得が必要でしたら用意しますよ」
黄金なら竹林に行けば手に入りますから。
「いや、見返りは要らない。
聞いた限り君達の話に偽りは無さそうだ。
神託云々はともかく、かぐや殿自身は信じられる方だと思っている。
それに敵は皇兄だ。
私が蓄えた知識をぶつける相手として不足は無い。
しかし足りない物ばかりなのも事実だ。
色々と考えなければならないよね」
まだまだ考えなければならない事はいっぱいありそうです。
(つづきます)
11/21 7:15 大幅修正が入りました。
一晩寝かせてみますと、ディスカッションの粗が目立ちます。




