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かぐやの慟哭

(※敵の戦船(せんせん)に捕まり、物部宇麻乃は拷問の末に命を落とし、建皇子はかぐやを庇い実の父親である中大兄皇子によって殺された。怒りに我を忘れたかぐやは甲板の敵を殲滅し、中大兄皇子(建の仇)をボコボコに叩きのめした。しかし建の仇を打つ事は叶わず冷たい冬の海へと落ち、建の後を追う覚悟をするのであった)



 (パチパチ)


 あれ?

 私、何をしていたんだっけ?


 えーっと、斉明帝が亡くなられて……、建クンと一緒に逃げて……。

 ああ、そうか。

 何処かの小屋で休んでいたんだ。

 建クン、寒くないかな?


 焚き木は消えていない様だね。

 火を起こすのにあんなに苦労したんだもん。


 ……建クン。



 (ガバッ!)


 ここはどこ?

 起き上がると、暗い小屋の中で見知らぬ男の人が火の番をしていました。

 もうすぐ元服という感じの若武者という感じで、ボロ屋には不似合いな程、顔立ちが整っています。

 ……あれ? こんな知り合い居たっけ?


「気が付きましたか?」


 イケメン君は私が起きた事に気付くと声を掛けました。


「ここは?」


「ここは長門国の浜辺にある小屋を借り、休んでおります。

 身体が冷え切っておりましたので火を起こし暖を取ってました」


 自分の格好を見ると見覚えのない衣を纏っています。


 まさか!?


「いえ、申し訳ないとは思いましたが、全身ずぶ濡れでしたので、勝手に着替えさせて頂きました。

 出来るだけ見ない様に努力しましたが、本当に申し訳ありません」


 イケメン君、律儀に平謝りをします。

 何だか私の方が粗末な物を見せて申し訳ない気持ちになります。


「えーっと、ごめんなさい。

 状況がよく飲み込めなくって。

 ともかくお世話になってしまったみたいで、大変申し訳ございませんでした。

 それと、ありがとうございます」


「いえ、私は自分のすべき事をしただけです。

 お礼には及びません」


 イケメン君、中身もイケメン?


「えーっと、何から聞けばいいのかしら?

 まずはどうして私がここに居るのか分からなくて……」


「そうですね。

 海に浮かんでいた貴女を拾い上げ、ここまで舟で運びました。

 申し遅れましたが、私は大伴御行(おおとものみゆき)です。

 大海人皇子様に支えている者です」


「えーーーっ!

 貴方が御行クン?!

 嘘でしょ?!」


 だってスゴイ悪ガキだってじゃないの!

 どうしたの?

 女神の湖に落ちて、キレイな御行クンと交換してもらったの?


「覚えていてくれたんですね。

 その御行です。

 これまで馬来田様に付いておりましたが、この度、大海人皇子様に仕える事が出来ました」


「そうだったの……、ひ、久しぶりね。

 でも何でこんな所に?」


 つい口から出てしまった本音に、バツが悪くて言葉がすこししどろもどろになってしまいます。


「皇子様からのご命令で、皇兄こうけい様を見張っておりました。

 皇兄様が戦船(せんせん)に乗り込むのには何かあると思い追跡した所、かぐや様を見つけた次第です」


「よく見つけられましたね」


「ええ、海面が光っていたので、何かと思い近づいたらかぐや様でした」


 無意識に光の玉でも発射していたのかしら?

 でも何か大切な事を忘れている気がします。


 ……何だっけ?


「えーっと、……あれ?

 建クンは……どこ?」


 イケメンになった御行クンが困惑した顔になります。


「申し訳ありません。

 見つけたのはかぐや様だけです。

 見つけられなかったのか、元から居なかったのかは分かりません」


「そんな?!

 確か一緒の船に乗っていたは……ず?」


 私の脳裏に、倒れて物言わぬ宇麻乃様と、中大兄皇子に刺し貫かれた建クンの姿がフラッシュバックしました。


「……嘘」


 そう、私は……二人を……建クンを助けられなかったんだ。

 嘘……、嘘よ……。

 そんなのありえない。


「どうされました?」


「嘘よ……、建クンはまだ……そんな、嘘よ。

 建クンっ!」


 私は立ち上がって小屋の外へ飛び出しました。

 足に力が入らず、躓きそうになりながらも、そこに居るかも知れない建クンを探しに外へ駆け出しました。

 しかしそこには、誰も居ない広く荒れた海が広がっていました。

 どんよりとした鉛色の空、強い風、そして北側に面した海。

 そう、ここは日本海。


 私がここにいる理由、それは………


「いやぁぁぁぁぁーーーーー!!!」


 まるで噴き出すように、目から涙が流れ出ます。

 頭では分かっています。

 でも心が認めることを拒否します。

 この世に建クンが居ないことを。

 この世が建クンの居ない世界であるという事を。


「うわーーーん」


 子供の様に、ただ泣く事しか今の私に出来ることがありません。


「うわーーーん、建クーン!」


 どうやって泣き止めばいいの?

