玄界灘
(※長い逃亡の末、ついに辿り着いた長津。かぐや達は出航前日に乗り込んで、今か今かと出航を待ち侘びるのであった)
いよいよ出航。
朝日へ向かってレッツらゴー♪
【天の声】方向が違うって!
もっとも私達は津からの敵の目に触れるかも知れないので甲板には出ず、ずっと船室にいました。
沖へ出るまでは我慢です。
ずっと船室に居るのはしんどいですけど、見つかってしまったら大変な事になりますから、暫くの辛抱です。
ずっと逃亡生活で心身ともに疲労しているであろう建クンには、最近開発した新しいチートで和ませています。
その名も幌具羅夢美女吽。
光る人が進化して、色付きの立体映像を操作できるようになりました。
建クンそっくりな小人がノリノリのダンスを踊っています。
薄ボンヤリと光っているので違和感がありますが、誰が見ても建クンに見えます。
そんな事をやっているうちに声が掛かりました。
「二人とも、もう甲板に出ていいよ」
やっとです。
やっと明るい空の下で思いっきり伸びが出来ます。
夜移動して昼間は隠れる生活が続きましたから、太陽の光を思いっきり浴びるのは随分久しぶりです。
さあ、出雲についたら大社へ行ってお参りしたいな。
飛鳥時代にあっても出雲の存在感は別格です。
現代の荘厳さと比べてどうなのか、ぜひ見てみたいと思っています。
それどころではないのは重々承知ですが、そんな事を想像しないと張り合いが無いですから。
風向きは順風とまではいきませんが、後方寄りの横風を受けて船はぐんぐん進みます。
先程まで居た陸地が遥か遠くに見えます。
それを目の当たりにしてようやく実感が湧いてきました。
やった! 逃げおおせたんだ!
もうダメかと思ったのは数知れません。
でも宇麻乃様と宇麻乃様の雇用主さんのお陰で、筑紫を脱出できました。
目から涙が滴り落ちました。
体中から力が抜ける様な感覚に囚われてしまいます。
本当に心が張り詰めていたのだと、今更ながらに思い知らされます。
◇◇◇◇◇
「おぉ~い、前方から船が来るぞ、鳥の方向へ舵を切れ!」
「トリ舵いっぱーい」
見張りの船員さんの声がしました。
この時代は取舵の事をトリの方向っていうのかしら?
向かってくる船を見ると、明らかに大きな船です。
百人乗っても大丈夫な船に見えます。
……あれ?
一艘じゃない、船団かな?
何だか少し不安にかられます。
「建クン、ここで待っていて。
宇麻乃様を呼んでくるから」
「ん!」
私は急いで船室へ行って、仮眠を取っている宇麻乃様のところへ行きました。
「大きな船団がこちらへ向かってきております。
敵かどうか分かりませんが、念のためお知らせしておきます」
「……チッ!」
宇麻乃様は起き上がるなり舌打ちしました。
何か思う所があるみたいです。
「………」
どうしたのでしょう?
押し黙ったままです。
「……お嬢ちゃん、前に言った事を覚えているかな?
