村国様との話し合い……(1)
美濃にきて早ひと月。
村国様について分かった事は、各務原の小さな里を治める小領主である事。
そして言葉の端端に論理的思考と卓越した知識を持っていらっしゃる事。
今の所、武芸の腕が如何程かは分かりません。
木剣ではなく鍬を持つ姿しか見た事がありませんので。
時々思い出したかの様に村国様から質問をされる事がありますが、決して根掘り葉掘り聞くような事はされませんでした。
そして私も、未だに物部宇麻乃様が村国様をご推挙した理由が分からずにおります。
◇◇◇◇◇
「かぐや殿、もうそろそろ不破道も雪が解けて通れる様になったと思う。
一度国許へ戻ってみるかな?」
不意に村上様からの提案がありました。
これって暗に出て行って下さいと言われているのかな?
「申し訳ございません。
移動中に私の顔を見知っている人に出会うかも知れません。
確たる目的がない限りはあまり動けないのが実情です」
「そうなんだ。
しかしかぐや殿の無事を知らせたい人は居るんじゃないのかな?」
「ええ、当然居ります。
しかし、私を追う方の目があまりに多く、選別してお知らせする事が難しいと思います」
「じゃあ、選別して知らせる事は出来るんだね?」
「熟慮の上ですが……」
「私がかぐや殿にしてあげられる事があまり無さそうなので、どうしようかとも思っているんだ。
無論、宇麻乃殿の意思を無為にするつもりは無い。
だからこそ、私に何が出来るかをそろそろ考えておきたい。
そのためにはどれだけの協力者が得られるかを知っておきたいんだ」
今までになく前向きな発言に、私自身ビックリしております。
「私が言うのも変ですが……良いのですか?」
「如何にも君らしいね。
自分に不利になる提案が出来るのはそうそう簡単な事ではない。
だからこそ信じられるものもあるんだ。
それに御行殿の身分の偽装も疑っていたけど、どうやらそれも無さそうだ。
実際に御行殿に講義をしてみたが、確かに彼の視点は上に立つべき者のものだった。
これで君達が偽りを言っているのなら、君達は稀代の騙りだろう」
「私自身は隠し事はありますが、嘘はつかない様に心がけております。
ひとつ噓を付けば、それを庇うために嘘が増えます。
それが際限なく繰り返され、自分の付いた嘘を覚える事すらできなくなります。
噓がバレた時の損益を考えれば、嘘なんて何一つ得な事は無いのです」
「隠し事はあるんだね」
「ええ、もちろんです。
これまでも明言しなかったことの中には隠し事も含まれております」
「じゃあ、それを聞いたら正直に言ってくれるかな?」
「それは内容によると思います。
私の年齢を知ろうとした人には、タダで済ませないかも知れませんよ。
ふふふふ」
「それはそれでどんな目に合うのか興味深いんだが、私はしないから安心してくれ」
「では御手隙になりましたら、ご相談して宜しいでしょうか?
これまで申し上げなかったことが多過ぎますので、情報を共有しておきたいと思います」
「情報を共有か……面白い表現だ。
かぐや殿の考え方は興味深いね。
了解した」
こうして私達は本格的に始動することになりました。
◇◇◇◇◇
その晩、村国様のお部屋に三人が会しました。
跳ね上げ式の窓から月明りが差し込み、囲炉裏の火が仄かに三人を照らします。
「今宵は有難うございます。
あまり理論整然とご説明申し上げる自信は御座いませんが、出来るだけ間違いないようお伝えしたいと思います」
「そんなに込み入った話なのかな?」
「普通の方には……」
「普通? では普通でない事が君達に巻き起こっているという事だね」
「ええ、先ずはこれをご覧ください」
私はそう言って光の玉をぽわっと浮かべました。
御行クンは見慣れておりますが、村国様は初めてです。
目を大きく見開いて、これまでのスカした姿の影も形もありません。
「もう少し増やしましょうか?」
私はそう言って、色とりどりの光の玉を辺り一面に浮かべました。
ついでに囲炉裏を中心に光の玉をゆっくりと回しました。
まるでカラオケボックスみたいです。イエーイ!
