大伴御行の驚愕
同じ説明の繰り返しになりますが、復習のつもりでお読みください。
(パチパチ)
あれ?
私、何をしていたんだっけ?
えーっと、斉明帝が亡くなられて……、建クンと一緒に逃げて……。
ああ、そうか。
何処かの小屋で休んでいたんだ。
建クン、寒くないかな?
焚き木は消えていない様だね。
火を起こすのにあんなに苦労したんだもん。
……建クン。
……高志。
(ガバッ!)
ここはどこ?
起き上がると、暗い小屋の中で見覚えのある男の人が火の番をしていました。
もうすぐ元服という感じの若武者という感じで、ボロ屋には不似合いな程のイケメン君です。
……あれ?
【天の声】もういいって! この件、三回目!!
そうでした。
中大兄皇子に捕えられた私は海に落ちて、イケメンに変わり果てた御行クンに助けられたのでした。
流石に剣であちこちを斬られて、挙句に腕をすっぱりと切り落とされたのです。
ドバドバと血が出ていましたから貧血気味です。
レバニラ炒めでも食べたい気分です。
「お世話になりっぱなしで、申し訳ございません」
「いえ、何度も申し上げますが、皇子様より授かった命により動いている事なので気になさらないで下さい。
礼ならば皇子様にお伝えします」
「だからといって全部お任せするのは、さすがに心が苦しいです」
「それこそ気にしないでください。
かぐや様はまだ体力は回復していないのです。
まずは身体を元通りにすることを優先しましょう」
「本当にごめんなさい」
「それに此度の命は私にとって贖罪の機会を頂いたと思っております。
昔の自分を振り返ますと恥じ入るばかりです。
建皇子様には是非この機会に謝罪したいと思っておりました」
あ、そう言えば私達がどうなったのか何も教えてませんでした。
「……そうだったのですね。
残念ながらその願いは叶わなくなってしまいました。
建皇子は……、私を庇って実の父である中大兄皇子の剣で刺し貫かれてしまったのです」
「!!!!
そう……だったのですか……」
「私達を救い出して下さった物部宇麻乃様もです。
宇麻乃様は誰方かの依頼を受けて動いていらっしゃいました。
しかし中大兄皇子の未来を知る力を知り、私を依頼主に会わせられないとお考えになりました。
そこで私を美濃へと逃れさそうとしたみたいです」
「何故に皇兄様はそこまでかぐや様を執拗に狙うのですか?」
「幾つかの理由が考えられますが、一番の理由は中大兄皇子の本当の目的を知ってしまったからだと思います」
「本当の目的とは、一体何なのですか?」
「此度の百済の役の真実です。
その目的は百済の救済にありません。
真の目的は百済に派兵した数万に及ぶ兵士を唐の軍隊と戦わせる事で、その命を散らせることにあります」
「!!!
そんな馬鹿なっ!
そんなことをして何の得になるのですか?!」
イケメン君は激昂してもイケメンなのですね。
「中大兄皇子にとって、筑紫や伊予の国の兵士らは自らの野望の障害と考えております。
百済の役はその障害を取り除く絶好の機会だと考えております」
「その様な事をして、唐が筑紫へ攻め込んで来たらどうするつもりなのですか?
あり得ない事です」
「帝もそう仰いました。
弱体となった筑紫を護るため大和より兵を派遣し、土塁を築き、唐や新羅からの攻撃に備えると。
つまりは筑紫を完全に大和の支配下に置くつもりなのです」
「そんな事をして一体何万の命が失われるのですか?!
