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村国様との話し合い……(2)

前話の続きです。

久しぶりの白村江のネタなので、復習を兼ねて御行クンの口を借りておさらいします。

「そしてもう一つ、百済への出兵の真実を知ってしまったからです」

「百済への出兵に真実? 一体どうゆう事なんだ?」


 村国様とのお話し合い。

 予想を超えた話の内容に村国様はただ驚くばかりです。

 私も中大兄皇子も神の使いだし、その神の使いを敵に回しているし、実は斉明帝が非業の死を遂げていたという事実。

 そして更にもう一つ、百済遠征の真実について話さねばなりません。

 すると……


「かぐや様、宜しいでしょうか?」


 横に居る御行クンから発言がありました。


「何でしょう?」


「私が住吉に立ち寄った際、百済での状況について詳しく聞いて来ました。

 それをご報告致しましょうか?」


「それは助かります。

 お願い、聞かせて」


「はっ、では順を追ってご説明します。

 百済の王、義慈王ぎじおうが新羅に降伏し、百済が滅亡したのは一昨年の七月。

 亡国となった百済の将、鬼室福信きしつふくしん殿から我が国に救援と、百済の王子、余豊璋(よほうしょう)殿の帰還の要請があり、皇太子だった中大兄皇子様が率先してこれを許諾しました。

 昨年正月、斉明帝を始めとしたご一行は難波津を出港し、各地を経由して筑紫の国へ入りましたのは五月。

 先程、かぐや様が申された斉明帝の崩御が七月、表向きは急病によるものとされています。

 同月、余豊璋(よほうしょう)殿を乗せた第一陣、約八千の兵と共に百済へと向かいました。

 その後、更に約1万の追加派兵がありましたが、彼らの行き先は高句麗だった模様です。

 新羅に抑留する唐の攻勢に耐えかねた高句麗からに要請によるもので、主に筑紫から兵士が派遣されたそうです。

 そして今年。

 まもなく本隊となる第二陣が百済へと向かう模様です。

 規模は約三万。筑紫を始め各地から集められた兵士が集結している模様です。

 阿部引田比羅夫様も将として参戦する模様です」


「比羅夫様はまだ出発されていなかったのですか?

 飛鳥の出陣式では参列されていましたから、既に行ってしまわれたと思っていました」


「阿部引田比羅夫様は昨年、蝦夷地の平定の任に当たられていたみたいです。

 亡き斉明帝の強い要請があったと聞きました」


 そうだったんだ……もしかしたら斉明帝は出来るだけ百済から遠ざけようとされたのかも知れませんね。


「御行殿、戦況がどうなっているかは聞いているかい?」


「あまり詳しい話は伝わってきませんが、芳しくない模様です。

 百済の将だった鬼室福信きしつふくしん殿や黒歯常之こくし じょうし殿らが決起した際には二十もの城が呼応したそうです。

 しかし実際にはすぐに鎮圧され、反抗した者達は皆、惨殺されたと聞きます。

 今のところ、小規模な遊撃ゲリラ戦にて均衡を保っておりますが、戦うべく敵が同じ百済の者らであり、敵勢力を削るには至っていないういう指摘があります。

 この状況を打開せんがため、余豊璋(よほうしょう)殿を即位させ、新しい百済王の元に国を再興するつもりでいるみたいです」


「敵が同じ百済とはなんですか?」


 思わず心に浮かんだ疑問を質問してしまいました。


「私から説明しよう。

 唐や韓では早々に降伏することで、相手の家臣として取り入れられることが多いんだ。

 またそれを受け入れることで、無益な争いを避け降伏を促したり、有能な人材を活用するという側面もある」


 将棋のルールみたいに取った相手の駒を自分の駒に出来るようなものなのかな?