「いや、目がチカチカしてきた。
少し控えてくれないか?」
人工物に慣れていない古代の人には刺激が強すぎたみたいです。
「あら、ごめんなさい」
一個だけ残して全て光りを消して、普通の電球色で少しだけ明るめな光で部屋を覆いました。
「これで如何でしょう?」
「ああ、ありがとう。
……凄いね。
これは一体何なのか教えてくれるのかい?」
「私は月詠尊様により力を与えられました。
この光はその一端です。
以前、神の存在を信じるかと問われましたが、これがそのお答えです」
「なるほどね。
神様については今後教えて欲しいけど、本当に使えたいのはそれじゃないよね?」
「はい、神より力を授かったのは私だけではなく、中大兄皇子もまた天津甕星様から力を与えられております。
その力とは未来を見る力です」
「それは誠なのか?」
すこし驚いた様子で質問が返ってきました。
「はい、物部宇麻乃様は中大兄皇子の未来視の力により、居場所を知られ、追い詰められ、そして命を失いました」
「では君も居場所が知られているという事なのか?」
「いえ、神の加護を得る私には中大兄皇子の御技は通用しません。
逆に私の御技も中大兄皇子には通用しないのです。
また、中大兄皇子は見知った者の未来しか見ることが出来ません。
それ故に私が生きているのか死んでいるのかはまだ知られていないはずです」
「なるほどね。
だから君は自分の姿を他人に見られることを恐れているわけだ」
「はい、大海人皇子様もまたその力にお気づきの様子で、そこで中大兄皇子とは面識のない御行クンを使いとして出したのです。
そして宇麻乃様も中大兄皇子の力の正体を知った上で、村国様の元へ私を寄越したのだと思います」
「なるほどね。
これまでの君達の挙動不審に思えていた部分が氷解したよ。
なぜ私なのかは依然として謎なんだげね。
で、君達は何故、皇兄である中大兄皇子に追われているのかな?」
「ご説明する前に伺いたいのですが、村国様は今の政がどのようになっているのかご存じでしょうか?」
「こんな辺鄙な所ではあまり情報は伝わってこないよ。
せいぜい、先帝の斉明帝が筑紫の地でご崩御された事と、斉明帝が無くなられても尚、百済への出兵が続いているというくらいかな?
斉明帝の後帝位は不在で、中皇命が立たれたと聞いている。
何故、皇太子たる中大兄皇子が即位しなかったのかは、予想はするけど理由は知らないね」
知らないと言いつつ、この地に居ながらそこまで知っているのはむしろ事情通と言っていいレベルです。
何処かに情報源があるのかも知れません。
「それでは順を追ってご説明します。
斉明帝は、中大兄皇子により筑紫の奥地に建てられた朝倉宮に軟禁され、大和に恨みを持つ筑紫の者達に襲われて亡き者にされました」
「まてまて、それでは帝位の簒奪じゃないか?」
「斉明帝が申されるには既に政の実権は中大兄皇子にあり、斉明帝は面倒事を引き受けるだけの傀儡の様な者だと仰ってました。
それでも言う通りにならないため実力行使に出たというのが、中大兄皇子本人の弁です」
「少し待ってくれ。
このような辺鄙な場所にはそぐわない程の大事じゃないか。
何故、君はそんな場所に居合わせたのだ?」
私の横に居る御行クンも頷いています。
「私は斉明帝の孫で、中大兄皇子の皇子である建皇子様の世話係でした。
建皇子は先天性の病のため言葉を発せず中大兄皇子に疎まれておりましたが、斉明帝は建皇子をとても目に掛けておりました。
それ故に私は斉明帝のご信頼を得ていたのです」
「で結局、建皇子は皇兄に引き取られたのかな?」
「いえ……、建クンは私を庇い、中大兄皇子の剣に刺し貫かれて……絶命しました」
今でも建クンの事を思い起こすと涙が零れてきます。
「……なるほど、それは尋常じゃないね。
しかし何故君は中大兄皇子に命を狙われるんだい?
斉明帝の最期を知る君の存在が邪魔だったのか?」
「それもあります。
そしてもう一つ、百済への出兵の真実を知ってしまったからです」
「百済への出兵に真実?
一体どうゆう事なんだ?」
説明すればするほど大きくなっていく話の内容に、村国様の疑問は深まっていくばかりでした。
(つづきます)
なるほどね。が多すぎ?