 方法が分んない。

 ずっとずっとずっと、私は泣き続けるんだ。


「うわーーーん」


 建クン、護れなくてごめんね。

 斉明帝、約束守れませんでした。

 宇麻乃様、巻き込んでしまってごめんなさい。

 麻呂クン、大好きなお父様が死んでしまったのは私のせいなの。

 みんな、みんな、ごめんなさい!


「うわーーーん」


 泣きすぎて頭が痛い。

 それに何だか眠い、とても眠い。


「ひっく、ひっく、わーん」


 私は地面に突っ伏して、涙が砂浜を濡らしていきます。

 止めどもない後悔。

 どうすれば良かったのか?

 どうすれば上手くいったのか?

 何が正解だったのか?

 全然分かりません。

 ただ、建クンを死なせてしまった自分が許せなくて、こんな時でも自分のチートが死んだ人を蘇らせる事が出来るのでは? とか、 現実から掛け離れたことを考えてしまいます。

 そんな卑しい考えの自分自身が許せなく思えます。


「ひっく、ひっく、ひっく、……」


 だんだんと意識が遠のいていきました。

 寝き疲れた子供と同じ理屈なのか?

 脳みその酸素が足りなくなって気が遠くなったのか?

 体力が底をついてしまったのか?


 次の瞬間、違う風景が目の前に広がっていました。


 ◇◇◇◇◇


 見覚えのある場所。

 私が一人暮らししていたアパートの玄関です。


 ああ……、夢なんだ。これ。

 私が安らげる場所はもう夢の中にしかないのね。

 でも夢の中でも、建クンを思い出すと心の奥がズキリと痛みます。

 この心の痛みですら今の自分には救いにすら思えます。

 痛いから建クンを諦められずにいられるのです。


 ついでだから、部屋の中で寝よう。

 もう起きていたくないよ。

 ずっと、ずっと、ずっと、このまま寝続けてしまえばいいのに。

 夢の中で寝てしまえば、もう起きる必要が無くなるんじゃないのかな?

 そんなどうしようもない期待をしてしまう自分。

 あまりの浅はかさに本当に嫌になりそう……。


 靴を脱いでリビングに行くとそこには先客、が?


 ……建くん?


 やっぱり生きていたの?!

 急に世の中が色付き始めました。

 違う、今まで色のない世界に居たんだ。

 また一緒に旅をしよう。

 ね、建クン!


「お姉ちゃん、おかえり」


 建クン……だよね?


「うん、ただいま」


 何か陽キャっぽい雰囲気です。


「建クン、お腹が空いた?」


「うん、空いた。何か食べたい」


「そう、じゃちょっと待っていて」


 私はキッチンへ行くと冷蔵庫を開けました。

 何がいいかな?


 建クン、豆腐が好きだから豆腐は外せないね。

 あとは……白身魚、サバを焼こうか?

 だし巻き卵なら、すぐに出来そう。

 お味噌汁はお揚げとしめじね。

 ご飯は……タイマーで既に炊き上がっていました。


 やはりこれは都合のいい夢なんだね。

 いつまでこの夢が見られるか分からないので、手早く調理します。

 子供に人気ののりたまも用意しましょう。


<15分後>


「はい、お待たせ」


「美味しそう」


「急いだからこんなものでごめんね。

 次は準備しておくから」


「ううん、お姉ちゃんが作ってくれるものはみんな好きだよ」


 偏食だった建クンが何故か健啖家っぽい感じになっています。

 やはり夢なんだ。

 食べられない物があったら言って良いんだよ。


「じゃ、一緒に食べよう」


「うん」


「「いただきまーす」」


(もぐもぐもぐ)


「美味しい!」


「そう? ポン酢が酸っぱくない?」


「大丈夫、美味しいよ」


 こんなに美味しそうに食べるんだったら、お肉も用意すればよかったかな?

 肉食系の建クンも見てみたかったな♪


「はい、お茶。

 それともジュースが良かった?」


「ううん、みんな美味しいよ。

 ここがお姉ちゃんの居た世界なんだね」


 すごくハキハキする建クンに少々戸惑います。

 いつもと同じで良いんだよ。

 建クンが建クンなら、私はそれで充分だから。


 え? ……『私の居た世界』?



(つづきます)

外出先で執筆しておりますが、思い入れがありすぎて涙が……。

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