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【幕間】秋田の考察

これまでのダイジェスト、みたいな?

 ***** 御室戸忌部秋田の場合 *****



 やれやれ。十二日ぶりの我が家です。

 とても大変な宴でした。

 忌部氏の中では余所者に近い扱いでした私が、あんな大舞台を取り仕切る事になるとは人生分からないモノですね。


 思い起こせば………

 我が一族は竹の加工が主産業で、朝廷にも竹鉾を納めています。

 その関係でお付き合いのあった讃岐造麻呂さぬきのみやっこまろ殿から新しく養女に迎えた娘に字を教えてくないかと頼まれたのがそもそものキッカケでした。

 第一印象は口数が少なく、言葉が足らない大人しい子というでしたが、それは見事にハズレでした。

 無論良い方にです。

 私は人に字を教えた事などないのでどうなるかと思いましたが、書を与えれば自分で勝手にやってしまうので、私の仕事は自宅の蔵書を持って来て、読んで写し終えたら持って帰るだけ。

 とても簡単な仕事でした。

 あまりに簡単すぎて、つい幼児に見せられない真面目な書と難しい書との間に挟んであった書物しゅみぼんの事を忘れ、うっかりと渡してしまいますが、何も反応がないところを見るとあの歳ではまだ解らぬ内容だったのかも知れませんね。


 それだけでは私が何もしない事になってしまうので、時々私達忌部のやっている祭事について話をするのですが、姫様が目を輝かせて聴くものですから、私も楽しくなってしまいます。

 その頃から姫様の優秀さ、というより歳に似合わぬ知識量が気になり出してきました。

 造麻呂殿の徴税の手伝いをしたいと自らが領地に赴いて現地調査を始めました。

 付き添いは最初の一日だけでしたが、その手腕は官人くにんとして十分やっていけるものでした。


 そんなある日、造麻呂殿から姫様に舞を習わせたいと言われたので、萬田郎女まんたのいらつめを派遣しました。

 それがまさかあんな事になるとは……。


 讃岐から帰ってきた萬田はいつも感じていた刺々しさが全く無くなり、欠けた歯が綺麗サッパリと治っているではないですか。

 どうしたのかと聞けば、天女様が治してくれたと言う。天女とは姫様の事みたいです。

 みたい、と言うのは私が知っている姫様は聡明ではあるが、人を癒す力を持っているとは聞いておらず、俄かには信じられ無かったのです。

 どうやら、私が新嘗祭にいなめさいのためしばらく足が遠のいてしまった間に色々とあった様でした。


 年が明けて造麻呂殿が姫を伴って参拝に来た時に確認したところ、やはり萬田の歯を治したのは姫様で間違いようでした。

 そして氏上うじのかみ様の側近が、その様な力を持つ娘を弱小国造ごときが囲うのは不敬だと言っている事を漏れ聞いていたので、造麻呂殿に警戒する様に伝えたのですが……。

 その前日、参拝に来た巣山造麻呂すやまのみやっこまろ殿が姫様の舞をいたく絶賛していたと語っていたのを耳にし、そしてせっかく神社ここにいるのなら忌部の者として囲い込む様指示をなさったのです。

 姫様は私にとって可愛い弟子です。

 言葉数が少ないのは、敢えてそうしているのか、あるいは隠している秘密を何かの拍子に話してしまうのを警戒している様にも思えます。

 我が弟子を放っておく事など出来ません。忌部を離脱しても姫様を守らなければならない。一度はそう決意しました。


 しかし、結局守られたのは我々の方でした。

 初めて目にする姫様の真の力は凄まじく、私が教えたことのない詩を歌い、空を覆い尽くす眩しい光、その気になれば人なぞ簡単に消す事ができる呪力、何れを取っても姫様は並外れた力の持ち主でした。

 これまでひた隠しにしていた力を示さねばならぬ事態を引き起こした我々に友誼ゆうぎを結ぶと言って赦してくれたのは、やはり私の知る心優しい姫様です。

 突然名づけしろと言われた時には少しだけ腹に据えかねた部分もありますけど……。


 元々、姫様が舞を習うのは、近隣だけが集まる宴の席で初々しい舞を披露するためのはずでした。

 ところが噂が噂を呼び、讃岐造麻呂の娘は見事な舞を舞い、大変な騒動へと発展していきました。

 その噂の出所が我々のやしろであるのだから、困ったものです。

 曰く、その舞はかつて見たことのない神の力に満ちている。

 曰く、その舞は心を静ませ、観た者は永遠の心の安寧を得る。

 曰く、その舞は慈悲の心に溢れ、目にする者の心を掴んで離さない。

 誤解を与える美辞麗句に溢れた噂が中央にまで飛び火し、阿部氏や中臣氏、後宮の次官じうまで舞を拝みに讃岐までやって来ると言い出しました。

 それを耳にした氏上様は、やしろの小正月の儀は最小限にして、主力を讃岐へと総動員する事を決意されました。

 姫の関係者である私も萬田もです。

 しかも私は宴全般の取りまとめ、萬田には姫様の舞を全力で支える事になりました。


 案の定、宴は予定通りに催されていたのにも関わらず波瀾万丈なものでした。

 そもそもの始まりは、来客に配られた扇子に書かれていた歌でした。

 蔵書家としての自負がある私にすら目にしたことの無い名歌が添えられいたのです。

 おかげで歌合わせに参加する者からは、一体何なのか質問攻めです。

 私の方こそ知りたい。まさか姫が歌ったのか?

 いくら何でも……と思いつつ、歌合わせの冒頭、姫様に歌を詠って下さいと振ってみました。

 ……確認のためです。


 姫様が詠んだ歌は歳を考えれば流石でしたが、名歌にはほど遠いものでした。

 ある意味、私はホッとしました。これ以上姫様に力が備われば、災難も同じだけ降り掛かると思えたからです。

 しかし、姫様がその名歌をどの様な経緯で知ったのかは未だに謎のままです。


 姫様の舞については、元々の聡明さに加えて、姫様のもつ力、神様のご加護をもってすれば、素晴らしい舞になるのは約束されたようなものです。

 それよりも気になったのは、阿部倉梯麻呂様の名を聞いた時の姫様の反応です。

 あの時の姫様はいつもの姫様が見せた事の無い程、動揺していました。その後すぐに回復し、倉梯様と並んで舞を見学されていたので、私の思い過ごしかとは思っていますが、あれは一体何だったのでしょう?


 そして最終日、宮中でも入鹿様にならぶ切れ者として有名な中臣鎌子殿が姫様を名指しで呼び付けました。

 詳細を知る事は出来ませんが、姫様はあらぬ疑いを掛けられる苦慮していた様子でした。

 しかしそれも杞憂となり、姫様の舞の素晴らしさに中臣様は姫様の対する見識を改めたご様子です。

 その直後、糸が切れたかの様に倒れた姫様を見ると、あの幼い身に相当な気苦労が伸し掛かっていたのだと、気の毒でなりませんでした。


 目覚めた後、私たちの前で泣きじゃくる姫様はやはり私の知る心優しい姫様でした。

 姫様には人智の及ばぬ力があるのは確かです。

 歳に似合わぬ知識の持ち主であるのも確かです。

 あの幼き身に人知れない秘密を抱えている事も確かでしょう。


 だけどとても心優しく、好奇心旺盛な、関わる人を幸福にしてしまうお人柄である事が姫様をお守りし、手助けする事こそが、私が成すべき天命ではないかとすら思えてなりません。



おはようございます。

明日も同じくらいの時間に投稿します。

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