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囚われの船上にて

暴力的な場面シーンがありますので、苦手な方はお読み飛ばし下さい。

ちなみに中大兄皇子の持っている剣は、国宝である四天王寺所蔵の「七星剣」を参考イメージにしております。


(※長津(博多港)を無事脱出出来たかにみえたかぐや達。しかし敵戦船の待ち伏せにより抵抗することも出来ず、捕まってしまった。

 戦船には火傷を負わせた宇麻乃様へ憎悪の念を向ける中大兄皇子がいたのだった)



 中大兄皇子は怒りに任せて剣を抜き、宇麻乃様の肩に向けて思いっきり振り下ろしました。


「ぐうっ!」


 殴られた宇麻乃様はその場にうずくまります。

 しかし血しぶきが出た様子がありません。

 どうやら剣の峰で殴ったようです。

 直ぐに切りつけなかったのは、痛めつける事が目的なのでしょう。

 この時代の剣は日本刀独特の反りが無い真っ直ぐな剣なので、峰打ちかどうかがすぐに分かりません。

 鎖骨をやられたっぽい宇麻乃様に、私は赤外線の(見えない)光の玉でこっそりと治癒ヒールしました。


「どうした?

 何か言ったらどうだ?

 は? 軟膏だ?

 私を傷付けた者が生きることを私は許さねえ!」


 完全に内に秘めたSの気(サディズム)が表に出ています。

 剣先を宇麻乃様のあごの下に突き付けて、高貴な方とは思えない言葉遣いで勝ち誇ったかのように罵ります。

 虚勢ともとれますが……。


「そこの女、お前もだ!

 私に歯向かってただで済むと思うなよ。

 首を切っても妙竹林な技が使えるか試してやる!」


 私の首もあと僅かみたいです。

 その時は建クンを護って、船を全部沈ませてやる!


「建皇子をどうされるつもりですか?」


「どうもこうもない。

 役立たずに用はない。

 こんなのが継承権第一位になり皇太子になられても困るのでな。

 何せ私の息子達の中で母親の位が一番高いのは建なのだよ。

 実際は違うというのに」


「それが実の子に言う言葉なのですか?」


「ふん、知った風に言うな!

 子というのは父親に従順な者を言うのだ。

 大人しいだけならまだしも、宇麻乃とお前らと行動を共にして私に歯向かったのだ。

 そもそも此奴がいなければ母上はお亡くなりにならなかったのだ。

 母上の代わりに此奴が死ねば、私も少しは誉めてやろうと思っただろうがな」


「それで筑紫の者に襲わせたというのですか?」


「ああ、そんな事もあったな。

 大人しく殺されていれば、可愛い我が子を殺めたとして筑紫を追い込んでやったというのに。

 とことん役に立たぬ奴だな」


 人間の屑です。

 聞くに堪えない程の屑さ加減です。


 それと……。

 今の中大兄皇子の言葉で摂津から筑紫までの建クンの扱いが酷過ぎた理由が分かりました。

 いえ、分かってしまいました。

 表向きではありますが、建クンの母親は鸕野うのの皇女の母親でもある遠智娘おちのいらつめ様です。

 大王おおきみの血筋に当たる倭姫王やまとひめのおおきみ様が中大兄皇子の后ですが、子供はいないはず。

 そうなると蘇我氏の流れをくむ遠智娘おちのいらつめが一番の高位となる妃になります。

 遠智娘の子は建クンと鸕野うのの皇女、そして筑紫に来る途中に女の子を出産した太田皇女の三人です。

 その他の中大兄皇子の男の子供は皆、母親がひんでありいわゆる側室の子供扱いです。

 (※作者注:キサキの順列は、后<妃<夫人(ぶじん)ひんであり、

 皇女でかつ一番位の高い女性が后(皇后)、皇女又は有力豪族の娘が妃、地方の有力豪族の娘が夫人、国造の娘がひん)


 つまり、中大兄皇子が即位していたら、建クンが皇太子になる可能性もあったという事です。

 しかし言葉を話さず、実の母親が石作氏の流れをくむ采女である(と斉明帝は仰ってました)建クンの血筋を中大兄皇子は毛嫌いしている節がありました。

 ならば、その道中どうなろうと構わないとばかりに危篤状態になるまで建クンを放置していたわけです。


 許さないのはこっちの方だよ!

