神の御使い、再び
何故か始まる、かぐやの素人漫才?
そして突如として始まるかぐやがこの世界に来た本当の目的の説明……。
御行クンは木簡を持って住吉(※現在の大阪市住吉区、住吉大社の辺り)にある大伴氏の館へと向かいました。
近くと云っても、難波宮の向こう側です。
夜明けとともに朝早く出て、昼に着いて、要件を片づけて帰るのは夜になるだろうとの事です。
私も一緒について行ければ良いのですが、難波宮近辺にはたくさんの敵の目がピカピカと光っています。
顔の知られている私は迂闊に動かない方が賢明と判断して、隠れ家にしている小屋の中で待つことにしました。
実のところ中大兄皇子との戦いで失血が多く、未だに体調がイマイチです。
御行クンの質問攻めもなく、ゆっくり休める千載一遇の好機を逃してなるものか!
……と考えている事を悟られず、御行クンを盛大に励まして、気分良く出発して貰いました。
急いで走ったりするとそれだけで怪しまれるから自重してね、と念には念を入れて。
行ってらっしゃ~い♪
御行クンを見送った私は小屋の外に出る事をせず、まずは休養です。
献血だって400cc献血をしたら赤血球が完全復活するまでに、ある程度の回復期間が必要とされております。
特に女性は回復に時間が掛かるそうなので、私もそれに倣って休みます。
実際、すごく眠いのです。
クリスマスイブの夜、ルーベンスの絵を前にしたネロ少年並みに眠いのです。
パトラッシュ、なんだかとても眠いんだ……。(くぅーん)
おやすみなさい。
◇◇◇◇◇
私は今、会社の応接室に居ます。
またです。
……休養のために寝ているというのに明晰夢というのは休んだ気分になれません。
社畜が過労死したら異世界に転生してしまうのですよ!
『すでに異世界に居るだろうが!』
出た、神の御使い!!
そして何故か聞き慣れたツッコミ!
『随分と歓迎されていない気がするが?』
「いえいえ。場を和まそうと、決死の思いのギャグに御座います」
『和んだ様子が無いのは何故だ?』
「業界用語で『滑った』というものでしょう。
話し手と受け手のどちらかに原因があると思われますが、私には判断が付きかねます」
『ひょっとして私に原因があるとでも言いたそうだな』
「細かい事を気にしすぎますとハゲますよ」
『曲がりなりにも天界の住人たる私に、もう少し敬意を払ってもいいのではないか?』
「この上ない敬愛を示しているのに、それが伝わらないのは悲しい事に御座います。よよよよ」
『分かった、分かった。時間が限られているからとっとと話をしておくぞ』
「その前に血が足りていないのでレバニラ炒めを注文して宜しいですか?」
『夢の中で食べても血にはならぬぞ』
「気分は大事ですから」
『好きにしろ。勝手に話を続けさせて貰う』
「はい(もぐもぐもぐ)」
『もう食っているのかっ!』
「時間が(もぐもぐ)無いのでしょ?(ごっくん)」
『……ったく。
分かっていると思うが、建皇子の魂は私の手で1400年後の其方の世界へと送った』
「やはりあの夢は真実だったのですね」
『ああ、僅かな間ではあったが許す限りの離別の時間を与えたつもりだ』
「そうだったのですね……ありがとうございます」
『月詠様も此度の事についてお褒めの言葉を頂いている』
「月詠様が? 何故でしょう?」
『其方をこの世界に呼んだ理由。
それはこの世界の歪みを正す事にある。
中大兄皇子の暴走を一つ止めたのだ。
しばらくは動けぬ。
あのまま暴走していたら、筑紫そのものが滅んできたかも知れぬ』
「すみません。よく分からないのですが……
むしろ私は歴史を歪めて、建クンを生き永らえさせようとしたのですよ」
『其方も知っておろう。
中大兄皇子に神の加護がある事を。
それこそが歪みの元凶なのだ』
「天津甕星の加護を得たと言ってましたが?」
『そう。天照大御神が照らす日の世界においても、輝きを失わぬ不服従の星の神だ』
「もしかして、日本書紀に『亦の名を天香香背男』とあるあの悪神ですか?」
『その通りだ。またこうも書かれている。
【倭文神建葉槌命を遣わせば則ち服いぬ】とな』
「うろ覚えですがあったような気がします」
『どちらかと言えば天羽槌雄神の名前の方が知られているだろう。
機織りの祖神だ』
「そのお名前なら知っております。確か倭文神社の主祭神様ですね」
『そうだ。要は其方には天羽槌雄神の代わりとなり天津甕星の野望を阻止して欲しいのだ』
「そんな無茶です! 第一、機織りの神が悪神を退治するなんて有り得ません」
『だが一時はあと一歩のところまで追いつめたではないか』
「あれはブチ切れていただけです。
今思えば剣を持った相手に素手で挑もうなんて自殺行為です。
同じことが出来るとは思えません」
『それだけの力を月詠様は与えたのだ』
「未来を見ることが出来る相手に、どうやって戦えばいいのか私にはさっぱり分かりません。
彼と同じ力を頂くってことは出来ませんか?」
『残念だが与えられし力は一人につき一つだ。
其方には”光の玉”と称して、生物の身体と精神に干渉する能力を与えた。
しかし現代人の”光を操る”という神が予想しえない発想が出来るため、その応用の幅が異様に広いのだ。
本来その様な万能の力なぞ与えぬ』
「では、中大兄皇子が手に入れた力は万能ではないのですか?」
『天津甕星らしく非常にきわどい能力だ。
制限がなければ、容易く歴史を改変しかねない力だからな。
本来なら人へは与えてはならぬ力だ』
「制限とは?」
『其方も気付いている通り、自分の未来を見れぬ。
それに見たい時に自由に見れるものではない。
気まぐれに力が発動する故、未来視の狙い撃ちが出来ぬ、はずだ』
「はず? ……随分とあやふやですね」
『敵が手の内を全て曝け出している訳ではないからな。
制限があるはずだが、其方の追跡で未来視が確実に出来ていたのには何かカラクリがあるのであろう』
「頼りない話ですが、とりあえずは理解しました。
ところで肝心なことを聞いてませんが、『天津甕星の野望』とは何ですか?