信じられません」
「その通りです。
その信じられない事が行われようとしているのです」
「斉明帝はお止めにならなかったのですか?」
「斉明帝は此度の派兵で多くの命が失われることを憂い、百済救済にある程度の目途が立ったところで撤退させるおつもりでした。
それをさせないために、中大兄皇子は斉明帝を朝倉宮に軟禁したのです」
「………」
言葉も出ない様子のイケメン君です。
「私が付け狙われた理由がお分かりになりましたでしょうか?」
「いえ……はい、まさかその様な。
分かりましたが、俄かには信じられません。
念のためお聞きしますがそれは誠なのでしょうか?」
「残念ながら、ご本人から直接聞きました。
中大兄皇子は有頂天になるとお喋りが過ぎる悪癖があるみたいです。
斉明帝はあまりの心痛に寝込むことが多くなってしまいました」
御行クンは頭を抱えてしまいました。
無理もありません。
こんなのが国の頂点に立ち、国を動かしているのですから。
「申し訳ありません。
私が抱えるのにはあまりに事が大き過ぎます。
どうやって皇子様にご報告申し上げればいいのか……」
「私も斉明帝がご崩御されて、その後どうなったのか知らずにおります。
間人大后様が中皇命 (なかつすめらみこと)となり、中大兄皇子が皇兄となって政を掌握しているとだけ、宇麻乃様からお聞きしたくらいです。
その後どのようになりましたかお教え下さいませんか?」
この際だから聞けるだけ聞いておきましょう。
「斉明帝が朝倉宮でご崩御された後の事ですか?
もう二月もの前の事になりますが……、そうですね。
かぐや様はその間ずっとお隠れになってと建皇子を庇いながら逃亡していたのでしょう。
私が知る限り、という事でお話しします」
「お願いします」
「私どもは斉明帝は急病でお亡くなりになったと伺っております。
百済の役で指揮を取られている……指揮をしている皇兄は、斉明帝の葬儀一切を大海人皇子様に任せました」
先ほどの話を聞いて中大兄皇子に対する敬意を一切無くしてしまった御行クンは敬語を使う気すら失せてしまったみたいです。
私もですが……。
「御行様、お気持ちは分かりますが言葉には気を付けましょう。
敵を欺くには、自らも欺かなければなりません。
命のやり取りをした私は欺く必要すらありませんが……」
「申し訳ありません……つい。
実は大海人皇子様と鸕野様は筑紫に来られてました。
そして斉明帝の亡骸を引き取り、飛鳥へとお戻りになりました。
小市岡丘陵の頂(※現在の奈良県高取町)に陵墓を築き、先日納骨されたと伺っております」
そうなんだ。
一度は訪れて手を合わせたいな。
……私を娘のようだと言って下さった斉明帝。
「そして年が明けて、いよいよ百済への第二陣の派兵が行われたところです。
筑紫国からは二万五千もの兵士が送り出されたと聞きました。
まさかその様な企てがされているとも知らず……」
え? いつの間にか年が明けていたんだ。
じゃあ、今私は二十……ゲフンゲフン、また一つ年を取ったのですね。
そして建クンも。
【天の声】西暦662年、かぐやは数えで二十五歳になったのだった。つまりアラ……おっと誰かが来たようだ。
何だろう? 腹立たしい事があった様な気がしますが……?
ともあれ、中大兄皇子の悪だくみは着々と進行しているみたいです。
「私には何の事なのか分かりませんでしたが、中大兄皇子は更に手段を講じている様子がありました」
「それはどうゆう事ですか?」
「分かりません。
中大兄皇子がこう言っていたのを思い出しました。
『百済の将は有能なので新羅に勝ってしまうかも知れない。
そうならない様、裏で手を回している』と」
「何て執拗な……」
「ご本人が言うには、心配性なのだそうです。
孝徳帝に命を狙われていた経験から、決して油断をしないと言ってました」
「孝徳帝が?
そのような事があったのですか?!」
「ええ、それは間違いありません。
孝徳帝自身、そう仰って後悔しておりましたから」
(※第213話『帝の尋問(2)』ご参照)
「一体……かぐや様は何処までご存じなのですか?
私にはまるで全てを見通せる文殊菩薩様の様に思えます」
「それは余りに不遜ですよ。
ごく普通のありふれた女子です。
ただ、いざこざに巻き込まれ易いだけです」
「そのような事はありません。
ありふれた女子が、時の権力者である孝徳帝、斉明帝と対等にお話されるはずがないでしょう。
皇兄と相対して、大海人皇子様すら一目を置くかぐや様が神降しの巫女であるという事は誰もが知る事です。
いや、神の使い……いや神様そのものではないでしょうか?
かぐや様、昔の私は本当に愚かでした!
どうかお許し下さい!!」
そう言って地べたに土下座する御行クン。
これ、どうやって収集を付けようかしら?
(つづきます)
話の流れ的に、次話ではこれまでの御行クンについて明らかになります。