中大兄皇子は先を知っているのでは無いかと思う事がある、と。
やる事なす事全てが皇子が思い描いた通りに上手くいくのだよ」
「ええ、そんな事言ってた様な気がしますが……」
「お嬢ちゃんが言っていた『皇子が神から授かった加護』とやらはそれじゃ無いかと思っていた。
それならば誰も知らないはずの隠れ家が見つかった理由も説明が付く。
もし接近している船団がそれだったら、私の推測は十中八九間違っていないだろう」
「ならば逃げ道は無いと言う事ですか?」
「昨夜からずっと考えていた。
もしかしたらだけど、皇子の加護とやらがお嬢ちゃんに及ばないのであればお嬢ちゃん一人なら逃げ仰られるかも知れない。
おそらく皇子は私の未来を覗き見ているのだと思う」
「例えそうであっても出来ません。
宇麻乃様を捨て石にする事は無論ですが、建クンは宇麻乃様のお薬がなければまた寝たきりになってしまうのですよ。
三人で難波へ行きましょう!」
「いや……、難波へは行けなくなった。
雇用主とお嬢ちゃんの繋がりを見られたら、只では済まなくなる」
「それじゃあ、大人しく殺されるのを待つだけなんですか?」
「前に渡した木簡があったね。
まだ持っているかい?」
「ええ、これでしょうか?」
私は懐に入れた木簡を取り出しました。
すると宇麻乃様はそれを取り上げて、携帯用の竹筒に入った筆と墨を取り出してそれを塗りつぶしました。
「どうされたのですか?」
しかし宇麻乃様は黙ったまま裏面に書き始めました。
そしてそれを私へ差し出してこう言いました。
「ここならばお嬢ちゃんを匿ってくれるだろう。
お嬢ちゃん一人ならここへ逃げるといい。
しかし私は共に行くことは出来ない。
お嬢ちゃんからすれば、私は皇子の間諜みたいなものだ。
行動が筒抜けになってしまう」
「筒抜けで構いません。
一緒に逃げましょう。
麻呂クンが石上の姓を授かるのを見届けて下さい」
「…………とりあえず甲板へ出よう。
話は船団が敵であるかどうか見てからでも遅くない」
結局、宇麻乃様は私の言葉に答えてくれませんでした。
私達は船室を出て甲板へと上がりました。
先程は遠くに見えていた船が300メートル程まで接近しています。
今乗っている船が大きいと思っていましたが、接近して来る船は更に大きく、百人以上が乗船出来そうな戦船です。
外洋なので引っ込めてありますが、炉を漕ぐための穴も見えます。
しかも三隻もです。
……いえ、後方からもう二隻追いかけてきました。
全部で五隻です。
もう疑いようもありません。
思わず私は建クンをギュッと抱きしめました。
「お嬢ちゃん。
残念だけど、してやられたよ」
初めて見る宇麻乃様の弱気です。
頭の良い宇麻乃様がギブアップすると言う事は、もう打つ手がないと言う事なのでしょう。
「海に飛び込めば……?」
「この寒さでは長くは保たない。
玄界の潮は更に冷たい」
「…………」
「おそらく逃げ道のない海上を狙って待ち伏せしたのだろう。
船の上ならば、お嬢ちゃんの加護の力を持ってしても逃げられないと踏んでの待ち伏せだ。
裏をかいたつもりが完全に裏の裏をかかれた。
くそッ!」
らしくもないくらい感情を露わにする宇麻乃様。
とても悔しそうです。
◇◇◇◇◇
私達は乗り込んできた兵士らに抵抗する事なく捕まり、本船へと連行されました。
小舟から縄梯子を伝って本船の甲板へ上がると、すぐさま縄でグルグル巻きにされました。
ここで抵抗しても船からは逃げられず、周りの戦船に包囲されるだけです。
既にもう完全に敵の手の内に落ちた状態なのです。
暫くすると甲板に怪しげな男が上がってきました。
………と言っても誰だかは分かります。
中大兄皇子です。
しかし頭巾を被って、お忍びのお侍さんみたいな出立ちです。
如何にも怪しい男です。
「ようやく捕まえたか。
宇麻乃よ、よくも私に仇してくれたな」
皇子は私よりも先に宇麻乃様に憎悪を向けました。
「さて、私が何を致したのでしょう?」
「しらばっくれるんじゃない!
私を火炙りにしたのはお前であろう!」
バイオガスの爆発の事?
「あれは偶々です。
中に燃えやすい物がありましたので一気に燃え広がったのでしょう。
そもそも小屋に火矢を放たなければ燃える事も御座いませんでした」
「よく回る舌だな。
私に嘘は通用せぬ。
わざとやったくせに抜け抜けと………」
皇子は小刻みに震えております。
物凄く怒っているみたいです。
「死人が出ない程度の火災です。
大した事では無いでしょうに」
「黙れ!
大した事かどうかこれを見よ!」
そう言うなり、皇子は頭巾を剥ぎ取って素顔を見せました。
……?
何とも無い様な……いや、少し赤いかな?
「赤くなっておりますか?
良い軟膏がありますからそれを取ってきましょう」
「抜かせ!!
これ以上私を愚弄するならその舌を引っこ抜くぞ!」
よく分かりませんが、皇子的には(軽度の)火傷を負った事が逆鱗に触れたみたいです。
このオレ様の美しい顔に傷がぁっ!
……って、世紀末のナルシスト系悪役にいた様ないなかった様な?
(つづきます)




