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村国男依との会話

 村国様のお屋敷にお世話になるようになってから10日。

 地面を覆う雪がだいぶ少なくなってきました。

 美濃での生活もだいぶ馴染んできた様な気がします。


 ここでの私の役目はほぼ家政婦さんです。

 影からコッソリと派遣先のお宅に突撃して、しゃもじを持って夕飯を覗き見るというアレです。


【天の声】それはヨネスケ。


 御行クンは難波へ戻って連絡を取りたいと言っていますが、そのためには再び不破道を越えなければなりません。

 平地は春の兆しが見えても、関ヶ原に春が来るのはもうしばらく先です。

 そう何度も往き来出来る道ではありませんので、今は力仕事担当として居残りさせています。


 ◇◇◇◇◇


「かぐやさん、ここの生活にもすっかり馴染んだ様だね」


 干し物をしていると、村国様から声が掛かりました。


「ええ、元々雑用には慣れておりましたので、特に困る事なくお手伝いさせて頂いてます」


「確かに手際の良さは抜きん出ているね。

 後宮ってそんな所なのかい?」


「後宮は分業が徹底しておりますので、自身の仕事ではない所には手が回りません。

 ですが全員が一堂に介しましたら、頼もしい事この上ないでしょう」


 ……皆さん、元気かな?


「そう聞くと、後宮っていうのは仕事をする場所に聞こえるけどそうなの?」


「ええ、娯楽は無い事はありませんが、根本きほんてきには帝の生活をご支援するための仕事場です」


「そうだったんだ。

 済まない。

 すっかり私は帝の子を成すための鳥籠とばかり思っていたよ」


「そう思われるのは無理からぬ事ですが、斉明帝は女帝でしたのでその様な機能は必要ありません。

 周りは女性ばかりですので、男性に頼れない分、自分達がしっかりとしなければ……という気持でした。

 それに私は斉明帝からは自由に動く裁量を与えられており、五日に一日は後宮の外に出ていたのですよ。

 例え、子を成したとしても帝の子で無い事は一目瞭然ですから、帝位の簒奪につながる様な不貞が入り込む余地はありません」


 それに私の場合、建クンの世話係と祭祀の皆さんの調査(インタビュー)がありましたから。


「なるほどね。

 確かに君を見ていると、しっかりとした組織に所属していた事が窺えるよ」


 それは現代でOLをやっていたからかも知れません。

 現代の業務に比べると、仕事内容は緩いですから。

 それに後宮では雑司女が実際に手を動かす部分が多かったですし。


「私が雑用に長けているのは他にも理由がありますが、説明すると長くなりますので追々お話しします」


「そうなんだ。

 ではそのいずれ聞けるのを楽しみにしているよ。

 代わりにもうひとつだけ聞いても良いかな?

 御行殿の事を少し教えて欲しいのだけど」


「御行クン?

 はい、私が知る事であれば……」


 彼が何かしたのかしら?


「彼は大伴(おおとも)と言っていたけど、あの大伴氏だよね?」


「はい、他に大伴があるのか存じ上げませんが、名門と名高い大伴氏です。

 現に御行クンのお父君は先の右大臣、大伴長徳(おおとものながとこ)様ですから」


「そうなんだ?