天下統一ですか?」
『それは”信〇の野望だ”!
まあ似たようなものではある。
この時代は神々の世において最も重要な時代でもあるのだ』
「世界最終戦争でもあるのですか?」
『直接の対立はすで終わっている。
だがこの時代の民の信仰心はバラバラなのだ。
何故なら統一された教典というものが無いのだからな』
「日本神話の教典となりますと、古事記か日本書紀がそれに該当するような気がしますが……」
『そう、その通りだ。
これから先50年の間に作られる神話によって、信仰の対象から外れ廃れゆく神も現れるであろう』
「つまりは敵を貶めしての主導権争いですか?」
『そこまでは考えてはおらぬ。
我々は天津甕星を含めて一柱とも廃れて欲しくは無いのだ。
故に神々にとって万遍の無い教典を我々は必要としてる』
「では後の帝となる大海人皇子様と鵜野様にお願いしておきます」
『だが、天津甕星は大海人皇子が天皇となる未来を潰すつもりだ』
「えっ? ……それって拙、(まず)くないですか?」
『そう、非常に拙い。
この国の在り方の根本は、この時代に形成されるのだ。
天津甕星はこの国家の創世そのものを歪めるつもりなのだ』
「それって、ものすごい大事ではないですか?」
『ああ、だから今まで黙っていた』
「それって、酷くないですか?」
『あ、ああ。良心の呵責を感じる程度にはな』
「呵責だけですか?」
『いや、その……だからだな、讃岐では手厚い仕送りをしたし、建皇子のフォローもしたし、今後もこうやって手助けするつもりだ』
「じゃあ、ちゃっちゃと中大兄皇子を始末して下さいよ」
『流石にそれは出来ぬ。
まず中大兄皇子が天津甕星の庇護下にある故、我々は手出しが出来ぬ。
それに歴史を歪めないためにも中大兄皇子が即位する事は確定路線なのだ』
「つまり私は天智天皇を敵に回して立ち回れという事ですか?」
『そのためにも後の天武天皇となる大海人皇子と持統天皇となる鵜野皇女を助けるのだ。
その役目は其方にしか出来ぬ』
「はぁ~、現代に逃げ出したくなりました」
『そうしたら其方は彼らを見捨てることになるぞ』
「それはそうですが、気が重いったらありゃしません」
『安心せよ。我々は常に其方を見守っている』
「つまり見守るだけで手は出さない、と言っているように聞こえますが?」
『それでは頼むぞ、神樂よ』
そう言って神の御使いはスゥっと消えてしまいました。
……逃げられました。
建クンの夢が幻でなかったことは一つの収穫です。
しかし与えられた使命のあまりの重さに、この先私はどうすればいいのか?
レバニラ炒めを食べながら一人、夢の中で悩むのでした。
大伴氏と住吉について
大伴氏の始祖は天忍日命と言われており、現在の住吉大伴神社(※京都府京都市右京区)に祀られております。
一方、住吉大社は第一本宮に底筒男命、第二本宮に中筒男命、第三本宮に表筒男命、第四本宮に神功皇后が祀られており、皇室との繋がりの深い神々を信仰しております。
つまり住吉大社は大伴氏の氏社(※氏神を祀る神社)ではありません。(推測)
しかし住吉大社の近くに古代豪族の大伴金村の墓とされる帝塚山古墳があり、万葉集にも住吉津が大伴氏の勢力下であることを思わせる歌が残っていることから、古墳時代から続く大豪族・大伴氏は住吉を本拠地としていたとされています。




