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大伴御行の改心

未だ長門国(山口県)のとある小屋で休んでおります。

なかなか話が前に進みません。


(※中大兄皇子との戦いの末、冷たい海へと落ちたかぐやは、大海人皇子の命を受けた大伴御行に助けられ、長門国のとある漁村の寂れた小屋で焚火に当たり暖を取っていた。そこでこれまでの話をするうちに大伴御行は過去の自分の行いを謝罪するのであった)



 土下座して過去の自分の行いを詫びる御行クン。

 粗末な小屋で二人きりだというのにこの気まずい空気を一体どうしたら……。


 ……よし!

 押してダメなら轢いてみよう!

 推しではないけど。


「御行様。

 最初、私は貴方があの大伴御行クンだとは全然気が付きませんでした。

 斉明帝ですら貴方のことを悪餓鬼と仰ってらしたくらいです。

 その貴方がこまで心を入れ替えたのには、それ相応の事があったのではないでしょうか?

 差し障りがなければ、これまでの貴方の事について教えて頂きますか?」


「はい、私の事など取るに足りない事でありますが、それでご納得頂けるのでしたら喜んで」


 気のせいか、暑苦しいイケメンになっていない?

 元ウィンブルドン・クォーターファイナリストで後のテニス解説者兼芸人の人とか?

 性格はとても良い方なんですけど。(多分)


「確か、大伴馬来田おおとものまくた様の元でお付きとして大海人皇子様に従ってらしたのですよね?」


「はい、あの日。

 斉明帝の勘気に触れ、危うく命を落とすところでした。

 それを救って頂いたのが他ならぬ建皇子様でした。

 私が無体を働いたというのにです。

 しかし当時の愚かな私は非が自分にあるとは全く理解しておらず、周りに当たり散らしておりました。

 そうすればそうする程、人が離れていくという事に気付かずに、自分が正しいという妄執に囚われていたのです」


 なんかスゴイ。

 過去の自分をここまで客観的に言える人ってなかなか居ないですよね。

 特に自分が正しいと思い込んでいる正義マンは、正しいと思っているからこそ間違いに気付けずにいます。

 気付けないのか、あえて見て見ぬふりをしているのかは分かりませんが。

 大体の場合、周りの人は頑なな態度に見切りをつけて、距離をとり、その人の異常行動を飲み会の肴にするまでが標準仕様(デフォルト)です。

 何故かそんな人が必ず一人は居るのです。


「そのような私を根気強く指導して下さったのが馬来田様です。

 物凄く殴られて、いつか仕返しをしてやると思ったものでした(笑)」


 怒りの鉄拳をカマす馬来田まくた様の姿が目に浮かびます。

 昭和のオヤジみたいな方ですからね。


「きっかけは私は大きな勘違いをしていた事に気づいた時です」


「勘違い? ……ですか」


「ええ、私の父は右大臣を務めた大伴長徳おおとものながとこであり、今でも尊敬する父です。

 その息子である私はいつしか大伴氏を背負い、いづれ大臣になるものだと漠然と信じておりました」


 一見正しそうですが、この時代の相続は兄弟が優先されるはずです。

 ですから相続の優先は馬来田様にあるのではないでしょうか?


「しかし私は長得の息子であるだけであり、能力は人並どころかそれ以下でしかない無能者だったのです」


「無能は言い過ぎでは?」


 少し自分を卑下しすぎているように思えます。


「いえ、それを知る切っ掛けを下さったのが鸕野様なのです。

 歳が同じくらいという事で、馬来田様と共に私も鸕野様の供として吉野へ同行することが多かったのです。

 そこでお話をする機会が幾度かあったのですが、私は鸕野様の話に付いていけなかったのです。

 目にした事や心に思う気持ちを歌にする才能、山を越えた先や海を渡った向こう側にある国の名前といった知識、街道を整備するその意義といった政、木になる実が食べられるかどうか、のような些細な事すら私は全く知らないという事に気づかされました」