 とはいえ、膿の上で逃げ場がなく、縄で縛られ、光の玉(チート)が効かない相手にどうやって手向かえばいいのか……。


 !!!(ぴーん)


「何故、私達があの船に乗っていたことが分かったのですか?」


 中大兄皇子は調子に乗るとベラベラと自慢話を喋るへきがあります。

 予想はついていますが敢えて聞きました。


「ふん、お前らに(まみ)えるのもこれで最後だ。

 特別に教えてやろう。

 これこそが私が授かった神の加護だ!」


 やはり宇麻乃様の予想通りでした。


「神が教えてくれたとでも言うのですか?」


 敢えて違う事を聞くのは、自尊心をくすぐるすべを社会人時代に培った技術スキルです。

 別名、『おじさんキラー』とも言います。


「お前のような貧相で地味な女子おなごには分かるまい。

 私には未来が見えるのだ。

 この世を正しい方向へと導けと、神が私にお与えになった力なのだ」


 やはり予想通りでした。

 それにしても酷い言われようです。

 地味顔なのは認めますが、貧相に見えるのはこの時代の美人の基準がふくよか系だからで、私がふくよかではないだけです。

 (※作者注:国が貧しいと豊満イコール豊か(リッチ)であり、ふくよか系が美人であるとされたっらしい。例えば『鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)』の天平美人が代表的な例)


「私は月詠尊つくよみのみこと様から加護を受けたと言いました。

 皇兄こうけいは何の神に加護を授かったのですか?」


「ふ……、自分が何の神に敗れたのか気になるか?

 ならば教えてやろう。

 天津甕星あまつみかぼし様だ。

 天津甕星の名前を心に刻み死ね!

 月の神は星の神に滅ぼされるのだ!」


 そう言って剣を私に振り下ろしました。


(ぶんっ!)


 目をつぶって剣が自分の身体にめり込む瞬間を覚悟しました。

 しかし、いつまで経っても私に剣が当たった感触がありません。

 目を開けると私の額の上で剣先がピタリと止まっておりました。


「……いかんな。

 もっと甚振いたぶってからにしようとしていたのにな。

 私にこのような目を合わせてくれた礼が全く足りておらぬ。

 ……そうだよなぁ! 宇麻乃よっ!」


(ドスン!)


 またしても峰打ちの剣が宇麻乃様に振るわれました。

 宇麻乃様はたまらずに吹き飛ばされます。

 私は慌てて赤外線の(見えない)光の玉でこっそりと治癒ヒールです。


「皇子よ……。

 かぐや殿は逃げ回っていただけだ。

 何故自分たちが追い回されていたのかも知らずに逃げていたのだ。

 だから許してやってくれ」


 絞り出すような声で宇麻乃様が嘆願します。

 しかし心変わりなんて絶対にするはずがありません。


「は? 何を言っておるのだ?

 かぐやは私に技を仕掛け、私を害そうとしたのだ。

 母上が焼け死ぬのを承知で見捨てた不義の者なのだ。

 生かしておくはずが無かろう。

 そもそも私にこのような火傷を負わせたお前が何を頼もうというのだ?

 図々しいにも程がある」


(ドスッ!)


 そう言いながらまたしても宇麻乃様を殴る中大兄皇子。

 私もこっそり治癒の光の玉で怪我を治します。


「……どうやら、どれだけ痛めつけても、かぐやが妙な事をやっているみたいだな」


 感付かれました。

 中大兄皇子はそう言って、私と宇麻乃様の間に立ち、私に背を向けて宇麻乃様への拷問を始めました。

 中大兄皇子が私の光の間を弾くことが出来る事を承知の上での行動です。


「うぐ! ん! ぅぅぅぅ……」


 中大兄皇子の死角から宇麻乃様の唸り声が聞こえます。

 何度も何度も剣を振り下ろして、宇麻乃様を痛めつけているみたいです。


 中大兄皇子の暴行が五分くらい続いたでしょうか?

 宇麻乃様の唸り声すら聞こえなくなりました。

 私からは宇麻乃様がどうなっているのか分かりません。

 少しでも見えるのであれば光の玉を飛ばして治癒してあげるのに。


「(はぁはぁ)どうだ? 宇麻乃よ。

 私に逆らってどうなるのか骨身に染みたであろう。

 だがもう手遅れなのだ。

 折角目を掛けてやったというのに」


「な……(ひゅうひゅう)

 何を……言っている。

 秘密を……る……わ…たしが、生きるのを……許す…訳が……」


 途切れ途切れの宇麻乃様の声がかすかに聞こえます。

 何て非道い!


「ならば死ね!」


(ざしゅ!)


 その瞬間、赤い何かが見えました。

 暫くすると赤い血が船床を伝って流れてきました。


「宇麻乃様ー!!」


 中大兄皇子が除けると、そこには大量の血を流し倒れている宇麻乃様が。

 私は光の玉を飛ばしましたが、全く反応がありません。

 つまり……。


「かぐやよ、これでお前を護る者は居なくなった。

 さあ、次は貴様の番だ!」


 薄ら笑いを浮かべた中大兄皇子が血糊の付いた剣を片手に、私の方へと近づいてきます。



(つづきます)

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