「それでは、状況は悪化する一方ではないのですか?」


「その通りだね。

 だから旗印が必要なのだろう。

 亡国の遺臣では人材は集まらないからね」


「今の御行クンのお話を聞く限り村国様から見て、勝てる見込みは御座いますか?」


「うーん、敵の数が分らないから判断は難しいけど、弱者の戦いを続けるのなら勝機はあるかもしれないね」


「弱者の戦い……ですか?」


「そう、兵法には相手が手ごわい場合、あるいは劣勢の場合でも、戦い様はあると記されているんだ。

 兵站を潰したり、間諜を使って内部を混乱させたりするなど、打つ手は様々だ。

 先程の御行殿の話を聞く限り、鬼室福信きしつふくしん殿はそれを実践しているのだろうね」


「もし正面から戦えばどうなります?」


「それは話にならないだろう。

 唐の将軍は兵法に精通している。

 兵士は高句麗との戦いで練度が高い。

 地の利は相手にあるだろう。

 数はおそらく向こうが上だろうね。

 船で海を渡った兵士の数に対して唐が後れを取るとは思えない。

 そもそもそんな愚かな戦いを挑むなんてあり得ない」


「そうですね。

 しかし、戦いの結末は正にそれなんです」


 私の言葉に村国様の表情が固まります。

 よほど意外だったみたいです。


「……それはかぐやさんの御業かな?」


「それもありますが、中大兄皇子はそれを目的として百済へ兵士達を送り込んでいるのです」


「それというのは……愚かな戦いを挑む事、なのか?」


「はい、此度の百済へと送られる兵士の大半は筑紫を始めとした、元々は大和と相対していた国の者達です。

 彼らの命を百済の地で擦り減らすことで、大和朝の支配領域を拡大させるつもりなのです」


「まさか……、いやそれはあり得る。

 冷静に考えれば、百済のために兵士達を送り込む必要はない。

 どこか不自然だった。

 だが、そう考えるとこの無謀な出兵も頷ける。

 説明がついてしまう。

 念のため聞いておきたいが、その話は確かなのかい?」


「はい、朝倉宮で本人が自慢げにお話し下さいました」


「そうなんだ。 ……はぁ~」


 すごく落胆したした様子です。


「正直言って、あまりの醜聞ぶりに嫌気がさしてきたよ。

 かぐやさんはこの先どうしていこうと考えているのかな?」


「ここから先は、まだ誰にも申し上げていない事です。

 裏付けもありません。

 ただ、神託があったというだけの話です。

 なので信じるか信じないかは村国様にお任せいたします」


「神託……そんなものまであるのか?」


「ええ、月詠尊つくよみのみこと様の御使いからの話です。

 御行クンに助けられた日に現れました。

 その神託とは……中大兄皇子は未来を書き換えるつもりなのです」


「未来を書き換える?

 何ですかそれは!?」


 本日二回目の村国様の驚愕の表情です。

 御行クンはというと、意外にも落ち着いています。


「来るべき未来……それは大海人皇子が中大兄皇子の息子である大津皇子と後継者を巡り大きな戦が起こり、その結果、勝利した大海人皇子が即位して帝となる事です。

 中大兄皇子はその未来を消そうとしているとの事です」


「ずいぶんと明瞭な未来だね。

 だけど、未来を変えるという発想に私はついて行けないんだが……」


「さもありなんですね。

 その説明はすごく難しいのです」


「未来とは自分の手で作るものなのだろう。

 そうすることが罪なのか? ……と思うのだけど」


「ですが神より与えられた未来を見る力を使って、自分の都合の良い未来を捏造することは正しいとは思えません。

 現に数万にも及ぶ被害者が出ようとしているのです」


「御行殿はどう思うかい?」


「私はかぐや様のお考えに是非もありません」


 御行クンの即答に村国様は頭を抱えてしまいました。


「そう、神が仰ることが正しいかというところから議論が始まるね。

 中大兄皇子が目指す政が間違っているのか、私には分からない。

 その手段には賛同は出来ないのは違いない。

 しかし、中大兄皇子に取って代わって大海人皇子が即位して帝となる事が是であるのか?

 その辺について、かぐやさんはどう思っているかな?」


「私は既に中大兄皇子に敵対してしまってますので、許されるとは思えません。

 このまま逃げるか、戦うか、その二つしかないのです。

 それに私は元々は大海人皇子の舎人でした。

 そのお人柄は是非とも手助けをしたくなる程の人徳が御座います。

 故に私は皇子様と約束しました。

 その時が来たらお助け致します、と」


「では何故神はかぐやさんに神託を下したんだい?

 神は神で争っているのかな?」


「中大兄皇子に加護を与えました天津甕星あまつみかぼし様は星を司る神ですが、天照大神あまてらすおおみかみ様が照らす明るい空であっても光を失わない不服従の神と申しておりました。

 なのでそうゆう側面は否定できません。

 しかし滅ぼすつもりは無いとも仰っておりました」


「滅ぼさずにどうするんだい?」


「将来、大海人皇子の遺す功績の一つに我が国の神話の策定があります。

 神話に神々の名を遺す事で、信仰の対象から外れ廃れる神を一柱たりとも無くしたいとお考えでした」


「なるほどね。

 確かに辻褄は会う。

 しかし話が広大過ぎて全て理解したとは言い難い。

 少し考えさせてくれないか?」


「はい、熟慮が必要な事だと思います」


 とりあえず伝えたい事は全て伝えたと思います。

 後は村国様のお考え次第ですね。



後の白村江の戦いで唐・新羅連合軍の水軍の将に扶余隆ふよりゅうの名がありますが、彼は扶余豊璋(ふよほうしょう)の兄です。

文中に出てきた百済の将軍・黒歯常之こくし じょうしもまた白村江の後、投降して唐の将軍として名を馳せました。

日本人的には節操のない蝙蝠みたいな人物に思えますが、人材をすり減らさないという点では合理的なのかも知れません。

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