「鸕野様は優れた才女ですので、比較する相手が悪いだけではないでしょうか?」


「鸕野様だけでなく大海人皇子様も当代きっての才脳の持ち主です。

 家臣たる者、お二方について行けぬのならば、私は単なる護衛でしかありません。

 そんなのは家臣でも何でもありません。

 もし父であれば、歌を返し、相談に乗り、意見をすることが出来たはずです。

 しかし私には何一つ理解する事すらできなかったのです」


 ああ~、鸕野様を見て劣等感が爆発してしまったのですね。

 しかし相手が悪すぎます。

 現代知識を持つ私ですら、鸕野様の知識欲の前に玉砕しました。

 義務教育の勉強をたった一年半で履修してしまうほどなのです。

 しかも歌の才能はピカ一で、飛鳥時代最大の歌人アイドル、額田様の薫陶を受けたのです。

 ちっとやそっとでは追いつけるとは思えないですね。


「それで御行様はどうされたんですか?」


「とある機会に鸕野様に直接お伺いしました。

 鸕野様はどのようにしてそれだけの知識を得たのかと。

 そうしましたら、

『お祖母様である斉明帝にお願いして、後宮へ足を運び、かぐや様に教えを請うたのじゃ』

 とお答えくださいました」


 ここで私が出るの?


「横にいらした大海人皇子様も仰ってました。

『おそらく飛鳥の中の知恵者の中で誰が一番かと問われれば、私はかぐやを推すだろう。

 かぐやが私の舎人だった時、実に頼もしく思え、幾多の相談に乗って貰った。

 鸕野がそのかぐやの教えを受けたのは、金剛ダイヤにも勝る財産だ』と」


「それは買い被りです!」


「いえ、私はその言葉を聞いた時、目が覚める思いがしました。

 家臣たる者、主君に頼られ、それに応えられずして何が家臣なのだと。

 父は家臣として立派なお方でした。

 私が父の跡継ぎを名乗るのであれば、その身分になる事ではなく、私は父の中身を真似なければならないのです。

 それに気づいた時、自らを振り返った時、あまりの恥ずかしさに剣を胸に刺し貫きたくなる思いがしました」


 まあ、結果オーライという事ですが、極端すぎない?

 それに私の知識なんて義務教育にオケケが生えた程度しかないので、あまり持ち上げられても困るのですが……。


「それ以来、まず私は馬来田様にお詫びし、周りの者にお詫びをして、心を入れ替えて武芸と書に励むようになりました」


「そ、それなら遠からずして、大海人皇子様の家臣として重用される日も来るでしょうね(逃げ)」


「いえ、学び始めてようやく分かった事があります。

 私は全く足りておりません。

 これまで放蕩息子であった故、取り戻すのには並大抵ではありません。

 お願いです、かぐや様!

 もしこの移動の期間だけで構いません。

 どうか私にも鸕野様と同じ教えを頂けないでしょうか?」


「え、え?」


「これから先、美濃までの間だけでも、出来ますれば美濃でもかぐや様をお護り致します。

 なのでどうか!

 どうかお願いします!!」


 またまた土下座です。

 暑苦しい!!

 私より先に太郎おじいさんに土下座道を習って!


「分かりました、分かりました、分かりました。

 何をお教えすればよいのか分かりませんが、教えることがあればお教えします。

 美濃までですよ」


「はい! ありがとうございます!!」


 イケメンになった御行クンは、心を入れ替えても猪突猛(思い込んだら)進的な(周りが見えない)部分は全然変わっていないみたいです。

 ひょっとして御行クンは“残念なイケメン”ではないでしょうか?


 ……この先が思いやられます。



西暦662年時点で大伴御行が数えで17歳、鸕野皇女が18歳で、ほぼ同じ歳です。

鸕野皇女が即位して持統天皇になった時代、史実の大伴御行は重用されました。


追伸.

楳図かずお先生のご冥福をお祈りします。

-‼︎ -‼︎ - グワシッ!

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