 いや、彼に仕草が余りにも腰が低くてね、本当に彼はあの大伴氏なのかと……。

 彼は何かしたのかい?」


「したと言えばしましたが……。

 斉明帝の勘気に触れて、危うく首を落とされそうになりました」


「それで彼は勘当されたのか?」


「勘当ではありませんが、危ういところを大海人皇子様が執りなして頂き事なきを得ました。

 ただし、彼を甘やかす母親から引き離して、叔父の大伴馬来田(おおとものまくた)様の元に預けられました。

 馬来田様の元でずっと教育(※体罰あり)を受けて来たそうです。

 此度、大海人皇子様の家臣となった事を喜んでおりました」


「それにしても、彼が女子おなごの君にまで腰が低いのは何故なんだい?」


「えーっとですね。

 その教育の過程で大きな壁に行き当たり、打ちひしがれたのだそうです。

 以来、真面目に勉学と武芸に励んでいるのですが、自分でもどうすれば良いか分からず、取り敢えず私に同行する間は私の知る知識を教えるという約束をしているのです」


「何て言うか……一途なのか、思い込みが激しいのか、判断に迷うな」


「それは否定はしませんが、折角のやる気なので応援しようとは思っております」


「君もなかなかだね。

 実際に何を教えているのかな?」


「道中、聞かれた事につきましては、答えられる限り答えております。

 将来、高官になるのであれば算術に長けていた方が有利になると思い、主に算術を教えております。

 ただそれだけですと飽きますから、私の知る神々のお話をお伝えしたりしております」


「君は神々の話に詳しんだ」


「人よりは……という程度です。

 後宮にいる間、祭祀の方々にお話を伺う機会がありましたので」


「すると君は神は居ると信じているのかい?」


 現代でも似た質問を路上で受けました。

『アナタわァ、カぁミをぉ、シンジマスかぁ?』


 しかし今は私自身が神の使いとなってしまっているので、信じる信じない以前の問題です。


「はい、おります」


「ハッキリと言い切るね。

 何か確証があるみたいだね」


「ええ、この件につきましてもいつかご説明できると宜しいのですが、干し物をしながら話す内容では無いかも知れませんので」


「ああ、済まない。

 仕事の邪魔をしてしまったね」


「いえ、お構いなく。

 私の人となりを知って頂くには必要な事ですから」


「そう言ってくれるとこちらも有り難いよ」


「それでは私からも一つお願いしても宜しいでしょうか?」


「何かな?」


「村国様はもしかして軍学にお詳しいのでは?」


「……どうしてそう思う?」


「見るつもりは無かったのですが、片付けをする時に孫氏の書が目に入りましたので、もしかしたら……と思いまして」


 あれ? 少し表情が硬くなった様な……、拙かったかな?


「まあ、唐の書は面白いからね。

 経典はさっぱりだけど、軍学の様な実用を伴う書は気持ちが昂るよ」


 やはり気のせい?


「もし、叶いますなら御行クンに軍学をお教え願いたいのです」


「うーん、それは出来るがどうして彼にそれが必要なんだ?

 将にでもなるつもりかい?」


「今の彼は一時期の傍若無人ぶりが無くなり、一見良くなったように思えます。

 しかし彼は人から命令されたことをハイハイという事を聞くだけでは駄目だと思うのです。

 御行クンはいつか人の上に立つ方です。

 自分で考え、自分で判断し、その行動に責任を持つ。

 その様な心掛けが、孫氏の書にはあると思うのです」


「はははは、そこまで御行殿のことを思っての事なんだ。

 ひょっとして君達は将来を共にするつもりなのかな?」


「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ。(ぶんぶんぶん)

 御行クンが可哀そうです。

 今は手の掛かる弟みたいなものですが、いずれは私なぞ霞んで見えるくらい素敵な女子と出会って、添い遂げて欲しいと願っております。

 心の底から、ひしひしと、切実に!」


「否定の仕方が物凄いね。

 嫌ってはいないのにそこまで言うのは何かあるのかな?

 ますます興味がわいてくるよ」


「大して面白い話ではありません。

 単に大伴氏の将来の氏上になるであろう貴公子様に、私なぞ勿体なさ過ぎるだけです」


「まあそうゆう事にしておくよ。

 それじゃあ、邪魔したね」


 そう言って村国様は屋敷へと戻っていきました。

 私達の事に興味を持つという事は、良い傾向なのでしょうか?



【天の声】ちなみに物陰で御行が聞き耳を立てていた事に二人とも全く気付いていなかった。

 暫くの間、御行が使い物にならなかったのは言うまでもない。

 負けるな御行! 挫けるな御行!

 君の明日はどっちだ?!


そろそろ話しの本筋に戻りたいな。

でもその前に溜まりに溜まった幕間を吐き出したいと思っております。

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